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俺の独り言に返事をしたのは、リディアでもヴァネッサでもドロシーでもなく。
「お前は……」
「久しぶりだな、ショーン。それにリディア」
「お前がクシューか」
記憶の中で何度も出てきた、俺の相棒であり同胞のクシューだ。
いつの間に現れたのか、クシューは当たり前のようにそこにいた。
ここが森の中の、魔法の掛かった研究施設の敷地内ということを考慮すると、偶然鉢合わせたわけではないだろう。
「ショーンと会うのは何年振りだっけ? 相変わらずのイケメンっぷりだな。って、それだと同じ顔の俺もイケメンってことだよなー。事実だけど」
現れた途端に自画自賛を始めるクシューを見て、ヴァネッサが怪訝そうな顔をした。
「何この、ショーンと同じ顔でテンションの変な人」
「おいおい、俺に冷たく当たるなよ。振り向かせたくなっちまうだろ」
「ひいっ!? グイグイ来る人は苦手なのよ、あたし」
そうだったのか。知らなかった。
思えばヴァネッサの周りにグイグイ来るタイプの人はいない。
むしろヴァネッサ自身が一番グイグイ来るタイプのような気がする。
「初対面の相手に向かって変な人とか苦手とか……気に入った。今度、俺とデートしねえ?」
ヴァネッサに苦手と言われたクシューは、しかし落ち込んでいる様子は無かった。
それどころか、ご機嫌に見える。
「ヴァネッサちゃん、隠れてください。話の通じないタイプの人とは、関わるだけ損です」
クシューとヴァネッサのやりとりを見ていたドロシーが、自分の後ろにヴァネッサを隠した。
すると今度はドロシーがクシューの標的になってしまった。
「お、こっちの女もイイ感じにツンツンしてるな。デレたときの振り幅が大きそうだ。俺にデレさせてえ……もしかしてショーンって、俺と好みが同じだったりする?」
「違うと思う。違うと思いたい」
俺は、自分のことを嫌う女性が好み、だなんて歪んだ趣味は持っていない。
好きになった相手に嫌われてしまうのなら理解できるが、クシューの場合は前者っぽい。
横を見ると、ドロシーが怯えた様子でクシューを見つめていた。
小さな村で生まれ育ったドロシーは、クシューのような相手に免疫が無さそうだ。
「ヴァネッサさんとドロシーさんは、俺の後ろに隠れていてください。何を言ってもクシューを喜ばせるだけなので」
二人ではクシューに勝ち目が無いと察した俺は、二人の前に立ってクシューから二人の姿を隠すことにした。
記憶の中のクシューは気安い感じの奴だったから、異性を相手にするとこうなるとは思わなかった。
……いや、記憶の中でもこんな感じだったか。
初対面の女性に、荷物を持つと言って話しかけに行く奴だった。
「そんで、どうしてリディアは小さい姿なんだよ。ナイスバディの大人の姿でいろよ」
クシューの次の標的はリディアだった。
幼い姿のリディアを見て不満そうにしている。
「どんな姿でいようと、妾の勝手じゃろう」
「せっかくのナイスバディを隠すなんて、世界的損失だと思うぜ?」
「この姿の妾だって、世界的価値のあるプリティさなんじゃ」
「俺、幼女に手を出す趣味はねえんだけど?」
「大人の姿であろうと、お前に手を出されるつもりはないのじゃ」
ヴァネッサやドロシーと比べると、リディアはクシューを相手に上手く対応しているように見える。
元々知り合いのためか、クシューの扱い方を心得ているのだろう。
クシューとリディアのやりとりを見守っていた俺は、ハッとした。
きっとクシューは、俺の全ての疑問に対する答えを持っている。
悶々と考え続けるくらいなら、ここで疑問を解消した方が良いはずだ。
「なあクシュー。いきなりで悪いけど、俺は記憶を思い出したばっかりなんだ。俺の記憶が正しいものなのか教えてほしい」
俺の言葉を聞いたクシューは、指を鳴らしながら俺を指し示した。
「それなー。ショーンを引き取ったあいつさ、俺の目が届かない王宮で、勝手にショーンの記憶を改ざんしたんだぜ? だから殺してやろうと思ったんだけどよ、あいつ王宮に結界を張って、そこから出てこないんだよ。ずりーよな」
「やっぱり俺の記憶を弄ったのは、カーティスさんなんですね」
そうだと思ってはいたが、実際に聞かされると辛いものがある。
カーティスのことは、親を亡くした俺を引き取ってくれた恩人だと思っていたのに。
数年育ててもらった恩はあるが、それでも記憶を改ざんされていたとあっては、純粋な気持ちで慕うことは出来ない。
むしろ人間不信にさえなりそうだ。
「ショーンの聞きたいことはこれだけか?」
クシューは立っていることに飽きたのか、ふわふわと空中に浮かび始めた。
そして空中であぐらをかきながら、俺たちのことを見下ろしている。
「まだある。俺は……本当に神の触手なのか?」
俺はクシューを相手に、核心に迫る質問をした。




