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学術特区の過激な日常 B

時間はすこし巻き戻り…………

ここは学業特区の中でも学校ではなく商店が立ち並ぶショッピングモールの裏路地。

学生をターゲットにした店舗が学業特区設立の際に我先にと店舗を出し合ったためこの地区はファーストフード店やゲームセンター、ビルや学生寮のない学校の学生が住むマンションがなどが立ち並ぶ都会の密林と化している。

そんな、くすんだ町の隙間にへたりこむ集団がいた。


「あ~あ、まったく瀧上たきうえさんすぐにブチ切れすぎでしょうよ」

「ホント牛乳飲めよ、煮干喰えよ」

「まったくよぉ、いい加減にしてほしいなぁマジで、俺らは適度に危険な香りをかげればいいんだから」

「そういやさぁ、今度新入生で大物ルーキーがうちのチームに入るらしいよ」

「ああ、あれ!あの№0か」

「おいおい、これでまたうちのチームも強くなんじゃん?」

「カッカッカ、勢いに任せてまた女でもさらってくるかぁ?」


口々に騒ぎ立てる彼らは、たった今怒りに任せて能力を発動させた仲間の一人のとばっちりを受けないように逃げてきたばかりらしかった。

そこにいない人間を中傷し、下卑た会話で盛り上がっている辺り、完全に三下といった様子だ。


だからこそ、だろう。彼らは気づけなかった。

感情など何もないかのように、ただ彼らを監視し続けているその目に。

そして、いつの間にか彼らは、追い詰められていたということに。




もう悪口も軽口も言い終わり、手持ち無沙汰になり始めた様子で意味もなく視線を泳がせていた一人が、足元に動くそれを見つけた。

それは、灰色をした矮小な生物。


「ああ、何このネズミ。微動だにしね~んだけど」

「うっわマジじゃん。何、こいつ俺らに喧嘩売ってんじゃね?」

「はぁ?………うっそマジじゃん、超ウケル」

「ちょーっと人間様のすごさ見せつけとくかぁ………っよ!」


と、彼らの一人が立ち上がり、そして掛け声とともに口から灼熱の火炎球を吐き出した。

体内で精製した粘性を持つ発火性の物質を驚異的に発達した肺の筋肉が押し出して、それを微力な発火能力パイロキネシスにより着火する能力。通称火炎放射(フレイムブレス)の能力だ。

そしてそのゲル状の炎がネズミに着弾すると、その生物は筋肉の収縮による奇妙なダンスを踊った後に、やがて動かなくなった。


「ギャッハ!ネズミの丸焼け完成ってかぁ!」

「うわ、何気にここネズミやたらいるぜ?」

「マジか!うわ切り刻みてぇ!」


まだびくびくと蠢いているその焼け焦げた肉の香りが狭い路地裏に立ち込める。

その香りに寄せられてか、物陰から幾匹かネズミが沸いてくる。

普段能力をもてあましている彼らにとって、生命への能力の使用は快感だった。

破壊する能力を持てば何かを破壊したくなり、爆発させる能力を持てば何かを爆発させたくなる。

行き過ぎた衝動がこうした不良を生み出す温床となっているのが今の学業特区の現状。

が、学業特区のカリキュラムをほとんどこなしていない彼らはここで身をもって知ることとなる。

学業特区それ自体が生まれた原因ともいえる、学業特区共通の『教育理念』。

『強すぎる力を持ったものは、それ相応の義務と責任を負うこととなる』………と。




そんな残虐な遊戯に耽っている彼らの様子をどこかやる気なさそうな人影が見つめていた。

まるで夜に溶け込んで消えてしまいそうな黒い服に身を包んだ15,6の少年。

眠そうに欠伸をかみ殺すのに失敗しながら彼は呟く。


「まったく、数が多いな。病院のベッドが足りるといいがぁ~ぁ…………」




殺しても、殺しても沸いてくるネズミ達。

能力を使う歓喜で思考能力が働かなくなっていた彼らも、やがてその光景の異常性に気づきはじめた。


「あれ?なんかこれ、多くねぇ?」


最初は焼け焦げた仲間の死体に寄せられたかのように、路地裏からネズミが2、3匹出て来ただけだった。

しかしさらに殺した一匹に2、3匹が集まり、それらを殺してもまたぞろぞろとネズミが沸いてくる。

2匹は4匹になり、8匹になり、16匹、32匹とねずみ算式に増えていく。

優勢だった不良たちだが、いつの間にか通りを埋め尽くすまでのネズミに囲まれている。

地面に、壁に、まるで一つの意思を持った生き物であるかのように、その目はどれも彼らに向けられていた。

その異様な光景に、彼らはようやく警戒心を取り戻す。


「おい、後ろにもいるぜ…………」

「それだけじゃねえよ、横にもだ…………」

「もしかしてこれ、囲まれてねぇ?」


その言葉の意味を全員が理解するまでの一瞬の硬直、そして………




「こ………の、くそどもがああぁぁ!!」


最初に火炎弾をはいた男が、欲望ではなく恐怖の為に、再び息を吸い込み、吹き出す。

先ほどの火炎弾ではなく拡散する火炎放射はネズミたちをまとめて焼き尽くす、はずだった。

しかし、ネズミたちが突然分散して波のように襲い掛かってきたため、ダメージは分散される。

焼かれた仲間の屍を踏み越えて迫りくる殺意を持ったネズミ達に、彼らは一つの錯覚をしてしまう。


このネズミたちは、自分達を殺しに来ているひとつの生物だと。


「ウワアアァァァ!!」


その情けない叫び声を皮切りに、ネズミたちが押し寄せてくるその光景に生命の危機を感じ取った彼らは一目散にその通りから逃げ出そうとする。

一つ角を曲がれれば、その悪夢からも覚められる。そう思って必至に足を動かす。

しかし、悪夢とはそう簡単にさめないもので、一つの影が頭上から降ってきた。

夜色のシルエットをしたそれは、手近にいた一人の顔をつかんで、離した。


「………………ンムクァ………アァッ………………」


ただそれだけの行為に、くぐもった叫び声を上げて彼は倒れこむ。

そして、仰向けに倒れたその顔を見たときに彼らは悟った。

ああ、これは二度と覚めない悪夢なんだろうと。


「悪いが逃がさねぇよ……雑魚共が」




その倒れた男には、顔というものが存在しなかった。

目も、鼻も、口も無く、顔だったものがあった部分には申し訳程度に呼吸が出来るであろう穴が二つあるだけで、それ以外はまるで蝋人形の顔の部分が溶けてしまったかのように単純に何も無い。

そのおよそ人間の姿をしていない生物が、元は自分達の仲間だったのだ。

顔のあるはずの部分を掻き毟っている彼を見下ろしながら、そうした張本人は何の感慨も無くただ端的に事情を説明しだす。


「え~~と、とりあえず風紀委員の義務なんで、なぜ貴様らがこんな目にあわなければならないかを説明すると、ようはこういうことだ。この学術特区の風紀委員には特別権限が与えられていて、犯罪者を現行犯の場合のみ捕縛する権利がある。それにより、貴様らを器物破損罪の現行犯として逮捕する。OK?」


軽い調子で歌うように現状説明を終えたそいつは迅速に行動を開始する。

のっぺらぼうのような外見になっている仲間に気を取られている隙にそのうち二人の首筋を掴み上げ、その能力を発動する。


彼の能力は贅肉装飾師ミートコーディネーター。細胞に働きかけて細胞分裂を強制的に起こさせる能力だ。

簡単に言えば、相手の肉を増やす能力。

先の敵をのっぺらぼうにした攻撃は、相手の顔の表面の細胞を分裂させて顔を皮膚で何重にもコーティングする事で、相手の口や鼻を塞いで呼吸を完全に阻害して窒息死させるものだ。

しかしまさか器物破損で相手を殺すわけにもいかず、辛うじて生きてはいられる程度の呼吸穴を開けておいたため何も無い顔に穴が二つ開いているというかなりショッキングな生物が出来上がってしまったのだ。


そして、その能力ではこんなことも出来る。


「カヒュ………ックハァ………………」


首筋を掴み上げられた彼らは頸部に不必要な肉塊を発生させられ、それが気道を圧迫。

結果呼吸を封じられ、無様に地面に転がることとなる。

残るは一人のみ。


いつの間にか四人いた仲間の全員がのっぺらぼうになっているか、やたらでかくなった喉仏のせいで呼吸が出来なくなっているその状態で、彼が考えたのはただ一つ。


「貴様何しやがったぁ!!」


突如現れた敵の排除だ。

服の中からペットボトルを取り出しそのふたを開ける。

彼の能力は置換。ペットボトルの中の液体を危険な可燃性の物体に変えることで………


「おせぇよ、ボケ」


流れるような足裁きでいつの間にか目の前にいた男。

ダウン3秒前の男の断末魔はある根本的な疑問だった。


「器物破損って、俺らが何壊したって言うんだよ!?」

「あ?ああ、あのネズミ。みんな俺の幼馴染のペットなんだわ」

「そ、そんな理不尽な!」


きわめて正論。完全にこじつけなその逮捕理由に、しかし男は淡々と。


「ああ、その理不尽さが、風紀委員の伝統だ」


そう自虐的にいいながら、その手で顔を包み込む。

視界が暗転し、数瞬の圧迫感とともに彼の意識は完全に彼の元を離れた。




「あーあ、全く。自分で言うのもなんだけど後味が悪い能力だよな」


のっぺらぼう×2に、喉仏が異常にでかい男×2。

そんな見たものが自分の目と常識を疑うような光景の中で、彼はため息をついた。

そして上着のポケットから携帯電話を取り出しどこかへと連絡を取った。


「ええ、先輩。任務完了しました。あと救急車が二台ほどいるッス。じゃ、現地集合って事で」


電話をしまうと、どこからか声がした。

例えるなら静かな湖畔に小さな波紋を打つそよ風。

しかしその声は、それを台無しにするような内容だった。


「私はあなたのその能力好きよ。だって人間って顔面がないほうがまだ見れる顔じゃない」


その声の持ち主は優しい笑みを浮かべた痩身の少女。

純白の肌を持ち、白いスカートがよく似合う彼女はどこぞの貴族の令嬢のようだった。

しかしその首には大型の蜥蜴が巻かれ、後ろから付き従うかのように二匹の蛇がはいずっている。

しかし、そんな格好をしてなお、それこそが自然だと思えるような雰囲気を彼女は持っていた。

そんな彼女がさらに言葉を続ける。


「私としては内蔵を肥大させて内側から人間を破裂させる?そんな光景が見たいのだけれど、ねえ和平かずひら今度やって見せてくれない?もちろん、人間は私が見繕うから…………」

「何処のシンジケートに頼めば人間を見繕えるんだよ。怖いわ」

「あら、そんな怖い人達の手を煩わせるつもりはないわよ。ただ黙って駅前に立って、男が声をかけてくるのを待ってるだけで、人間なんて簡単に釣れるものなのよ」

「人の純情を弄んでんじゃねえよ!」


そんな不毛な会話を続けているうちに、先ほどの電話の主がやってきた。

一人はゴスロリに身を包んだ少女。

一人は端整な顔つきの痩身の少年。


「やほー、で、ちゃんと合法的?人とか死んでない?」


開口一番物騒なことを聞いたゴスロリ要素全開の少女に黒ずくめは淡々と答えた。


「ええ、うちの群蟲統帥インセクトマスターのペットの爪剥ぎ1号から50号あたりをぶっ殺されたんで器物破損で逮捕っす」


そういうと、爪剥ぎ1号から50号ことネズミの惨殺死体を指差した。

一瞬の間をおいて、それが何かを理解したゴスロリ少女は普通の女の子として当然の反応を示した。

つまり、錯乱。恐怖その他もろもろによる絶叫。


「ッキャーーーーーー!!!!」


足元がおぼつかなくなりバランスを崩した彼女を同じくやってきた美少年によって助けられる。


「スミマセンが、手早くその死骸を処理していただけませんか?」


「了解でーす♪」


首に蜥蜴を巻いた奇妙な少女がこう答えると、ネズミ達が最も合理的な方法で死骸を処理する。

自然界の法則。つまりは共食い。


その年齢制限がつきそうな光景に、ゴスロリ少女は完全に意識を失った。





そんな彼らの点数稼ぎで今日も学業特区が平和なのだからプラスマイナスゼロなのだろう。

ここ学業特区はそんな町だった。

そんなこんなで学業特区は今日も適度に平和で危険。

能力名 贅肉装飾師ミートコーディネーター№04040

能力者 斉坂ささか 和平かずひら

細胞に働きかけて細胞分裂を強制的に起こさせる能力。

発動できるのは自身の肉体が触れた範囲のみ。

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