学術特区の蟲と草むしり
「夏宮さんが№0、ねぇ………能力名は依然不明?」
上品に首をかしげる美雲とその肩に乗っている眼球細胞(ヘビの名前)。
なぜ俺の幼馴染は爬虫類なんぞと動きがシンクロしているのだろう。
ここは俺達が通う学業特区第三学習機構『交鳴学園』の裏庭。
日光さえ当たらないようなこのじめじめとした陰気な場所で、いったい何をしているのかと言えば………
「………おい美雲、てめぇ少しはやれよこの野郎!」
そういって、手に握り締めた雑草を地面に叩きつける。
言うまでもなく、草むしりを押し付けられたのだ。
それと言うのも、風紀委員の業務内容の一つに『風紀を乱すような景観は率先して風紀委員がたださねばならない』という極めて不愉快な物が混じっていたからだ。
それを目ざとく見つけた担任の中村に、同じく風紀委員の美雲と共にこれ幸いと押し付けられたわけで。
で、本来ならば午前中の査定だけで本日の授業終了で帰れるところなのだが、こうして裏庭まで足を運んだというわけだ。
そのせいか、彼女の意欲は完全にゼロだ。
俺の先ほどの叫びも華麗にスルー。
「で、和平。夏宮さんの件について、私達はいったい何をすればいいの?」
そういいながら、蟲群統帥の能力で魑魅魍魎を呼び寄せて雑草を食ませている美雲。
どうやらやっているという意思表示らしい。
まあ、彼女の機嫌を損ねてこのわずかばかりの戦力を失うのもなんなので、草を機械的にむしりながら、俺は冥加町先輩にいわれた事を復唱する。
「えー………と、彼女は№0にもかかわらず、わざわざレベルの低い俺らなんかの高校に入ったらしい。志望理由は『校風に惹かれたから』との事だが、実際は怪しいもので、どうやらここら辺りの不良グループと接触を図ろうとしているらしい。で、国は大事な大事な№0が事件を起こしたら事だというので、俺らに彼女の目的を探ってこい………ということらしいが、聞いてたかてめえ」
「………………え?ようは世界が平和になればいいんでしょう?」
聞いていなかったらしい。
というか、えらく斬新な切り返しだ。
そりゃあ世界が平和になれば全世界の問題の九割は解決するだろう。
とりあえずそんなくだらない事を考えるのをやめて、人格者な俺はもう一度復唱してやる。
「なるほどね、ようは夏宮さんと仲良くなればいいのね」
言うが早いか、ピコピコと携帯電話で夏宮に連絡を取り出す美雲。
どんな理解の仕方だ、とは思ったが一概に否定も出来ない意見なのでほうっておく事にする。
さて、俺は草むしりに戻るか………と地面を見ると、そこには一面の蟲。
想像してみてくれ、ムカデやイナゴで出来たカーペットを。
しかもそのカーペットが俺の手のひらを這いずり回っているのだ。
「ッッッッ!!!」
思わずビックリして後ずさろうとしたのだが、靴を虫の体液まみれにしたくなかったので全力で静止。
首だけを動かし、携帯を操作して夏宮と連絡を取っている美雲に叫ぶ。
「ってめえどこのB級ホラーだこれは!」
「あら、ほんのアメリカンジョークのつもりだったのだけれど」
「欧米人はこんな悪質な悪戯はしねぇよ!」
「じゃあイタリアンジョーク」
「貴様の冗談に全世界を巻き込むな!」
「………まあいいわ、慌てているあなたの顔も見れたし」
そういって、手をスッと動かすと虫どもは波のような音を残して消えていく。
そして、俺の周りはキレイに草一本生えていなかった。
その虫の食欲には恐るべきものがあった。
あと一秒遅ければ、俺の手も彼らの食欲の餌食になっていたかもしれない。
とまあ、それは置いておいて、
「美雲、さっきの蟲カーペット。もう一度やってくれないか?」
「あら、あの節足動物の肌を撫でる春風のような感触がくせに………」
「ならねぇよ。単純に草むしりに最適だからだ」
結局、彼女に一週間サイダーを献上する事で話がまとまった。が、
「斉坂く~ん!先生に聞いたらここにいるって聞いて………」
伝え忘れたことがあったとわざわざ来てくれたが、その光景を見てあまりの恐怖で声もなく失神した冥加町先輩には悪い事をしたと思う。
地面一面に這いずり回る昆虫を見て気持ち悪がらない人間など、俺の幼馴染くらいなものだ。
その幼馴染は、俺のとなりで恍惚の表情を浮かべていたのだが。