学術特区の愉快な転校生
朝から学食で動画投稿サイトに乗せたらものすごい反響がきそうな食べっぷりを見せてくれた彼女はどうやら本当に転校生だったらしい。
その証拠に、うちのクラスの担任が気だるげに彼女を紹介している。
「え~こちらが、転校生の…………さんだ、皆ほどほどに仲良くするように~」
「夏宮 翠葉ですけど…」
自分のクラスの転校生の名前を忘れた挙句、口をもごもごしてごまかそうとしやがったのが担任の中村 巡。一応生物学上はメスとされているが実情は酷い物で、はやく教育委員会はこいつから教員免許を剥奪すべきだというのがクラスの共通認識である。
メガネにジャージにツインテールとどこぞの極道先生のような格好をしているが、それは別にリスペクトでもなんでもなく(現にこいつからはあの先生の百分の一の意欲も感じられない)純粋に着替えが簡単だからだそうだ。要するに適当な先生。
「はい夏みかん スイカさんだそうだ~、皆仲良くしてやってくれ」
…………いや、今のはさすがに無理があるだろう。
夏みかんにいたっては文字数から違う。
教室に誰かが突っ込むだろうと思いながら過ぎ去る気まずい沈黙が充満する。
時計の音さえ聞こえてきそうな沈黙を破ったのは、やはり彼女だった。
「先生、勝手に彼女の名前を夏が旬の果物にしないでください!」
「あ~~、悪い。もちっと盛り上がるかと思った」
「転校生の名前でうけを狙わないでください!」
沈黙を破り、クラスの心を代弁してツッコミしてくれたのが容赦ない理不尽をいいやがる先生に唯一物怖じせずに意見できるクラス委員長の………通称委員長だ(名前は忘れたのではなく思い出せないだけ)。
クラスと担任とのコミュニケーションはこの人が担当しているといっていいだろう。
明らかにテンションの下がった先生はめんどくさそうに夏宮にチョークを渡す。
どうやら自分で自己紹介をしろということらしい。
チョークが黒板に当たる小気味よいカツカツという音を聞きながら、俺はぼんやりと夏宮の後姿を眺めていた。
(あの細いからだのどこにアレだけの量が入るんだかなぁ………)
制服の上からでも何かスポーツをしているとわかる程の体型をアレだけ食べて維持できると言うのは一種の能力なのだろうか。
しかし、朝食の時は持っていた食事の量に目がいったが、落ち着いて思い出してみるとはっきりした顔立ちをしていた。
しみ一つない卵肌だし、目もパッチリしているし、健康的な美少女といった感じか。
現にあの面食いの延命寺が美少女と称しているのは一般常識から見ても可愛い部類に入る証拠だ。
「うし、書き終わったな~。じゃ、あとはなんか適当に自己紹介タイムな、任せた」
そういうと、わがクラスの名物担任はさっさと職員室に帰っていきやがった。
残るは所在なさげに夏宮が黒板の前に一人。
「え………と、僕の名前は夏宮 翠葉です。好きなことはランニング、得意なことは陸上競技と………………テトリス?です。座右の銘は『目には目を、歯には歯を』です。これから皆様方と半年ほど同じクラスになる事となりました。どうかよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる彼女に男子達から無駄に大きい拍手が送られていたのは、九割がたあの延命時の影響のようだ。
あんな万年発情期と同じ部屋に同じクラスとはホントに腐れ縁だとつくづく思う。
そして、彼女は自分の席につこうと俺の方に近寄ってきて………何故か俺の隣に座った。
一応俺のとなりは病院住まいの万年不登校生徒の机となっているはずだが、何ゆえ俺が他の男子生徒の理不尽な嫉妬心をあおるような立ち位置に立たなければならないのだろう。
そんな事はお構いなしに、夏宮は気さくに俺に声をかけてきた。
「あ!あの時のドS君だ!この学校について手とり足とり教えてくれると嬉しいな♪」
………クラス中の視線が非難の色を帯びているのは俺のせいではなく、彼女の語彙のチョイスミスだろう。
とりあえず今日はクラスメイトの俺のサディスト疑惑を解くことからはじめようと思った。