学術特区の騒がしい朝 A
広大な土地を利用し作られた学業特区には、当然住み分けというものがある。
将来有望な強力な能力を持っている能力者にはそれ相応の就学施設が与えられているし、逆に言えば将来に何の可能性も見出せない残念な能力しか持っていない人間には同じように残念な学校が割り振られる。
残念ながら贅肉装飾師という能力は後者らしい。
と、いうわけで俺斉坂 和平はまるで満員電車のごとく狭い学生食堂で静かに朝食を食べようと努力していたのだが、
「牛乳のパッケージってさ、結構エロいと思うんだよ」
なにか、雑音が聞こえた気がした。
一日の始まりというこの朝食の時間を著しく穢すような雑音を。
気のせいだと自分に暗示をかけた後、目の前の納豆に再び意識を戻す。
現在のかき混ぜ回数57回。残りあと43回。納豆をキチンと100回かき混ぜてから醤油を入れ、2,3回混ぜて納豆に醤油を馴染ませたあとに目の前にある熱々白米にぶち込み、その上からネギをかけ、食す。
その完璧なコンビネーションを味わってから俺の一日はようやく始まるというものだ。
だからこそ、この納豆をかき混ぜる行為には全身全霊を………………
「だってほらみろよ、『生乳搾り』だぜ?」
「何でお前は俺の静かな朝を阻害しようとするんだよ」
怒りを込めて箸をおき、ため息と同時に顔を上げるとそこには万年思春期の頭の中が愉快な少年がいた。
彼は寮で(運悪く)同室となっている延命寺 覚。
能力名は念動力№42195。
サイコキネシスとはなんて便利な能力だと学業特区に来るまでは思っていたがそんな万能な能力などあるはずもなく、その手の能力には様々なくそめんどくさい限定条件とやらがあるらしい。
ちなみにこいつの限定条件は………………
「イヤだってホントこんなものインターネットで検索した日には親に画面を見せられないことになるぜ?」
牛乳のパッケージを指差しながら笑う変態に俺の思考がまたも阻害された。
しかもかなり不愉快な方法で。
すこし想像してしまった自分を恥じつつも俺は冷静に突っ込みという名の拒絶を口にした。
「知らねぇよ。つーか察しろ。空気呼んで俺に話しかけるな」
「甘いな、俺はKYと言う言葉が出来る前からこのキャラだぜ?」
皆が朝食を食べているところで一人だけ立ち上がり胸を張るという行為は、確かに空気を読める俺には出来ない芸当だった。
むしろ、出来たら人間として終わりとさえ思った。
というか、周りの生徒が俺を含めて変態を見る目で見てくる。
いい加減目の前にいるこの男の口を能力で物理的に塞いでやろうと立ち上がりかけたとき………
「フフ、相変わらずあなた達を探すのには苦労しないわね」
と、透き通った美声が俺の決意を砕いた。
その声の持ち主こそ俺の幼馴染。見た目深窓の令嬢の平方 美雲だ。
皆と同じ制服なのに、他の人とは違った優雅さがあるのは、ひとえに彼女の魅力だろう。
その魅力を台無しにしているのが、肩に乗っているゆうに二メートルはあるヘビ、眼球細胞(ヘビの名前)だ。
そして彼女は手に持ったお盆を俺達の座っている机に置くと、そのお盆に載った生ハムを眼球細胞に与え始めた。
それにかぶりつき、引きちぎり貪る眼球細胞を見ているといつもの通り食欲がうせる。
粘々とした納豆ならばなおさらだ。
食べる事も諦めた俺は仕方なくボーっと眼球細胞の口の動きを見ながらどうでもいい事を考える。
彼女の能力。蟲群統帥№00039。
きわめて珍しい精神感応の一種で、一定の知能水準にみたない生物の思考を操作する能力だ。
簡単に言えば微生物の類から爬虫類までを操れる能力らしい(正確にどの生物まで操れるのかはまだ聞いてない)。
ある程度視覚の共有もできるらしく、主に索敵面に秀でた能力と言うことだ。
まあ、その能力のせいで他の女子生徒からは嫌われていて一時期などはいじめの対象にもなったらしいが、聞くところによると一人でその女子生徒達をいじめ返したらしい。
女子生徒全員の下駄箱にネズミを入れたと言うのは序の口で、かばんの中にゴキブリ、ムカデ、ハエなどを百匹単位で入れたらしいことまでは俺の耳には言ってくる事実だが、噂によるとそのほかにもさらにエグイ事をやってのけたらしい(部屋の中でネズミを共食いさせたとか)。
そして、女子生徒達の暗黙の了解で『平方さんには手を出さない』という方向で意見がまとまり、ついたあだ名は『メデューサ』だそうだ。
だからこそ俺達と一緒に朝食を喰っているわけだが、美少女は絶対の法であると豪語する延命寺は置いておくとして、何ゆえに俺はこんな爬虫類少女と食卓を囲んでいるのだろう。
(昔は普通の感性の持ち主だったのになぁ………)
と、古きよき時代を懐かしんでいる所を、第三者の呼び声で現実に引き戻される。
「あの、隣大丈夫?」
この声の主はどうやら俺の隣に座りたいらしい。
この明らかに浮いている残念な集団の隣に座ろうとするとは、おそらく転校生か何かだと思って(この考えが一番に浮かんできたことには泣けてくる)振り向くと、
(………………食べ物のお化け?)
そこには吐き気を催すほどの量の食べ物の山があった。
一瞬この山が俺に語りかけたかと思ったが俺のわずかに残った常識がそれを否定。
すぐさま次の可能性を考える。
考える。
考える………
考える………………
「あの、何を怖い顔して黙り込んでいるの?いい加減腕がいたいのでお盆を置きたいな~?」
再び語りかけられたその山の脇から見えた少女の顔に、俺はようやくその状況を飲みこんだ。
どうやら少女が一人でその食べ物を抱えているらしい。
その様子に外野が野次を飛ばす。
「またまた、こんな公衆の面前でその有り余るドSぶりを披露しなくても」
「おい!いくらドSだからとはいえ貴様美少女にこんな重労働をさせるとは見損なったぞ!」
そんな野次に屈したわけではないのだが、俺はとりあえず彼女を席へと促す。
「ああ、悪い。隣なら空いてるよ」
そういってやるとその少女は顔をほころばせ嬉しそうに、
「よかった~、この量の食べ物を置けるスペースが空いているとこ、ここしかなかったんだよ~」
と、ドスン!!と重量感のある音を響かせながらも俺のとなりに座りこむ。
どうやらこの少女は、この不自然に空いたスペースが他の人間達が俺達を極限まで避けた結果空いてしまったいわば境界線的スペースだと言う事に気づいていないらしい。
と、そんな事は置いておくとして俺は気になった事を聞いてみる。
「あの………何十人分?」
「え?これは僕の分の朝ご飯だよ?」
当然のごとくそう返す彼女。
とりあえず彼女は咥内にブラックホールを発生させることの出来る能力者だという事がはっきりする。
「そうだ!そう言えば自己紹介がなかったね、僕の名前は夏宮 翠葉。今日転校してきたんだよ。よければメル友からはじめてくれると嬉しいな♪」
あいも変わらず騒がしい俺の日常が、どうやらまた一段とにぎやかになりそうだ。
能力名 蟲群統帥№00039。
能力者 平方 美雲
きわめて珍しい精神感応の一種。
一定の知能水準にみたない生物の思考を操作する能力。
ある程度の思考の同調が可能な為に、視覚等を共有できる。