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学術特区のスズメバチとダッシュ

保健室から出ると、まるでどこかで見ていたんじゃないかと思うタイミングの良さで携帯が震えた。

ぱたりと携帯を開くと美雲からのメールを受信済み。


『Let´s 窓見て』


相変わらず彼女のメールのセンスは変わってないらしい。

極めて簡素で実用的なくせに、微妙に失笑を誘うその手腕はいささかも衰えていなかった。

いわれた通りに窓を見てみると、丸みを帯びた字体で『玄関 GO』と書いてある。

全く学校に落書きはしたら駄目だろと心の中で叱責しつつも、よく見てみると、その文字は微動していた。

擬音にしたらうぞうぞと、比喩してみるなら『まるで小さな水溜りに群れるぼうふらのように』といったところ。

その文字はゆっくりと確実に形を崩したかと思うと、新たに形作られていった。

点が線となり線が意味を持ち始めた。

その意味は単純明快。日本語でただ一言。


『だっしゅ!』


その情報が脳に伝わり脳から電気信号が筋肉に伝わるその刹那。

その文字を構成する一ビット一ビットが、窓から内側に飛び立った。

それらは統率された動きでよどみなく俺の方へ飛んできて、そして俺がそれらがなんであるかを確認した瞬間、先ほどの言葉が警告であった事を理解した。


「あっの馬鹿美雲!モノには限度ってもんがあるだろうが!」


黄色と黒のストライプに彩られたそれは、明らかにスズメバチだった。

全力で足を動かして、俺は外を目指して玄関へと急いだ。



(こけたら死ぬこけたら死ぬこけたら死ぬ!!)


背後から迫る羽音に急かされ、俺は生涯最高の走りを見せていた。

頭蓋の中で再生を始めた走馬灯を振りきり、ただ走る。

そして、いよいよセーフティーゾーン(屋外)へのラストコーナーをマラソン選手さながらのコーナリングで曲がりきり、いよいよ外に飛び出さんとした瞬間…………。


「……おい、あの鬼のような形相で走ってくるなまはげみたいなの、もしかして和平じゃないか?」

「ほらね夏宮さん。あの少年はやっぱり走ってきたでしょ?」

「あ、ホントだ斉坂君走ってきた!なんか感激だなぁ、お~い!」

「!!!!」


なぜかそこにはあの憎き平方が薄ら笑いを浮かべて、そしてどうでもいい延命寺が苦笑いを浮かべて玄関前に立っており、そして夏宮が手を振りながら俺の走行エリアに侵入して来た。

当然命を賭けた走りを見せていた俺は器用に彼女をよける事など出来ずに…………。


結果、ひどく不器用に彼女との接触を回避した。

前へ踏み出す直前の右足に、無理やり左足を追いつかせて、右足をダッシュの勢いそのままに蹴り飛ばす。

結果不安定となった両足は地面を踏み出すことに失敗し、そのまま廊下に体ごとダイブ。

慣性の法則で走っていたエネルギーを己が腹でもろに喰らいそのままの姿勢で廊下をすべる。

摩擦面が増えたおかげで俺の速度とHPが緩やかに減少していき、障害物であった夏宮の足に当たって見事に静止。


「…………ぁ、あ、あの大丈夫?」

流石に夏宮が俺の身を案じて聞いてきた。

「……いまならカーリングのストーンに優しくなれそうだ」


人間雑巾として廊下のほこりを拭きあげた制服をはたこうと軋んだ体に鞭打って立ち上がった。

いや、立ち上がろうと膝立ちになった時点で急に視界が何かに遮られた。

何かのカーテンのようだったが、今この場にカーテンがあるはずがないとその考えを却下。

とりあえずあたりを探ろうと手を広げると何かやわらかい感触。

多分、人肉。

そこまでいってようやく俺の思考は遅すぎる結論に達した。

つまり、夏宮の足に当たって止まったと言うことは、位置的には夏宮の足元に居るわけで。

そんなところで立ち上がったら当然障害となるのははいているスカー…………


「ゥワッキャアルアアア!!!!」


その叫びとともに俺の頭に放たれた蹴りによって俺の思考回路は破壊された。

まぶたの裏によぎったのは今度こそ走馬灯であろう。





「…………っとも起きない…………どうしよう!」

「いいんじゃ………か?死ぬ前にこいつもいい思いをしたわけだし」

「試しに鼻の穴にムカデ突っ込んで口から出して見ましょうか?」


かすかに戻った聴覚が、周りの話し声を脳に運んだ。

そして、そのすぐ後に鼻の下に何かくすぐったい感覚。

まるで、節足動物に這われているような…………。


「……寝起きの挨拶にしてはちとハードすぎないかそれは!」

「あら、起きた。嫌ね。そんな事をするわけないじゃない。筆よ、筆」

「キャアアアア、斉坂君が目を覚ましたあ!」


鈍い頭の痛みを引きずりながら今度こそ立ち上がると、周りを取り囲む美雲、延命寺、夏宮の三名。

そして、場所は玄関。


「どういうことか説明してもらおうか美雲…………場合によっては女だろうと容赦しないぜ?」

カキコキと拳の関節を鳴らす俺に、しかし美雲は全く動じることなくこう言った。

「何を勘違いしてるのよ和平。あなたがメールで言ったじゃない。今日夏宮さんの転校を祝って外でご飯を食べに行こうって。それにしても走ってくるなんてよっぽど楽しみだったのね」

……いけしゃあしゃあと嘘をつく少女がここに居やがった。

「そうだよ!まさか君が企画してくれるとは驚いたよ!………………でも、あんなに走ってこなくても、ね?」

うつむきがちで、そして上目遣いでそんな事を言ってくる夏宮。

やべぇ。こんな状況で果てしなく不謹慎だが、もうちょっといじめてぇ。

「いや、俺の灰色の脳細胞はあの事故は実は周到に練られた犯罪だと考える!いかに女子のあのエリアに……」

「貴様の脳細胞が灰色なのは致命的に腐っているだけだからこれ以上脳を使うな。というか、美雲。ちょっと来い」

俺は美雲の返事も聞かずに物陰へと引っ張り込む。


(おいテメェなんのつもりだ?俺は転校祝いパーティーなんざ主催した覚えはないが?)

(馬鹿ね。あなたと夏宮さんを仲良くさせるための私の策よ)

(なるほど……しかしそれではあのスズメバチの説明がつかないんだが。言い訳があるなら聞こうか)

(だって走ってきたら高感度アップでしょ?ホントにそれだけの理由よ。別にあなたの必至の形相を見たいとかそんなやましい考えは持っていないわよ)

(結果的に高感度アップどころか決定的にダウンしてんじゃねえか!しかも言い訳としても苦しいし!)

(大丈夫よ、私に策があるから、私に合わせて)


「ねぇ~、こそこそどうしたの~。……もしかして、今日のパーティーは中止!?」

「大丈夫だよ夏宮さん!彼らがいけないなら二人きりで思い出をつくろうじゃないか!」

「ごめんなさいね。実は和平がね、今のセクハラ行為を深く反省してるんだって」

お、なんだかいい感じじゃないか。元々こいつが元凶だということを差し引けばだが。

「それでね、今日のパーティーではそのお詫びをしたいって」

おお、更にいい感じだ。誠意が伝わってくる。

「だから、今日のお代は食事代も含めて全部和平が払うって!」

おおお、実に優しいな俺って……え?

「ホントにいいの!よーし、なら今日は遠慮せずに食べちゃおっかな~」

夏宮の朝食風景が俺の脳裏によみがえる。

あの、鬼人の如き食べっぷりを。

鬼すら平らげそうなあの勢いを。


「あ、あの夏宮?お祝い事の席で悪いんだけど、少しは遠慮してくれてもよくないか?」

「なんだ和平。当然よ、あんな良い思いをしたんだから」

「ホントだよこの野郎!むしろ俺が代わりたいくらいだ。彼女のスカートの…………」

手早く喉に手刀を突き刺し延命寺バカを黙らせる。

そんな様子に夏宮がふわりとスカートをふくらませて振り向き、はにかみながらこう言った。

「安心して、斉坂君」


「デザート分くらいは、ちゃんと自分で出すから♪」


俺はこの先しばらくの間、水だけですごす羽目になりそうだった。

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