●149
「このあたりで野宿をしましょうか」
辺りが暗くなってきたため、俺は野宿の準備を始めた。
近くに町があったら良かったのだが、目的地である研究所は人目を避けるように町から離れた場所に建てられているようだった。もっとも現在は建物が焼失している可能性が高いが。
「目的地まではまだかかるの?」
「まだ数日はかかると思います……あの、嫌でしたら俺だけで行きますので」
「そういう意味で言ったわけじゃないわよ」
「ふふっ、ヴァネッサちゃんはショーンくんと一緒がいいんですよねー?」
「ちょっと、ドロシー!?」
これから向かう場所のことを知らないヴァネッサとドロシーは、きゃいきゃいと楽しそうにしている。
俺の個人的な事情に二人を付き合わせることは申し訳ないが、こうやって楽しそうにしてくれると罪悪感がやわらぐ気がする。
それにしても。
果たして研究所には、俺の過去を知る手がかりが残っているのだろうか。
そして俺は、過去を知ってどうするつもりだろう。
「……この先どうするのかは分からないけど、俺は過去と向き合わなければいけない気がする」
どれだけ知らない方が良い過去だったとしても、俺は。
「自分が何者なのかを知りたい」
「覚悟はあるのか」
「えっ?」
俺の独り言にリディアが反応した。
「自分の正体が、軽い気持ちで知るべきものではないことくらい、もう気付いておるじゃろう」
「そう、ですね……」
パーカーさんの話が事実なら、俺の見た光景が実際にあった出来事なら、俺は人を殺している。
だからこそ、目を逸らしてはいけない。
「俺は俺の過去を、自分の正体を、見て見ぬ振りをしてはいけないんだと思います」
「……ショーンに過去を忘れてほしいと願った者がいたとしても、か?」
リディアから含みのある言葉が飛んできた。
「どういうことですか。俺の記憶が無いのは、死んだら記憶が消えるからですよね」
「では聞くが、最後に死んだのはいつじゃ。生き返った瞬間の記憶はあるのか?」
生き返った瞬間。今回の人生の出発点。
「今のショーンにある最初の記憶は何じゃ。様々な人生での記憶がフラッシュバックして混乱しているかもしれんが、よく思い出してみるといい。今回の人生での最初の記憶を」
「俺は……両親が事故で死んで、両親の友人だったカーティスさんが育ての親になってくれて、王宮で育ちました。それ以前の記憶は……」
思い出せるのはここまでだ。
カーティスは、俺も両親とともに事故に巻き込まれて、事故のショックで記憶喪失になったと言っていた。
ということは、俺は事故で死んで生き返ったのだろう。
「用意されたそれらしい結論に飛びつくのは、褒められた行為ではないのう」
「どうしてリディアさんにそんなことが分かるんですか。この結論が用意されたものかどうかなんて分からないはずです」
俺がムッとして言い返すと、リディアは肩をすくめた。
「目覚めたとき、お主はどこにいた? 事故の現場にいたのか?」
「俺は王宮の、カーティスさんの部屋で寝ていて……」
「で、ショーンには両親がいたと教えられた、と? それが真実だと、本当にそう思うのか? 両親の顔は分かるのか?」
「それは、記憶喪失で……」
「何度も覚えの無い光景がフラッシュバックしているのに、両親の顔を一度も思い出さないことを疑問には思わなかったのか?」
「………………」
俺が答えに詰まっていると、いつの間にかいなくなっていたヴァネッサとドロシーが、枯れ木を抱えて戻ってきた。
「野宿をするなら、さっさと焚火の準備をしないと。行動の早いあたしたちに感謝しなさいよ」
「と言っても、枯れ木を集めてきただけですけど」
「上出来じゃ。では食料は妾が獲ってきてやろう」
無言で考え込む俺をよそに、三人はテキパキと野宿の準備を始めた。
しかし俺は、それどころではなかった。
「両親が事故で死んだから、俺は両親の友人であるカーティスさんに引き取られた……はず。だから俺の両親は……」
顔を思い出そうとしてみるが、両親の顔は思い出すことが出来ない。
そもそもフラッシュバックした記憶を信じるなら、俺は両親と一緒に暮らしてなどいない。
クシューと一緒に旅をして、研究所で解剖をされていた。
そうであるなら、この矛盾はあの人が嘘を吐いているから……なのだろうか。
「……カーティスさんは、何者なんだ?」
カーティスは、俺を育ててくれた恩人だ。
カーティスはいわゆる善い人間と呼ばれるタイプではなかったが、俺は一緒に暮らすうちにカーティスに似てきたと言われると嬉しかった。
勇者パーティーの一員として旅に出るときも「死にそうになったら仲間を放り出して自分だけ逃げろ」という最低なアドバイスをくれる人だった。
勇者たちに俺のユニークスキルを教えた方が良いのか相談すると「教えると酷使される上に魔王討伐後に命を狙われるかもしれないから絶対に隠せ。無能のフリをしろ。仕事は楽をするに限る。サボれ」とも言っていた。
そんなカーティスのことが、俺は好きだった。
それなのに、カーティスは俺に何かを隠している……?
「おい、ショーン。女たちに仕事をさせて自分はボーッとしておるとは、良いご身分じゃのう」
ハッとすると、焚火の準備が整えられ、枯れ木の周りにはこれから焼く予定の新鮮な魚が何匹も用意されていた。
「すみません。何から何までやらせてしまって」
「全員のマッサージをするなら許してやらんでもないのじゃ」
そう言ってリディアが魔法で枯れ木に火を点けた。
すると、ゆらゆら揺れる炎に眩暈がして。
「ショーン!?」
「大丈夫ですか!?」
俺は、崩れ落ちるようにその場に倒れた。




