2–15 逃亡騒動
ダンジョンを支配下にした俺はアジトに戻った。
ようやく一息できそうだった。
「帰ったぞ。ニグル。留守番ご苦労だった」
戻った直後、ニグルは浮かない表情をする。
「ん? どうした。ニグル」
「あ、アクト親分。実はまずいことが起こってしまして」
「まずいこと?」
「……えっと、その……」
ニグルは言いにくいのか、モジモジする。
「早く言え」
「えっと、ルチアに逃げられました」
「あぁ?」
ルチアを拘束している部屋を覗くとそこにはルチアの姿はない。
勇者を呼び出す餌が逃げ出したこの状況は非常にまずい。
「申し訳ありません。私の不甲斐なさで。どんな罰でも受ける覚悟です」
「謝罪はいい。何があったか話せ」
「は、はい」
事件は俺が出掛けた後のこと。
一人、見張りを任されたニグルは本来片時も目を離したらダメな立場だ。
だが、中から開けることができない部屋に閉じ込めているため、多少の時間、離れる分には問題ない。
ルチアは普通の女性ではない。勇者パーティーに所属する操り人形の力を持つ変わり者だ。閉じ込めているとは言え、自由にさせるわけにはいかない。
よってルチアは閉じ込めた部屋の中で手の拘束をした。身体は縛られていないため、自由の動き回ることは可能だが、それだけだ。
それなのにどうして逃げられたのか。
「食事を運ぶために部屋に入った直後です。扉の裏に隠れていたルチアに不意打ちを喰らって気絶してしまったんです。気付いたらルチアの姿はありませんでした」
「なるほどな」
俺はルチアの消えた部屋の中を観察した。
「どうか私に罰を与えてください。どんなことにも受け入れるつもりです」
「ニグルに罰を与えたいのも山々だが、一人で留守番をさせた俺にも責任はある」
「いえ、アクト親分は何も悪くありません」
「それよりアクト様。早くルチアの行方を探さないと」
「いや、その必要はない」
「どういう意味ですか?」
「ルチアは逃亡していない。このアジトのどこかにいる」
「アジトに? 何故、そう言い切れるんですか?」
「俺はニグルに一人で留守番ができるとは最初から思っていない。だから保険をかけておいた」
ムッとニグルは頬を膨らませる。
「保険?」とレミリアは首を傾げた。
「ラスカ。お前が張った結界に破られた形跡はあるか?」
「いえ。そのような痕跡はありません」
「そっか。ラスカちゃんの結界でこのアジト全体を覆っていたんだ。でも、術者が離れたら効力が無くなるのでは?」
「ラスカは少しずつ成長している。今のラスカは三日離れても結界は張っていられる」
「そういうことです」
「ラスカちゃんすごい」
「つまり、結界が破られていないってことを考えるとルチアはこのアジトのどこかで身を潜めている。探せ。どこかに隠れているはずだ」
「「「はい!」」」
アジト内に身を潜めているルチアの捜索が行われた。
すぐに見つかると高を括った俺はソファに腰を下ろし、優雅にティータイムを堪能した。
見つけた時にどのようなお仕置きをするか考えながらお菓子を頬張る。
「……遅いな。そろそろ見つけてもいい頃だが、あいつらは一体何をやっている」
堪らず俺は三人を呼びに行く。
「おい! いつまで掛かっているんだ」
「あ、アクト師匠。どこにもいません」
「そんなはずないだろ」
「でもこれだけ探しても見つからないんです。もういないのでは?」
「そんなバカな……」
結界を破られた形跡はない。結界を通らず抜け出すことは出来ない。
アジトはそこまで広くない。探す場所はたかが知れている。それなのに何故だ。
じゃ、奴はどこへ消えた?
人間が煙のように消えるなんてあるはずがない。
これだけ探していないとなれば考えられる線は……。
【スキル:見破りを獲得しました。これにより相手の正体を見破ることが可能です】
思わぬところでスキルの獲得へ繋がった。
すると、電流が走るようにルチアの気配を感じ取った。
「そういうことか」
「アクト親分?」
「ニグル。悪く思うなよ」
「へ?」
俺はニグルの腹部に向けて拳を叩きつけた。
「ぶへっ」と胃の中のものが飛び出そうな勢いだった。
レミリアとラスカは驚きの表情を浮かべる。
その時だ。
シュー……とニグルの中から湯気のようなものが蒸発した。
湯気は一箇所に集まり人の形へと変形する。
「うっ!」とそこには腹を痛がるルチアの姿が飛び出した。
レミリアとラスカは意味が分からず、目を見開いた。
「痛い。痛いよ!」
ルチアは腹を抱えて床をゴロゴロと暴れた。
「酷いじゃないですか。アクト親分! いきなり腹パンなんて!」
「お前は平気そうだな」
「ドラゴンですから多少の痛みは強いですので」
「いや、それよりもどうして急にルチアが現れたんですか?」
レミリアは急かすように言う。
「こいつは相手の身体の中に入り込む力があるようだ。機会があれば脱走を試みただろうが、残念だったな」
「くそ! どうして分かった?」
「勘」
「そんな訳あるか!」
俺はルチアの頬を片手で掴んだ。
「ぐっ! 何を……」
「俺から逃げようとした罰だ。たっぷり苦しめ」
「は、放せ」
俺の手を振り解こうとルチアは両手で俺の手を掴むがビクともしない。
「さぁ、いつまで耐えられるかな?」
「ぐっぐわっわわわわあぁぁぁ!」
そこでルチアの意識は完全に失った。ぐたりと身体の力が抜けてしまった。
「ちっ。もう終わりか。まぁ悪い子にはこれくらいのお仕置きで勘弁してやる。レミリア。こいつを動けないように全身縛っておけ」
「は、はい。あの、アクト様は?」
「疲れた。少し、寝る」
「分かりました。ゆっくりおやすみ下さい」
「あぁ、あとは頼んだ」
全く、ペットの脱走だけで神経を使ってしまったようだ。
ルチアは逃亡の危険があると判断して室内で自由な行動を禁止させた。
何をするにしても許可を必要とするようになり、トイレに入るにも風呂に入るにも全て許可制の毎日だ。そんな生活を続けていれば間違いなくストレスが溜まる。
「さて。人質の役割を最後まで果たして貰わないと。ダンジョン完成まで三日。その間に主人公を呼び出す策を考えなければ」
俺は全神経を張り巡らせて計画を立て直す。




