●154 side ヴァネッサ
「これはあたしがまだ子どもだった頃の話。
あたしは学校……というか、ほぼボランティアでやっている学び舎に通っていた。
そこは学校に通えないような貧乏な子どもたちの学び舎で、様々な年齢の子どもたちが一つの教室で勉強を教わる場所だった。
そういった事情もあって、生徒たちは全員が毎日出席しているわけではなかった。
家で家事を手伝ったり、働かないといけない子が多かったから。授業中も内職をしている子がたくさんいた。
だから同じ学び舎で学んでいるものの、喋ったことのない子も何人かいた。
でも、あたしはここの学び舎に通ってはいたものの、家が貧乏というほどではなかった。
ただし女を学校に通わせるほどの余裕も無かったけど。
だからこの学び舎の存在を知ったとき、あたしはすぐに通うことを決めた。
そして毎日欠かさず出席して勉強に励んだ……冒険者になるために」
* * *
「ヴァネッサちゃんは毎日学び舎に来てくれるわね」
「はい、先生。勉強は大切なことだし、楽しいので」
あたしが元気に答えると、先生は朗らかに微笑んだ。
「勉強が楽しいなんて将来有望ね。やりたい仕事でもあるの?」
「あたしは冒険者になりたいんです」
「冒険者? てっきり勉強が必要な職業に就きたいのかと思ったわ」
どうやら先生は冒険者については詳しくないようだった。
冒険者は、学び舎の先生とはかけ離れた生き方だから当然かもしれない。
「冒険者には賢さが必要なんです。文字が読めないと危険な場所にうっかり入っちゃうかもしれないし、いろんな地域に行くから地図が読めないとだし、数の計算が出来ないと報酬をちょろまかされちゃうんです」
「へえ、そうなの。ヴァネッサちゃんは冒険者に詳しいのね」
「冒険者になりたいから、調べたんです」
そのとき真後ろから、馬鹿にするような笑い声が聞こえた。
「おいおい、そんなこと調べても無駄だぜ」
振り返ると、いつもあたしをからかってくる生意気な男の子が立っていた。
「ヴァネッサが冒険者になんてなれるわけないじゃん。弱っちいんだもん」
「なんですってえ!?」
手を振りかぶって殴りかかるような動作をしてみたけど、男の子は全く怯む様子が無かった。
それどころか、ますますからかい口調になってしまった。
「わー、弱っちいヴァネッサが怒った! でも怖くねえな。弱っちいんだもん!」
「こら。他人の夢を笑うものじゃない」
舌を出して意地悪な顔で笑う男の子の肩を、この学び舎で一番大きな少年が叩いた。
彼の名前は知っている。ギャビンだ。
あたしと同じで、学び舎での出席率が高い少年。
でも授業が終わると同時に帰っちゃうから、ほとんど話したことはない。
最初、男の子を叱ろうとしていた先生は、ギャビンの登場に安心したのか別の子の相手を始めていた。
ギャビンは先生からの評価が高いようだ。
「えー? 弱いヴァネッサが冒険者になるのはおかしいじゃん。冒険者ってのは、ギャビンのような強い奴がなるものだろ」
「いいや。冒険者とは、冒険者になりたい者がなるものだ」
わあ、いい言葉!
冒険者とは、冒険者になりたい者がなるものだ。
シンプルだけど、シンプルだからこそ奥が深いような気がする。
「でもヴァネッサが冒険者になったら、きっとすぐに死んじゃうよ」
「そうならないために、学び舎で学んでいるのだろう。力が無くとも知性があれば冒険者として活動することは可能だ」
「そうなのか? というか、ギャビンはなんで冒険者に詳しいんだ?」
ここであたしは気付いてしまった。
まさか、こんな近くに同じ志を持つ者がいたなんて!
きっとギャビンは、あたしと同じ夢を持っている!
「あなたも冒険者を目指す同志なのね!?」
ギャビンは男の子からあたしへと視線を移すと、少し困ったような顔をした。
困らせるようなことを言ったつもりはないけれど、彼のこの表情は何だろう。
「君と話すのは初めてだったな」
「ええ。ギャビンと話が出来て良かった。だって、この学び舎に冒険者志望の生徒がいるなんて知らなかったもの」
「冒険者志望というか……実は俺はもう冒険者ギルドに登録して、依頼をこなしている」
なるほど。すでに冒険者だから、あたしに冒険者志望と言われてどう答えようか迷ってしまったのか。
…………というか。
「うそ!? すごい! ギャビンって冒険者だったの!? 大人じゃないのに!?」
「駆け出しも駆け出しの冒険者だけどな。まだ町の周りで薬草を採ってくる程度の簡単な依頼しか受けられないから、全然すごくはない」
「いいえ、それでもすごいわ! 今度、冒険者について色々聞かせて! どうやって依頼を遂行するのかとか!」
「聞かせてと言われても、俺は薬草を採っているだけだからな……草むしりの要領で、としか……」
私が目を輝かせると、ギャビンはさらに困った顔になった。




