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「今回のボスはキツネ型ですか」
ボスモンスターのキツネには、尻尾が五本生えている。
あの尻尾が攻撃用でなければいいのだが。
「すごい! 大きいです! カッコイイです!」
「嬉しそうね、ドロシー」
「はい。あのキツネくん、絶対に仲間にしたいです! 私の仲間になってくださーい!」
ドロシーがボスモンスターに向かって叫んだ。
「仲間になってください」という言葉自体は可愛らしいが、ドロシーが言うと意味が変わってくる。
ネクロマンサーの言う「仲間になってください」は、即ち「死んでください」だ。
案外ネクロマンサーの決め台詞としてはカッコいいかもしれない、などとどうでもいいことを考えていると、リディアがボスモンスターに話しかけた。
「妾は一切の攻撃をしないから安心するがいい。お前の相手はこの三人がする」
ボスモンスターに紹介されてしまった。
思わず頭を下げる。
「お前が三人を戦闘不能にしたら、大人しくダンジョンから出て行こう。どんな結果になろうとも、妾はお前を攻撃しないと約束する。ただし三人が死ぬ事態だけは防がせてもらうぞ」
そして俺たちを見る。
「……ということじゃ。死にそうなときだけは防御してやるが、大怪我なら見守る。痛い思いをしたくないのであれば、上手く立ち回ることじゃ」
ヴァネッサとドロシーが俺のことを見た。
作戦会議をしたいのだろう。
「私たちだけで勝てるでしょうか。ダンジョン内で味方が増えなかったので、私が操れるのは毒蜂さんたちだけです」
「その分、あたしが頑張るしかないわね!」
「ヴァネッサさんは回避に集中するべきかと……」
「失礼ね!? あたしだって戦えるわよ!」
ヴァネッサが予想通りの反応をした。
予想外だったのは、ドロシーだ。
「ヴァネッサちゃんに怪我をしてほしくはありませんが、私もヴァネッサちゃんは戦うべきだと思います。私の毒蜂さんもショーンくんの短剣も、強敵相手に致命傷を与えるほどの攻撃は出来ませんから」
「ほら、ドロシーもこう言ってるじゃない」
そう言われてしまうと、頷くしかない。
この中でボスモンスターに致命傷を与えられるのは、長剣を持つヴァネッサだけだ。
「では俺と毒蜂が囮になって、ヴァネッサさんがボスモンスターを倒す流れで行きましょうか」
「分かりました。私はキツネくんの周りで毒蜂さんを飛び回らせますね」
「お願いします。ヴァネッサさんは、ボスモンスターが俺を狙って攻撃を繰り出した瞬間に、ボスモンスターを叩いてください。その際、尻尾には注意してくださいね」
「ええ。渾身の一撃をお見舞いするわ」
俺たちはリディアに向かって頷いた。
ボスモンスターが俺たちの作戦会議を攻撃もせずに待っていてくれたのは、リディアがいたからだろう。
リディアは片手を上げると、勢いよく振り下ろした。
「始め!」
リディアの掛け声とともに、ボスモンスターが火の玉を出現させた。
どうやらこのボスモンスターは、魔法を使うタイプらしい。
いくつもの火の玉が縦横無尽に飛んでくる。
これに悲鳴を上げたのはドロシーだった。
ドロシーの毒蜂が、次々に炎に焼かれていったのだ。
次々に焼かれていく。
まるで、あの日のように。
「…………うっ」
突如襲った頭痛に眩暈がする。
頭を押さえながらよろめくと、強い力で体当たりをされた。
「ちょっと! 囮は逃げ回ってこそでしょ!?」
目を開けると、先程まで俺がいた場所は炎で焦げていた。
「ヴァネッサさんに助けられる日が来るとは思いませんでした」
「あたしもショーンを助ける日が来るとは思わなか……って、助けられたくせに失礼ね!?」
「お二人とも。長期戦は毒蜂さんたちが燃やされちゃうので不利です。早めに終わらせましょう!」
「らしいわよ。ほら、シャキッとしなさい」
ヴァネッサが俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。
ボスモンスターを見ると、執拗に毒蜂を焼き払っている。
どうやら俺が倒れている間の時間稼ぎはドロシーがしてくれていたらしい。
ボスモンスターの怒りを毒蜂に集中させるために、積極的な攻撃を行なって多くの毒蜂を犠牲にしてしまったようだ。
俺は砂埃をはらいながら、再び短剣を構えた。
「今度は俺が相手です。燃やせるものなら燃やしてみてください!」




