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「そんな根本的な質問かよ。つーかそんなの、自分の胸に手を当てるだけで答えが出るんじゃねえ?」
覚悟を持って聞いた俺の疑問は、クシューにとっては何でもないことのようだった。
あくびをしながらそんなことを言ってきた。
「答えを出そうにも、俺は記憶を消されていて……」
「じゃあ聞くけどよ、お前はこの世界の人間のことを、口では敬称を付けて呼んでいるようだが……心の中ではどうだ?」
「心の中、だって?」
「心の中で、この世界の人間に敬称を付けていたか? お前と並列で考えるとき、この世界の人間を自分の前に置いたことがあるか?」
「それは……」
考えてみると、クシューの言う通りだ。
俺は心の中で誰かの名前を思い浮かべるとき、敬称を付けてはいなかった。全員呼び捨てだ。
それに「リディアとヴァネッサとドロシーと俺」ではなく「俺とリディアとヴァネッサとドロシー」のように、自分のことを一番前に置いていた。
「その表情をするってことは、やっぱり心当たりがあるんだな。神の触手であるショーンは、無意識のうちに、自分がこの世界の住人よりも上位の存在だと気付いていたんだ」
俺はこの世界の住人を下位の存在として扱ったことはない……と思いたいが、敬称や自分を置く順番の件を考えると、そうではなかったのだろう。
誓ってこの世界の住人を見下したことはないが、それでも自分と彼らを同列には置いていなかった。
衝撃を受ける俺に、クシューはさらに続けた。
「それにショーンはこの世界の出来事を、一歩引いたところから見てはいなかったか? それはショーン自身がこの世界の住人ではなく、この世界においては傍観者だったからだ。傍観者としてこの世界を見定める使命を持っていたからだ」
俺が一歩引いている姿勢だという件は、過去に指摘されたことがある。
指摘されたのは、ドロシーに初めて会ったときだっただろうか。
つまり初対面でそう見える程度には、俺は傍観者としてこの世界と関わっていたのだ。
「そ、それだけじゃ、信じられないよ。こんな突拍子もない話」
しかしそのことを受け入れたくない俺は、すがるような気持ちでそう言った。
「信じるも何も、記憶を思い出したんだろ? それが真実だ」
「…………」
俺の気持ちとは裏腹に、俺の記憶がこの件を裏付けている。
「じゃあこれはどうだ。俺たちは死んでも生き返る。それは主から切り離されて自由に動けるものの、主との繋がりが完全には切れていねえからだ。そして主と繋がってる俺たちの身体には、主の世界の理が反映されている。つまり、この世界の住人よりも格段に年を取るのが遅い」
真実を受け入れようとしない俺に、クシューがまた別の切り口で話し始めた。
俺たちがこの世界で何年生きているのかは定かではないが、少なくとも記憶で見た俺たちが誕生した瞬間と、今の俺たちの姿に差は見当たらない。
まるで少しも年を取っていないかのように。
「さらに。主と繋がっている俺たちは、こちらからも主にエネルギーを送ることが出来る。過去に俺は魔物から吸い取った魔力を、ショーンは食べた食料のエネルギーを送っていた。心当たりはねえか? ショーンは今でも大食いなんだろ?」
「それは……」
俺はゴングーラ町で、自身の体積以上の量の肉を食べたことがある。
よく考えなくても、そんなことは不可能なはずなのに。
「さらにさらに、これはどうだ。俺たちは、この世界と主の世界を行き来することが出来る。主の世界までは最大量のエネルギーを消費するからそう簡単には行けねえが、その途中の道までは割と簡単に行くことが出来る。ショーンは行った覚えがねえか? 無数の糸の伸びる真っ暗な世界に」
無数の糸の伸びる真っ暗な世界。
その世界に、俺は心当たりがある。
「ユニークスキル・ラッキーメイカー……」
「なんだそりゃ」
俺の呟きを聞いたクシューは、何のことだと首を傾げている。
しかし俺はクシューを無視して呟き続ける。
「俺がラッキーメイカーを使ってダイブする因果の世界は……主の世界へと繋がる、道?」
今の話が本当なら、そういうことになる。
あの因果の世界は、この世界と主の世界を結ぶ道だった。
そう考えると、合点が行く点もある。
この世界を創造した主の世界は、この世界よりも上位の世界だ。
ということは、主の世界へと繋がる道も、この世界よりも上位にあると言える。
そうであるならば、あの道で因果の糸を掴むことで、この世界の未来を決めることが可能であってもおかしくはない。
「どういうことですか、リディアさん!?」
そう思い至った俺は、リディアに向き直った。
俺がチートなユニークスキルを消したいと言ったとき、リディアは俺の能力がユニークスキルではないとは言わなかった。
それどころか、一緒にユニークスキルを消す呪いのアイテムを探す旅に出た。
「どういうことも何も、ショーンのラッキーメイカーはユニークスキルではなかった、ということじゃろう」
「俺のことを騙してたんですか……?」
リディアに騙されたとショックを受ける俺に向かって、リディアは静かに首を振った。
「妾はあくまでもこの世界の住人じゃ。ショーンの持つ能力がユニークスキルなのか、外の世界へ繋がる道に行く能力なのか、判別することは出来んのじゃよ」
「だとしても、その可能性くらい教えてくれても良かったじゃないですか」
「この世界で生まれた妾が、外の世界の構造を知っているわけがなかろう」
「それは……そうかもしれませんが……」
リディアの言う通りだ。
これでは俺が理不尽にリディアを責めているだけだ。




