●106 side 勇者
魔物の捜索は想像よりも大変だった。
そもそも魔物は毎日町を襲っているわけではなく、不定期にやってくる。
痕跡を探ろうにも、町にやって来ないのでは探しようがない。
「魔物を探し始めて何日が経った?」
「五日よ。待っていると来ないものね」
僕たちは夜の町を歩きながら、魔物を探している。
魔物を恐れてか、夜の町を歩いている人はかなり少ない。
「いつどこに現れるか予想が出来ないのはキツイわね。この町、結構広いし」
「分担して探そうにも、相手の強さが分からないのでは下手に戦力を分散も出来ないからな」
町長によると、魔物は二体組らしい。
僕たちが二人ずつに分かれて巡回をした場合、もし二人のうち片方が魔物に不意を突かれたら、その時点で魔物と二対一になってしまう。
「もうオトリ作戦に切り替える? 私がオトリになってあげようか?」
「魔法使いは魔力量が多いから、魔物はさらうのを避けるだろうな」
「それって褒められてる? 戦士、ありがと!」
戦士と魔法使いは呑気な会話を交わしている。
一方で僕は、五日も無駄な時間を使っていることに、血管が切れそうだった。
「勇者さん、申し訳ありません。まさかこんなに時間のかかる依頼だとは思いませんでした」
「……時間がかかると分かっていても、お前たちは引き受けようとするだろう」
「あの……ええと……はい、すみません」
僧侶は不機嫌な僕に向かって、頭をペコペコと下げている。
それでも自身の意見は曲げないのだから、頑固で面倒くさくて融通の利かない女だ。
「魔物が出たーーー!!」
そのとき、叫びながら僕たちの元へと走ってくる老婆がいた。
ゼエゼエと苦しそうな呼吸をしている。
最初に反応したのは、戦士だった。
「魔物はどこにいる!?」
「もう飛んで行ってしまいました。わしの向かいの家に住む、若いお姉さんを連れて」
「現場はどこだ。証拠が残っているかもしれない」
「こっちです」
老婆は、魔物が女を連れ去った現場へと僕たちを案内した。
くるりと回って元来た道を早足で歩く老婆に、僧侶が後ろからさりげなく回復魔法を掛けた。
現場に向かいながら、戦士が老婆に詳しい話を聞く。
「なぜ夜に若い女が外に出ていたんだ?」
「お姉さんの猫が今日脱走したらしく、お姉さんは一日中猫を探していました。さっきも、家の周りを探していたみたいです」
「若い女にとってこの町の夜が危険なことは知っていただろうに」
「大事な猫だったらしいです。でもわしも危険だと思って、窓を開けて部屋からお姉さんに声をかけようと思ったのですが……いきなり魔物が飛んできて、あっという間にお姉さんを襲い始めました」
「その女に狙いを定めていたようだな。空から観察をしていたのだろう」
老婆は悔しそうな声で、続きを話した。
「いくらやめなさいと叫んでも、魔物たちは聞いてくれなくて……叫んでも誰も助けには来てくれなくて……そのうちに、魔物たちはぐったりしたお姉さんを連れて飛び去ってしまいました」
「くそっ。俺たちが現場の近くを巡回していたら止められたのに」
「わしの声がもっと大きければ、あるいは……」
「あなたは勇敢な方です。他人を魔物から助けようと思うその勇気は、誰にでもあるものではありません。それに魔物に襲われる危険を冒してまで、わたくしたちを呼びに来てくださいました」
「すぐには呼びに来られませんでした。わしも魔物に襲われるのは怖くて、なかなか外に出られず……もう十分生きたというのに」
僧侶が、自分を責める老婆を励ました。
魔法使いも僧侶に便乗しつつ、さらなる情報を引き出そうとする。
「そうよ。褒められはしても、責められる理由は無いわ。あなたは立派な人間よ。ちなみに情報をたくさんくれたらもっと立派なんだけど、魔物の特徴は見た?」
「二体ともコウモリのような見た目の魔物でした。それと、魔物は二体とも女でした」
老婆はなおも悔しそうな顔をしつつ、魔物の情報を寄越した。
「メスの魔物ですか。正直なところ、若い女性ばかりを狙うから、オスの魔物だと思っていたのですが……」
「情報を聞けて助かったわ。それにしてもコウモリねえ。暗いところに逃げ込まれたら厄介だわ」
「逃げ込むだろうな。誰だって自身に有利な場所へ逃げたがるものだ」
三人が老婆から情報を聞いているため、僕はただその横を歩いている。
そうこうしているうちに、女が連れ去られた現場に到着した。
「ここでお姉さんは連れ去られた。お姉さんも抵抗はしていたようだが、魔物二体を相手に勝てるはずもなかった」
「魔物はどの方角へ向かった?」
「あっちです。でもどこへ向かったのかまでは分かりません。暗い夜空に黒い魔物たちが溶け込んでしまって……」
現場に到着するなり地面を確認していた僧侶が、二本の髪の毛を拾った。
「これは髪の毛でしょうか。ピンクと水色の二種類が落ちています」
「はい、魔物はピンクの髪と水色の髪の二体でした。それはきっと魔物の髪です」
「抵抗した女に引き抜かれたのかもしれないな」
「魔物の髪があるなら、追いかけることは可能よ。天才魔法使いの私ならね」
とんとん拍子に進む話を、僕は黙って聞いていた。




