●150
切り刻む、切り刻む、切り刻む。
俺にやったことをやり返す。
「ほら、切り刻まれるのは痛いんですよ。同じことをされたら、俺の痛みが分かりますよね?」
ピンク色の髪が鞭のようにしなり、刃のように切断する。
真っ赤な物体と化した彼らのことを。
「助けてくれって? 俺が助けてと頼んでもあなたたちは止めませんでしたよね? 俺は同じことをしているだけです」
まだ息のあった物体が、助けてくれと懇願する。
助けるわけがない。自業自得だ。
「もう死んだんですか? いいですよね、あなたたちは。そうやって苦痛から逃れることが出来るんですから。あははははっ!」
切り刻む、切り刻む。
もう何も喋らなくなった物体を、それでも執拗に切り刻む。
どれだけそうしていただろう。
響いてくる足音に気付いて顔を上げると、一人の男が俺の元へと歩いてきた。
「すげえな。血も滴る良い男、ってか?」
男はケラケラと笑いながら、俺に近付いてくる。
「ショーンから呼び出しなんて初めてだから何かと思ったら。暴れたなあ、相棒」
「君はだれ、ですか」
「あー、死んでリセット入っちまったか。俺はクシューだ……これを言うのも、ずいぶんと久しぶりだな」
クシューと名乗る男は、俺の知り合いかのような発言をした。
「君も俺を殺しに来たんですか?」
「殺しに来た? もしかして、人間に酷いことをされたのか?」
「この人たち、俺を縛って身体を切り刻んでいたんです」
「うわあ。やっぱ人間って最低だな。そりゃあ人間に好意的だったショーンでも暴れるって」
俺が人間に好意的だった?
俺は目覚めてから、人間に対して負の感情しか持っていない。
「俺が人間に好意的なわけはありません。人間は最低な生き物です」
「あーあ。安易に殺したせいで、人間のことを好意的に見ていた記憶が消えちまったみたいだな。こりゃあ人間の自業自得だ」
クシューは冷ややかな目で真っ赤な肉片を睨むと、足でぐりぐりと踏み潰した。
「君は俺の味方なんですか?」
「ああ、俺たちは相棒だぜ。しばらく会ってなかったけどな。だから敬語じゃなくてタメ口で話せよ」
「相棒……?」
「見れば分かるだろ。俺とショーンはそっくりじゃねえか」
クシューはどこからか鏡を取り出すと、俺に向けた。
鏡にはクシューとそっくりな人物が映っていた。
「これが俺の顔……俺たちは双子なんですか?」
「違うぜ。あとタメ口で話せって」
「分かりました……じゃなくて、うん」
クシューは血飛沫の散ったベッドに腰かけると、俺にも座るように促してきた。
特に断る理由も無いので、クシューの隣に座る。
「で、どうする? 俺はもうこの世界を滅ぼしてもいいと思うけどな」
「そんなことが出来るの?」
「出来るぜ。正しくは俺がやるというより、主がやるんだけどな」
「へえ。じゃあクシュー自身はそんなに強くはないんだ?」
「強いぜ? ショーンが結論を出すまでの間、暇だから世界最強らしい魔王と戦ったけど、余裕だった」
クシューは何でもないことのように言った。
自慢している風でもなく、ただ事実を述べているだけのように見える。
「暇潰しで魔王を倒したの?」
「おう。だから今は俺が魔王。魔王城で快適に暮らしてるぜ」
「魔王を殺した奴が次の魔王になるんだ?」
「いや、殺してはいねえよ。だって先代の魔王、イイオンナだからさ。今は秘書官として俺のそばにいる。そんで、常に俺の寝首をかこうとしてる」
クシューはまた何でもないことのように言った。
「自分を殺そうとしてる相手を近くに置いていていいのか?」
「いいんだよ。俺が強いから問題なし」
「常に命を狙われてるなんて、落ち着かないだろ」
「ああ、刺激的だな。でも刺激的なだけじゃなくて、『魔物が魔王になるべきじゃ。妾はお前のことを魔王だとは認めないのじゃ!』ってプンプンしてて可愛いんだぜ」
クシューは可愛いと表現したが、寝首をかこうとしているということは、殺気を放ちながら言ったセリフだったのではないだろうか。
それを可愛いと受け取られるなんて、先代の魔王はさぞ屈辱的だっただろう。
「クシューって、その相手にかなり嫌われてるんじゃないか?」
「まあな。でもそれでいいんだ。自分のことを嫌ってる女って、振り向かせたくなるだろ?」
「そう、かな」
「まあ一度会ってみれば俺の言うことが分かるはずだぜ。美人だからな、リディアは」
クシューが人差し指を立てると、指の先に炎が発生した。
クシューはその炎を様々な箇所に放っては、新たな炎を生み出してまた放った。
「こんな研究所は燃やしちまおう。さあ、行くぞ」
俺はクシューに連れられて、燃え盛る研究所から外へと出た。




