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俺は、この世界の神である主の触手……?
主の触手を切り離して捏ねて創ったものが、俺……?
俺は主の身体の一部で、この世界の外の世界から来た存在で、クシューだけが俺の同胞で……?
「ううっ」
再びの頭痛に目を開けると、目の前には青空が広がっていた。
柔らかい感触の正体を探るべく寝返りを打つと、俺は地面に敷いた布団の上に寝かされていた。
これは野宿の際にリディアが出現させる布団だ。
本当に便利な能力だとつくづく思う。
……と、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
上体を起こしてあたりを見回す。
ここには全焼した研究所がある以外に、これと言って特別なものは無いように見えた。
「俺は、どのくらい寝てましたか?」
痛む頭を押さえながら、質問をする。
しかし俺の質問に答えをくれるだろうヴァネッサとドロシーは、二人で研究所の周りをうろうろとしている。
それならリディアはどこだろう、と思ったところで、真後ろから声がした。
「起きたようじゃのう」
「リディアさん、布団をありがとうございました」
「まったくショーンはすぐに倒れるんじゃから。病弱キャラの座を狙っておるのか?」
「そんなわけないじゃないですか」
俺がリディアとどうでもいい会話をしていると、俺が目を覚ましたことに気付いたヴァネッサとドロシーがこちらに向かって走ってきた。
「お寝坊さんがやっとお目覚めね」
「ショーンくんはもしかして、眠り姫の座を狙っているんですか?」
「そんなわけないじゃないですか」
そう思われる程度には、寝てばかりの自覚はあるが。
しかし断じて、病弱キャラの座も、眠り姫の座も、狙っていない。
第一、眠り姫の座って何だ。
「それにしても、森の中にこんな空間があるなんてね」
「焼けちゃってますけど、大きな建物ですよね。敷地も広いですし。図書館でしょうか?」
「さすがに森の中に図書館は建てないんじゃない? 森まで本を借りに来る人はいないでしょ。建物を隠しているなら、なおさら」
そう。ここは図書館ではなく、研究所。
俺の身体を切り刻んだ、憎き研究所だ。
「あれだけ焼けていると、何も残ってなさそうですね」
「そうね。大抵のものは焼けちゃってるんじゃない?」
「ですが、もしかすると運良く燃え残っているものもあるかもしれません」
俺が布団から立ち上がると、リディアが布団を何も無い空間に収納した。
「行くつもりか、ショーン?」
「はい。そのためにここまで来ましたから」
俺が研究所に向かって歩みを進めると、当然のようにリディアとヴァネッサとドロシーもついてきた。
「あの建物、入ったら崩れませんかね?」
「その可能性はあるわね。注意して進まないと」
「あの……ここからはついてこなくてもいいですよ。お二人の言う通り、危険ですから」
俺の言葉を聞いたヴァネッサとドロシーは、二人で顔を見合わせてから、俺の頬を片方ずつつねった。
「いひゃい。にゃにしゅるんですか」
「ここまで連れてきておいて、一人で建物の中に入るなんて水臭いですよ」
「そうよ。あたしたちは一蓮托生なんだから、一緒に行かせなさいよ」
すると俺たちの様子をニヤニヤしながら見つめていたリディアが、ヴァネッサとドロシーの不安を払しょくする言葉を放った。
「安心するがいい。天井が崩れた場合は、妾が砕いてやるのじゃ。破片が当たって多少は痛いかもしれんが、死にはせんじゃろう」
「リディアがいると常に心強いわね」
「ということですから、一緒に行きましょうね。ショーンくん?」
「分かりました」
こうして、俺とリディアとヴァネッサとドロシーは、研究所の中へと入ることにした。
「……とはいえ。あの様子では何も残っていないじゃろうがな」
* * *
リディアがぼそりと呟いた言葉の通り、研究所の中にはほとんど何も残ってはいなかった。
研究員たちの遺体も見当たらないため、この研究所の存在を知る人間によって、すでに運び出された後なのだろう。
「溶けていて元の形は分かりませんが、機械のようなものがいくつも置かれていますね。ここは何の施設だったんでしょう」
「工場かしらね。工場なら、町から離れた場所にあっても不思議じゃないもの」
「さすがはヴァネッサちゃん。冴えてますね!」
「そんなに褒めないでよー。これくらい分かって当然じゃない!」
ヴァネッサは得意げにしていたが、残念ながらここは工場ではない。
あえて訂正するつもりも無いが。
今にも崩れそうな研究所の中を慎重に進み、俺たちはついにその場所へと辿り着いた。
俺が切り刻まれていた場所。
俺が縛り付けられていたベッドのある部屋。
炎によって、ベッドは骨組みだけになっていたが、俺には分かる。
あれは、俺の寝かされていたベッドだ。
その瞬間、俺はまた気を失った。




