●109 side 勇者
「しちゃってます?じゃないわよ! しっかり敵対してるわよ!」
「わたくしたちは魔王を倒すための勇者パーティーです。魔物とは敵対しています」
「荷物持ちが魔物側に付いたのなら、俺たちとは敵ということになる」
戦士と僧侶と魔法使いに同時に言われた荷物持ちは、へらへらとした笑いを浮かべた。
「俺が今、魔物になっていることには理由がありまして……一時的に魔物のツノを付けてもらっているだけなんです」
「魔物のツノを付けてもらった? そんなことをして、何を企んでいるんだ」
「そうなっちゃいます!? そうですよね、理由も無しに魔物に擬態はしませんもんね!?」
荷物持ちはへらへらとしたまま、頬をかいた。
「もしかして、俺たちに捨てられたから、魔物の仲間になろうとしたのか?」
「なるほど。そういう理由なら、荷物持ちさんがここにいることにも、魔物たちを守ろうとすることにも、納得がいきますね」
「へえ。じゃあ私たちに魔物側に付いたことがバレたらまずいから変装してるのね? メガネをかけて髪型を変えた程度じゃあ普通に気付くけどね」
戦士と僧侶と魔法使いは、三人でそれらしい仮説に辿り着いたようだった。
「うわあ、辻褄が合っちゃいますね!? 違うんですけどね!?」
困ったような声を出す荷物持ちに、戦士が追い打ちをかける。
「現在荷物持ちは魔物側に付いており、身体が勝手に動くほどその魔物たちが大切ということだな」
「いえ比喩ではなく、本当に身体が勝手に動いたんです。俺の意志とは無関係に……」
荷物持ちはまだ身体が勝手に動いたなどとおかしなことを言っていたが、この場に信じる者はいなかった。
「しんみりして損したわ。そういえば荷物持ちってこういう奴だったわね。仲間甲斐が無いというか」
「はい。こちらの気持ちを無視したような、飄々とした方でしたね」
「単に思い出補正がかかっていただけか。荷物持ちは荷物持ちだった」
三人は、やっと正気に戻ったらしい。
その通り、荷物持ちは僕たちの仲間として相応しい奴ではなかったのだ。
「何か俺、散々なこと言われてません!?」
荷物持ちが気を抜いている隙に、僕はもう一度、魔物に向かって剣を振り下ろした。
――――キンッ。
またしても僕の攻撃を、荷物持ちの短剣が防ぐ。
「理由が何であれ、これ以上僕たちの邪魔をするようなら容赦はしない。荷物持ちごと成敗する!」
僕は荷物持ちに向かってそう言い放つと、剣を構え直した。
「勘弁してくださいよ。俺だってやりたくてやってるわけじゃないんですよ」
「覚悟しろ!」
僕は荷物持ちに飛びかかるべく、足に力を溜めた。
すると荷物持ちが情けない声で仲間を呼んだ。
「助けてください、リディアさーん」
「妾を呼んだか」
「いたなら助けてくださいよ!?」
荷物持ちに呼ばれた仲間が、木の上からのろのろと姿を現した。
近くにいたのに、全く気付かなかった。
それは戦士と僧侶と魔法使いも同じだったらしく、彼女の登場に目を丸くしていた。
「感動の再会を邪魔するのは無粋かと思ってな」
「これが感動の再会に見えたんですか!?」
現れたのはダンジョンで荷物持ちと一緒にいた女……の妹か娘だろうか。
どこからどう見ても幼女だ。
「いつの間に女の子が!?」
「そこのあなた。近付いたら危ないですよ!」
「勇者、女の子が近くにいるから一旦止まって!」
予想外の人物の登場に、三人ともが焦っていた。
幼女を自分たちの後ろに下がらせようとしている。
「気絶していたから知らんのも無理はないが、妾はお前らを教会に運んだ強者じゃぞ? この程度の戦闘でどうにかなるわけがないであろう」
あのとき荷物持ちと一緒にいたのは、もっと年上の女だった。
目と髪の色は一致するが、こんな幼女ではない。
「俺たちを教会に運んだ? いつの話だ?」
「わたくしたちが気絶していて、起きたら教会にいたのは、あのダンジョンの後ですが……あのときは勇者さんが運んでくださったのですよね?」
「途中からは町の人も手伝ってくれたらしいけど、基本は勇者が運んだのよね?」
戦士と僧侶と魔法使いが、曇り無き目で僕のことを見た。
「…………」
ダンジョンに荷物持ちがやってきて、あろうことか僕たちを助けた、だなんて口が裂けても言えなかった僕は、あの日の出来事をこのように話していた。
僕が一人でダンジョンをクリアして、気絶している三人を教会まで運んだ、と。
なお町中には目撃者もいるだろうから、運ぶのだけは僕以外の人物も手伝ったことにした。
「ほう。仲間にはそのように伝えておるのか」
三人の言葉を聞いた幼女は、僕のことを見下すような目を向けてきた。
「ふっ、ケツの穴の小さい男じゃのう」
この幼女は、全てを知っているのだ。
あのときの女と同一人物なのか、親戚なのかは分からないが、とにかく事実を知っている。
「うるさいうるさいうるさい!」
幼女が余計なことを言わないよう、大声で邪魔をする。
事実が知られたら、勇者としての僕の威厳は失墜してしまう。
そのことが、怖かった。
「うるさいのはお前じゃ」
僕に近付いた幼女は、腕を伸ばしてデコピンをした。
その瞬間、僕は遥か後方に吹っ飛ばされた。
幼女の指は、僕に触れてさえいないというのに。
「勇者ーーー!?」
戦士と僧侶と魔法使いが、俺に向かって叫んだ。
「お前のケツの穴の小ささはさておき、ショーンを傷つけることは看過できないのう」
遠くから幼女の声も聞こえてくる。
「なに、今の!?」
「ただの女の子ではないのか!?」
「もしかして……魔物!?」
吹っ飛ばされた僕はすぐに起き上がると、剣を片手に再び魔物に向かって走り出した。
戦闘に持ち込めば、呑気に喋ってなどいられないだろう。
しかし狙うのは、あの幼女ではない。
幼女はまだ人間か魔物か確定していない。
人間だった場合、非難されるどころでは済まない。
僕は、当初の目的だった二体の魔物に向かって攻撃を繰り出した。
「助かりました。ありがとうございます、リディアさ、んーーーっ!?」
まただ。
また荷物持ちが邪魔をする。
「ショーンはケイティとレイチェルに惚れておったのか? 好きな女の子を守りたいとは、ショーンは男の子じゃのう」
「違います。俺の意志じゃないんです! 身体が勝手に、彼女たちを守ろうとするんです!」
「…………身体が勝手に、のう」
幼女が、意味ありげにショーンの言葉を繰り返した。




