●102
「遅かったのう、ショーン。イチャイチャは終わったのか?」
「別にイチャイチャはしてませんよ」
居間に戻ると、魔王リディアもエラも、先程と同じ位置に座っていた。
俺がいなくなってから、二人は何をしていたのだろう。
二人の位置が変わっていないことから考えて、何もしていないか、その場でお喋りをしていたか。
そこまで考えたところで、魔王リディアとエラが仲良くお喋りをしている姿が一切想像できないことに気付いて笑ってしまった。
「イチャイチャしていないだと? 何も起こっておらんのに、こんなに時間が掛かるわけがないであろう」
「そんなことを言われても、してないものはしてないですから」
「恥ずかしがることはないのじゃ。それにしても、童貞卒業がいきなり二人相手とはのう」
魔王リディアは、俺の言葉を全く信じていないようだった。
「だから、変なことはしてませんってば!」
俺が必死で否定していると、近くから息を飲むような音が聞こえてきた。
振り返ると、ケイティとレイチェルが目を丸くしながら俺のことを見ていた。
「童貞……えっ!?」
「いやいやいや、今のはリディアさんの冗談ですからね? 本気にしないでくださいね? 違いますからね?」
急いで否定をする。全力で。
童貞なのは本当のことだが、否定しないわけにはいかない。
俺の必死さが通じたのか、ケイティとレイチェルは今のやりとりを魔王リディアの冗談だと思ってくれたらしい。
二人で、まさかね、と言い合っている。
必死に否定するところがより童貞らしい、とか言われなくて良かった。
「びっくりしました。そうですよね、ショーン様が童貞なわけがないですよね」
「ショーン様が童貞なら、この世の全ての男は童貞になっちゃいますよね」
そうはならないだろう。
というか、いつの間に俺は、彼女たちの中でこんなに株を上げたのだろう。
夢見る二人の背中を押したからだろうか。
「イチャイチャしていないのなら、何をしておったのじゃ?」
「歌とダンスと水着と呪いのアイテムを見せてもらいました」
俺は見たものを正直に答えた。
一つたりとも、やましいものは見ていない。
水着も最後までズレなかったし。
「すごいラインナップじゃのう。歌とダンスと水着と呪いのアイテムとはのう」
「普通、呪いのアイテムは歌とダンスと水着と一緒には並びませんからね」
しかし実際に見たものが、これなのだから仕方がない。
より細かく言うと、かくし芸もいくつか見たが。
「それで、目当てのアイテムだったのか?」
「いいえ。残念ながら違いました」
「呪いのアイテム?」
俺たちの会話に、突如エラが参加してきた。
「はい。探している呪いのアイテムがあって……どうしてエラさんは汗だくなんですか?」
入り口近くの遠い位置にいたため気付かなかったが、よく見るとエラの髪は汗で顔に張り付いている。
俺のいない間に、汗をかくような出来事があったのだろうか。
「ちょっとね。汗をかきたい気分だったのよ」
「汗って気分でかくものでしたっけ?」
「運動をしたのよ。汗をかきたくて運動をしてきたの。その辺を全力疾走したわ」
エラは外を指差した。
しかし、もう外は真っ暗で、全力疾走に向いているようには思えない。
「夜に一人で森を走るのは危険だと思いますよ。転ぶ意味でも、襲われる意味でも」
「私のことを心配してくれるの? ショーンきゅんったら優しいんだから!」
エラはそう言ってきゃあきゃあ騒いでから、小さな声で呟いた。
「呪いのアイテムねえ……魔王はなぜ、ショーンくんを連れてそんなことをしているのかしら」
「……エラよ。いのちだいじに、の生き方は捨てたのか?」
「何でもないわ! 私は何も聞いてないし、何も気になってはいないわ!」
「それでよい」
どうやら俺のいない間に、魔王リディアとエラには完全な上下関係が出来上がったらしい。
まあ、これまでも魔王リディアのエラに対する扱いは散々だったが。
「もう夜も遅い。目的も果たしたことだし、早く寝るのじゃ。」
魔王リディアがそう言うと、ケイティとレイチェルが居間に吊るされたハンモックを整え始めた。
実は食事中もあのハンモックがずっと気になっていた。
部屋はいくつもあるのに、ハンモックを居間に吊るしてあるのが不思議だったのだ。
「ショーン様とリディアさんは、ケイティたちのハンモックを使ってください」
「今さらですが、どうして居間にハンモックがあるんですか? それぞれ自分の部屋がありますよね?」
「一緒の部屋で寝たいからです。一人で寝るのは寂しいですから」
「それに一人は怖いです。でも二人で一緒に寝たら怖くありません」
可愛らしい理由だ。
そしてアイドルらしい答えだ。
ケイティとレイチェルは、どこもかしこもアイドルのように見える。
「寝るにあたって何か必要なものはありますか? 何でも準備します」
「寝るだけじゃから、特に無いのう」
「ここにあるものは好きに使ってくださっていいですからね」
ものすごくおもてなしをされているが、気になることが一つ。
レイチェルの部屋は見ていないが、ケイティの部屋にハンモックは吊るされていなかった。
「俺たちがハンモックを使うとなると、あなたたちはどこで寝るんですか?」
「ケイティもレイチェルも夜行性なので、昼間に寝ているんです。だから夜には寝ません」
それなら心置きなくハンモックが使える。
…………あ。ハンモックは二つしか吊るされていない。
「ねえ、私はどこで寝ればいいの?」
同じことに気付いたエラが、ケイティとレイチェルに質問をした。
しかし返ってきたのは、あまりにも雑な返答だった。
「雌豚はその辺の床で適当に寝てください」
「よだれは垂らさないでくださいね」
「……扱いの差がすごいわ」




