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ヒーローが多すぎる!

作者: 豚次郎

 時に西暦202X年。未曾有のヒーロー乱立時代を迎えた我が国では、巷に溢れる悪の組織や巨大怪獣どもと、正義のヒーロー達の壮絶な戦いが日夜繰り広げられている。

 そして、ここにもまた、世界征服を企む悪の一団の存在があった。


「――というわけで、我輩が提案する死神作戦第一号は、幼稚園バスの誘拐であります」


 関東郊外の某所に秘匿されたアジトの一角。薄暗い明かりに照らされた作戦室にて、漆黒のマントを纏った痩身(そうしん)の男が陰気な声で言うと、他の幹部陣からオオッと驚嘆の声が漏れた。


「幼稚園バスの誘拐とは、何とも古典的な……」

「しかし、たかが数十人の子供をさらったところで、それがどうして世界征服に繋がる?」


 軍服姿の同志から問われ、マントの男は陰気な口元ににやりと笑みを浮かべて答える。


「今、この国の愚民どもはユーチューバーとかいう連中に夢中になっております。そこで、誘拐したガキどもに洗脳教育を施し、我らの手先のユーチューバーに仕立て上げることで、動画配信を通じて民衆を骨抜きにするという寸法です」

「な、なんと手間のかかる……」


 エジプト風の幹部の突っ込みは、リモートの画面越しに響く首領の音声にかき消された。


『なるほど、流石はドクター・ヴァンパイア、現代的で素晴らしい作戦だ。至急着手せよ』

「ははっ」


 モニターに向かって平身低頭するマント男の後ろで、他の幹部達は「現代的かぁ?」「今だとティックトックのほうが……」などと茶々を入れたい気持ちをぐっと我慢している。

 と、そこで、画面に映る蛇のアイコンの目を光らせ、首領が続けた。


『して、あの騎戦(きせん)ダイバーどもへの対策は出来ておるのか』


 その単語が出た瞬間、幹部達はごくりと息を呑んだ。

 我が国を代表する変身ヒーローの一派、騎戦ダイバー。高性能バイクを駆り、法や組織のしがらみに囚われず単身で悪を切り崩していく彼らの存在は、この手の悪人どもにとってはまさに天敵といえた。昔はせいぜい飛び蹴りが得意な改造人間という程度だったが、最近ではガチャガチャうるさい武器やら強化フォームやらを使いこなす者が増え、ますますもって手に負えない。

 しかし、ドクター・ヴァンパイアと呼ばれた男は自信満々であった。


「無論、抜かりありません。こちらをご覧下さい。我らが技術班が開発したペンギンと冷凍庫の合成怪人、ペリーザーです」


 彼の操作で壁面のスクリーンに映し出されたのは、説明通りの等身大の怪人の姿である。


「このペリーザーが吐き出す、零下400度の冷気により……」

「ちょっと待たれよ、同志ヴァンパイア。零下400度とは何だ?」

「絶対零度より低い温度など存在しないのではないか」

「……それは、アレだ、同志諸君。常温から氷点下への冷却能力を100とした場合の、4倍凄いという意味だ」

「なら、たかがマイナス100℃程度じゃないか。馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しいだと!? 普通の冷凍庫が何度か知っておるのか!? ここまで性能を高めるのにどれだけの苦労を……」

『どうでもいいから、早くダイバーへの対策を述べよ』


 呆れ声の首領に促され、ドクター・ヴァンパイアは我に返って咳払いした。


「えー……ガキどもを我らの基地にさらった後は、このペリーザーの冷気で周囲の道路一帯を凍り付かせ、バイクによる追跡を封じます。バイクが使えなければ、騎戦ダイバーなど恐るるに足りません」

「ほう……」


 彼の発言に同志達は一瞬納得しかけたかに見えたが、すぐに、誰からともなくイヤイヤと片手を振った。


「見通しが甘くはないか、同志ヴァンパイア。最近のダイバーは飛行能力付きのマシンを持つ者も多いぞ」

「ドラゴンに乗る奴まで居たな……」

「乗る物がなくても、最強フォームで空を飛んで来るかもしれん」

「そもそも、近頃はバイク自体に乗らない騎戦ダイバーも増えているというではないか」

「常々思うが、それはもはや『騎戦』ダイバーと呼べないのでは?」


 口々に議論を始める幹部達。心なしか、首領の蛇アイコンもジト目に転じているように見えたが、それでもヴァンパイアは気丈に説明を続けた。


「万一、ダイバーの侵入を許した場合に備え、第二の策も用意しております。戦団ヒーローに壊滅させられた某侵略組織からの横流れ品……この細胞増殖ビームガンの力で、ペリーザーを50メートル大に巨大化させ、ダイバーを蹴散らすのです」

「おおっ……!」


 スクリーンに映る巨大化怪人のイメージ映像に、今度こそ幹部達は目を見張ったかに思えたが……。


「待て待て、そんな技術を使ったら、それこそ戦団ヒーローが出張(でば)ってくるではないか」

「生物型の巨大モンスターならまだいいが、怪人の巨大化はいかん。ダイバーの敵の領分を踏み越えてしまう」

「戦団の合体ロボを繰り出されたら、我らの基地などひとたまりもないぞ!」


 正義と悪の戦いにもジャンルごとの縄張りがあり、悪者側がそれを踏み越えれば、正義側もヒーロー大戦の名のもとに枠を超えて共闘してくるのだ。特に春の時期は悪者も気が緩みがちになるのか、一時は毎年のように暗黙のルールを破ったやらかし(・・・・)を働く組織が出て、ヒーロー連合軍にコテンパンにされていたのは記憶に新しい。

 それを知ってか知らずか、ドクター・ヴァンパイアはなおも首領に向かって熱弁を振るうのだった。


「戦団ロボ如きを恐れて、どうして世界征服など実現できましょうか。我々の手には、某侵略宇宙人が地球に残した怪獣覚醒カートリッジがあります。いざとなれば、これを巨大ペリーザーに打ち込んで強力怪獣へと変貌させ、ダイバーも戦団もまとめて血祭りに上げてみせましょう」


 たちまち「いやいやいや!」と食って掛かったのは軍服姿の幹部である。


「どこの闇ルートから入手したのか知らんが、そんな物騒なもの、明らかに我らの手には余る! ヘタすればアルターマンに目をつけられるぞ!」

「ヘタすればどころか、巨大怪獣なんか繰り出したら確実に飛んでくるだろうな……」

「アルターマンを敵に回したら、戦団ロボどころの騒ぎではないぞ」


 ざわつく一同を前に、今度こそヴァンパイアも絶句せざるを得なかった。誰からともなく愚痴が漏れる。


「まったく、どうしてこの国はこんなに正義の味方が多いのだ」

「いっそ、世界征服は別の国から始めた方がいいのではないか? 思い切ってアメリカあたりから」

「いやいや、あの国こそスーパーヒーロー大混雑ではないか」

「ならば手始めにお隣のK国に攻め込むというのは?」

「いや、最近はあっちでも戦団が幅を利かせてるし、C国も今やアルターマンの縄張りだからな」

「いつの間にそんなことに……」


 そのとき、同志達の議論を黙って聞いていたヴァンパイアが、「はっ、そうだ」と声を上げた。


「諸君、こういうのはどうだ。どこぞの研究者を脅してタイムマシンを作らせ、ヒーローどもがまだ居なかった時代を侵略するというのは。我らがその時代を支配すれば、歴史が改変されて後のヒーローも生まれなくなる」

「そんなの、時空警察のアーマーポリスにとっちめられるだけだろう」

「ああ、居たな、そんなのも……。奴らも単身で戦団ロボ並みの戦力を有しているから侮れん」

「それに、昔は昔で変身剣士やら超人忍者やらが居たようだし、それこそアルターマンの一種など何万年も昔から地球に来ていたらしいぞ」

「……ならば目先を変えて、ヒーローどもの目につかない地方都市からじわじわと侵略の手を広げていくというのは?」


 諦めを知らないヴァンパイアの次なる案に、幹部達は「うぅむ」と唸る。


「だが、四国だろうと九州だろうと結局ヒーローが駆けつけてくるからな……。観光地とタイアップして……」

「加えて、最近はご当地ヒーローの勢いもバカにできんと言うぞ。博多だけでも何人ものヒーローが群雄割拠しているとか」

「ご町内レベルまで規模を落としたら、今度は変身美少女が出てくるしな」

「ああ、それだけは避けねばならん。こっちまでコメディ時空に引きずり込まれてしまう」


 既にこの会話自体が十二分にコメディだという自覚は、彼らには無いらしい。

 そこで、そろそろ潮時とばかりに、蛇のアイコンを光らせ首領が告げた。


『……やめとこうか、世界征服』

「そうですな……」


 かくして、人知れず世界征服を企んだ名も無き組織は、何の悪事を働くこともなく歴史の闇に消えた。幹部達とペリーザーの行方は誰も知らない。


 時に西暦202X年。未曾有のヒーロー乱立時代を迎えた我が国では、巷に溢れる悪の組織や巨大怪獣どもと、正義のヒーロー達の壮絶な戦いが日夜繰り広げられている。

 だが、過剰なまでのヒーローの数自体が抑止力となって、遥かに多くの悪者達が人知れず野望を断念していることを、知る者は少ない……。


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― 新着の感想 ―
 確かにヒーローの乱立は凄いですよね。  ですがそんな飽和状態だけに同業者同士の争いなんてものもあるんじゃないでしょうか。○○レンジャーvs.○○レンジャーみたいなタイトルを偶に見かけたりします。特に…
[一言] 零下400度wおもしろかったです!
[良い点] パンナさんの宣伝動画を見て読みました。現実的な分析が面白かったです!
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