●112
困惑する戦士と僧侶と魔法使い、そして彼らを説得しようとする勇者を無視して、魔王リディアはケイティとレイチェルに向き直った。
「さあ、契約書を燃やすのじゃ」
「リディアさんは、ケイティたちを売るつもりですか?」
また一段と気温が冷えた。
魔王リディアが怒っている。
「お前たちは、絶対に契約してはいけない相手と契約をした。この意味は分かるな?」
「……はい。申し訳ありませんでした」
「早く契約書を燃やすのじゃ」
今やケイティとレイチェルは、気の毒なほどに震えている。
「それは、ケイティたちに対する死刑宣告です」
「別に妾は、お前らを殺そうとは思っておらん。契約書を燃やせばそれでいい」
「相手は勇者パーティーです。ショーン様との契約を切ったら、レイチェルたちは殺されてしまいます」
「妾の知ったことではない」
あまりにもバッサリと、魔王リディアはケイティとレイチェルを切り捨てた。
「ピンチの時にショーン様に助けてほしいという、ただの乙女心だったんです」
「ショーン様を害そうだなんて思惑は、ただの一つも無かったんです」
ついにケイティとレイチェルは泣き始めた。
しかし魔王リディアの考えが変わることはなかった。
「理由はどうあれ、事実としてお前はショーンと契約をした。しかも、本来使い魔とするような契約を、じゃ」
「悪戯心だったんです! まさか本当に契約してくれるとは思わなかったんです!」
「軽率に契約を交わしたことに関してはショーンにも非がある。ゆえに契約書を燃やすなら、妾はお前らを殺すことはしないでやると言っておる。しかし不敬なお前らに、妾たちが手を貸してやる理由はない」
そこまで言うと、魔王リディアは俺に向き直った。
「ショーンよ、お主にはあとで長ーい説教をするつもりじゃ。覚悟をしておくがいい」
「契約書をよく読まずにサインをしてすみません。反省してます」
素直に謝った。
この状況を招いたのは俺だ。
俺が軽率にサインをしなければ、状況は違っていたはずだ。
「あの子は荷物持ちさんの上司なのでしょうか?」
「ただの子どもに見えるけど、勇者を簡単に投げ飛ばしていたものね」
「今はどうでもいい。それよりもあの魔物たちだ」
いつの間にか話がついたらしい勇者パーティーが、俺たちを見つめていた。
「さあ、契約書を燃やして勇者に殺されるか、契約書を燃やさず妾に殺されるか、好きな方を選ぶがいい」
魔王リディアがケイティとレイチェルに近づいた。
わざとらしく指をポキポキと鳴らしている。
「勇者は知らんが、妾は優しくはないぞ。じわじわといたぶりながら殺してやる」
一方で、ケイティとレイチェルは号泣中だ。
「妾が相手なら万に一つの勝ち目も無いが、勇者が相手なら万に一つは、のう」
魔王リディアが、これまたわざとらしいほどの笑みを浮かべている。
こんな相手が近づいて来たら、俺でも号泣する自信がある。
恐怖に勝てなくなったのか、それとも考えた上で選択したのかは分からないが、ケイティとレイチェルの住処から一枚の紙が飛んできた。
俺がサインをした『ケイティとレイチェルのファンクラブ会員に関する契約書』もとい、ケイティとレイチェルを守る契約書だ。
「これが契約書です。煮るなり焼くなり好きにしてください」
「では遠慮なく」
ケイティが契約書を献上すると、魔王リディアは契約書を一読した後、手から炎を出して燃やしてしまった。
「……あっ! 短剣をしまえます!」
契約書が燃えたおかげで、これまで持ったままだった短剣を鞘に納めることが出来た。
「しまえたとしても、この状況でしまうのはどうかと思うのじゃ」
魔王リディアが勇者パーティーを見ながら言った。
散々待たされた勇者は苛々しているようだ。
「もういいか?」
「勇者、契約書が燃えるのを律義に待っていてくれたんですね! 勇者って意外といいところがあるじゃないですか!」
「騙されたばかりだというのに、ショーンは単純じゃのう。勇者が待っていたのは、ショーンのためではなく、後ろめたさとか罪悪感が理由じゃろう。もしくは妾が恐いか、じゃな」
魔王リディアに図星をつかれたのだろう勇者は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。




