●108 side 勇者
「どちらにしても、もっと近付く必要があります」
「いいわよね、勇者」
魔法使いが僕に確認を取ってきた。
しかしこの確認に意味はあるのだろうか。
「僕がダメだと言っても、お前らは僕を説得して近付くつもりだろう?」
このままここにいても埒が明かない。
それに戦士と僧侶と魔法使いが二体の人影に注目している間に、周囲に他の魔物がいないことは確認済みだ。
だから僕も近付くことには賛成だ。
それなのに、僕の口から出てきたのは、三人を突き放すような言葉だった。
「ねえ勇者。前から思ってたけど、言い方ってものがあると思うわ」
「最近、勇者さんは変わりましたね……強くなること以外に投げやりと言いますか……」
「ストレスが溜まっているのかもしれないな。荷物持ちを殴れなくなったから」
また荷物持ちの話だ。
ここにいないのに、どうしていつまでもあいつの話をするのだろう。
こいつらは、荷物持ちを勇者パーティーから追放した僕を責めているのだろうか。
「あれも良くなかったわよね。寝ている荷物持ちを殴って……私も荷物持ちを眠らせて、殴ることに協力しちゃってた」
「わたくしが回復させなければ、荷物持ちさんはもっと早く自分の置かれた状況を理解していたかもしれません」
「見て見ぬ振りをした俺も同罪だ。あんな行動は見過ごすべきじゃなかった」
間違いない。
こいつらは僕を責めている。
無能なこいつらは、荷物持ちの危険さを分かってもいないくせに!
「もう僕の前で荷物持ちの話はするな!」
つい出してしまった僕の大声を聞いた二つの人影が、こちらを向いた。
「チッ、行くぞ。魔法使い、足止めの魔法を!」
「分かったわ。一時的に魔物の動きを遅くする!」
走りながら魔法使いが、魔物たちに魔法を放った。
やはり二つの人影の正体は魔物で、僕たちを見るなり空に飛び立とうとしたのだ。
しかし魔法使いの魔法を受けた魔物たちは、すぐに飛び立つことが出来なかった。
その隙にトップスピードで走って魔物との距離を詰める。
魔物たちに近付いたことで、さらに分かったことは二つ。
魔物は二体ともメスで、髪はピンクと水色。両方ともコウモリ型の魔物。
町から人間を連れ去った犯人と思われる魔物の特徴とぴったり一致する。
そして魔物たちが掘っていたのは、紛れもなく墓だった。
穴の横には、埋める予定だろう動かなくなった人間の女が横たわっている。
顔色や出血量から考えて、すでに息絶えているだろう。
「お前らが、町から女を連れ去ったんだな!? 僕たちは、魔物相手に容赦はしない!」
せめて仇は取ってやろうと、僕は長剣を抜いた。
そして魔法のせいで思うように動くことの出来ない魔物たちに向かって剣を振り下ろす。
――――キィーンッ。
僕の振り下ろした長剣が魔物たちに当たることはなかった。
魔物の身体よりも、もっと固い手応え。
「なっ!? どうしてお前がここに」
「……どうしてでしょうね?」
僕の攻撃は、いつの間にか魔物たちの前に立っていた荷物持ちの短剣に受け止められた。
「僕を馬鹿にしてるのか!?」
「馬鹿になんかしてませんよ。俺も、どうして勇者と剣を交えてるのかサッパリ分からなくて……」
そんな馬鹿な話があるか。
僕が剣を振り下ろす動きに合わせて攻撃を受け止めておいて、どうして剣を交えているのかサッパリ分からない?
その言いわけが通用すると思われているなら、僕は荷物持ちに相当舐められていることになる。
「なんで荷物持ちがここにいるのよ!? って、え、本物!?」
「荷物持ちさん、生きていたんですね……よかったです!」
「お前はしぶとい奴だったんだな。見直したぞ」
僕の心とは裏腹に、戦士と僧侶と魔法使いは、荷物持ちの出現を喜んでいるようだった。
このまま荷物持ちを斬り伏せても良かったが、ひんしゅくを買いそうなため一旦剣を納めることにした。
「ああ。三人は気絶していたから、俺が生きていることを知らないんですね」
荷物持ちも荷物持ちで、呑気に三人と会話をしている。
「でも、荷物持ちはなんで魔物を守ってるわけ!?」
「……へ?」
やっとこのおかしな状況に気付いた魔法使いが、問いかけた。
「助けてください、ショーン様」
「お願いします、助けてください」
魔物たちは、荷物持ちの後ろに隠れるようにしながら、荷物持ちに助けを懇願している。
「いつの間にか荷物持ちさん自身も魔物になっているみたいです」
僧侶の言う通り、荷物持ちの額には小さなツノが生えている。
僕たちと旅をしているときには生えていなかったツノが。
「もしかして、魔物側に付いたのか?」
再会した荷物持ちは、魔物のツノを生やして、魔物たちに助けを求められている。
この状況で、それ以外の説明が付くだろうか。
怪訝そうな僕たちの顔を順番に見てから、荷物持ちが言った。
「この状況……もしかして俺、勇者パーティーと敵対しちゃってます?」




