●113
「ではショーンよ。妾たちは二度寝をしに戻るかのう」
事件は解決したという口調で魔王リディアが俺の腕を引っ張った。
「えっ!? さすがにそれはどうかと……彼女たちが勇者に見つかったのは、俺がお墓を作ってほしいと頼んだせいみたいですし……」
どうやらケイティとレイチェルは、俺の頼み通りに、殺した女性の墓を作っていたらしい。
彼女たちの近くには、大きな穴と、穴を掘る際に使ったのだろう泥の付いた石が転がっている。
「ショーンが墓作りを頼んだとして、見つかったのはケイティとレイチェルが迂闊だったからじゃ」
「う、うーん……」
魔王リディアの言う通り、ケイティとレイチェルが勇者たちに見つかったのは、彼女たちに迂闊なところがあったのかもしれない。
しかし墓を作るために一箇所に留まっていなければ、見つかることを避けられたかもしれない。
それなら俺にも責任の一端はあるはずだ。
「それに二人が討伐されようとしている理由は、人間を町からさらって殺したからじゃ。墓を作ったからではない」
「ですが……」
確かにケイティとレイチェルが勇者たちに追われているのは、墓を作ったことが理由ではない。
しかし二人が勇者たちに見つかったことと、俺が墓作りを頼んだことが全くの無関係かと言うと……俺にはそうは思えない。
「ショーンは、ケイティとレイチェルを勇者たちから守って、これからも人間を殺してほしいのか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
もちろん、ケイティとレイチェルの殺人を肯定しているわけではない。
殺人に関しては、彼女たちは完全に加害者だ。
しかし、ここで彼女たちを見捨てるというのも、違う気がしてしまうのだ。
……きっと俺が彼女たちと触れ合って、彼女たちのことを好意的に感じてしまっているせいだ。
「殺人をしたケイティとレイチェルと、二人を罰しようとしている勇者たち。これは彼らの問題じゃ。どちらの味方でもない妾たちは、ここにいる意味がないと言っておるのじゃ」
「あの、一宿一飯の恩義で、彼女たちに助太刀は……」
「今日のショーンはしつこいのう。一飯の恩義は、何度も勇者の攻撃を防いだことで果たしたじゃろう。一宿はまだしとらんし」
魔王リディアはうんざりした様子を隠そうともしなかった。
「そもそも自分を騙して盾にしようとした相手を助けてどうするのじゃ。しかもケイティとレイチェルが殺した女の死体の前で二人を助けたいと駄々をこねるとは、ショーンは残酷になったものじゃ」
言われてハッとした。
大きな穴の近くには、その穴に埋める予定だった女性が横たわっている。
何もしていないのに、ケイティとレイチェルに無残に殺された憐れな女性の遺体が。
「……分かりました。俺は手を出さないことにします」
さすがに殺された女性の前で、ケイティとレイチェルに力を貸すことははばかられた。
「それでよい」
魔王リディアは満足そうに頷くと、もう一度俺の腕を引っ張った。
しかし俺は動こうとはしなかった。
ケイティとレイチェルの味方をすることは考え直したが、これだけは譲れない。
「勇者たちも、ケイティさんとレイチェルさんも、他人ではありません。関わった以上、最後まで見届けないと」
「……どちらかが死ぬのにか?」
「はい。だからこそ見届ける必要があると思うんです」
少しの間、魔王リディアは黙っていたが、やがて諦めたように口を開いた。
「まったくショーンは仕方がないのう。観戦のおともにジュースとつまみでも用意するか?」
「命を懸けた戦いなのに、緊張感が無さすぎると思います」
場にそぐわない冗談を言った魔王リディアは、指を鳴らしてクッションを二つ出現させると、そのうちの一つに座った。
そしてもう一つのクッションを叩いて、座れと促してくる。
快適に観戦しようとする態度はどうかと思ったが、素直に従うことにした。
「レイチェル、四対二で勝てると思う? しかも勇者パーティー相手に」
「可能性は限りなく低いわ。でもリディアさんを相手にするよりは、勝てる可能性が高いはずよ」
ケイティとレイチェルは俺のことを見ると、不敵な笑みを見せた。
その笑みは、恐怖をねじ伏せようとしているからだろうか、やや引きつっている。
「ショーン様。ケイティたちの勇ましい姿、目に焼き付けてくださいね」
「歌って踊れて戦えるアイドルがいたって、覚えておいてくださいね」
「行くよ、レイチェル!」
「オーケー、ケイティ!」
声をかけ合ったケイティとレイチェルは、空高く飛び上がった。




