●162
この世界ではない、外の世界。
これから行なわれる長い旅の、始まりの瞬間。
これが過去の出来事のためか、俺はそのことを知っている。
主が自身の触手を二本切り離し、捏ねて形を作って魔法を掛けた。
主に形作ってもらったばかりの身体の起動確認を簡単に行なうと、触手は主に向かって敬礼をした。
「主、触手は主のために頑張ります!」
「触手も頑張って働きます!」
もう一体の触手も真似をして敬礼した。
「うーむ。確かにお前たちは我の触手ではあるが、自分のことを触手と呼ぶのは、奇異の目で見られてしまう。二体とも、これからは自分のことを『俺』と呼ぶように。男は自分のことをそう呼ぶからな」
「主は自分のことを我と呼んでいます」
「我をその辺の男と一緒にするでない」
「触手も、その辺の男と同じではありません」
「こら。自分のことは俺と呼ぶように言ったばかりだろう」
もう一体の触手が怒られた今が、差をつけるチャンスだ。
「俺は、自分のことを俺と呼びます」
「あっ!? 自分だけずるいぞ、触手!?」
俺が主からのポイント稼ぎをすると、もう一体の触手は俺の身体を揺さ振った。
「それなら触手も、自分のことを俺と呼べばいいと思います」
俺たちのやりとりを見ていた主は、困ったように自身のあごひげを撫でた。
「あー。お互いのことを触手と呼び合うのもおかしいかもしれない。お前たちには名前を付けよう」
「名前……ただの触手に識別名をくれるのですか!?」
「主、太っ腹です!」
識別名をもらうということは、個人として主に認めてもらえたということだ。
俺は身体の一部ではなく、独立した存在だと認めてもらえたのだ。
こんなに誇らしいことはない。
「しかし何という名前にするべきか……片方は魔物で片方は人間として創ったから、マモーノとニンゲーン? うーむ、種族名を名前に取り入れるのは違和感があるか」
俺は人間として創られたから、このままだとせっかくもらえる識別名がニンゲーンになってしまう。
俺も主の身体の一部として、これから行く世界のことを外側から観察していたから分かる。
ニンゲーンは、おかしい名前だ。
「そうだ! お前たちは、我が世界を知るための、神の触手だ」
主は良い名前を思いついたらしく、自身の手を叩いた。
悪い予感がする。
「神の触手だから、『ショー』と『クシュー』という名前はどうだろうか。触手で、ショーとクシュー」
「名付け方が適当すぎませんか!?」
もう一体の触手が、すかさずにツッコんだ。
その隙にマシな方の名前を頂いてしまおう。
「俺は『ショーン』がいいです」
「あっ!? こいつ、さりげなくアレンジを加えてきやがった!?」
ショーよりもショーンの方がカッコイイと思ったから、少し変えさせてもらった。
名前は一生ものらしいから、少しでもカッコイイ名前が良かったのだ。
「ではお前は『ショーン』、お前は『クシュー』だ」
主が俺とクシューを指し示して、そう言った。
やったあ、ショーンで確定をもらえた。
「うわあ。ツッコミを入れてる間に俺がクシューになっちまった……」
一方でクシューはがっくりと肩を落としている。
「気に食わないか?」
「いいえ、俺は名前なんて何でもいいです。区別が出来れば問題ありません」
しかし主に聞かれたクシューは、クシューという名前を受け入れる姿勢を示した。
そんなクシューに向かって、俺は勝ち誇った顔で言い放つ。
「『ショーン』って名前、カッコイイだろ。羨ましいだろ」
「だから、俺は名前なんて何でもいいんだってば。お前の名前も特にカッコイイとは思わねえし」
「あ、負け惜しみ言ってる」
「負け惜しみじゃねえよ!?」
「うむ、仲良しで結構。もともと二体とも我の触手だから、仲が良いのは当然か。あちらの世界へ行っても、二体で仲良くするんだぞ」
主にそう言われた俺は、クシューと肩を組んだ。
クシューもやれやれといった様子ではあったものの、俺と肩を組んでくれた。




