ロリは倒れた
そして本日の最終試合が始まった。
リリディエラとライネベルテは貴賓席から、ドルーガと遅れてやってきたナッジは一般客席からそれぞれ観戦する。
「それではこれより、ウルストとバルドの試合を始める!」
審判が互いの名を言い、試合開始となった。
ウルストは開始から果敢に攻めた。本人はパワータイプではないし、ガタイの良いバルドという男と持久戦になったら、確実に負けると思ったからだ。
「(いっけえええウルスト様ぁ!!そのまま勝ってわたくしを手に入れてぇぇ!!)
ああ…わたくしの為に殿方が戦ってらっしゃる…
どうかお二人共無理はなさらないで欲しいわ…」
「そうですわね………(ルル姉様、相変わらずの猫被りっぷりだわ)」
そんなやり取りをしている事に周りの観客は気付かず、「容姿も心もなんて美しい姉妹なんだ」と感銘を受けていたのだった。
一方、一般客席から観戦していたドルーガは、一人目つきが鋭くなっていた。ナッジが不思議がって尋ねる。
「殿下、どうしました?顔が怖いですよ」
「ん?ああ悪い…あのバルドって男、ちょっと気になってな」
「あの大男ですか。確かタナノフの若手騎士でしたね。僕は全く記憶にないのですが…ここまで勝ち残るなんて、相当な実力者だったのですね」
「そうなんだよ。あんだけ強けりゃオラの記憶にも残ってるはずなんだ。てか、ワックワクして戦いを挑んでいるはず…
でも全然覚えてねぇんだよ。それに…」
「それに?」
「怪我しねぇ程度に攻撃を交わし、受けて、相手を油断させ…一気に仕留める…。
ありゃずっと昔から戦い続けてきたような、戦争経験者の戦い方みてぇだな」
「?それはどういう…あ!ウルスト殿が倒れた!」
ドルーガの言葉に首を傾げたナッジだが、すぐリングに目線を戻した。
ウルストが木の剣で肩を突かれ、うつ伏せに倒れた。まだ胸の牡丹は無事だが…
バルドは倒れたウルストの胸ぐらを掴み持ち上げながら、脇腹を剣で横に切ったのだ。
たちまちおびただしい量の血が流れる。
「えっ、あれは木の剣ですよね?!何故あんなに血が?!」
驚くナッジに、ドルーガは冷静に答える。
「単純にものすげぇ速さで斬ったんだろ。
オラでも見切れなかった…」
すると、バルドは不意に客席のほうを見た。悔しがるドルーガと目が合ったかと思うと、ニヤリと不敵に笑った。
次の瞬間、目にもとまらぬ速さで剣を左右へと振り、その度にウルストの腕や足が切れて血が出ていった。
ウルストを持ち上げていた手を離し、その場に倒れグッタリした彼の胸の牡丹を、あっさりとその手で散らした。
「な、なんて酷い…」
ナッジはそれから言葉が出なくなった。
ドルーガは審判を呼びつけようとしたが…一人の女性の叫びに阻まれた。リリディエラだ。
「もういいでしょう?!彼はもう牡丹を散らしているわ!審判、早く判定を出しなさい!!」
あまりの凄惨さにほうけていた審判が、慌てて我に返り、ウルストに駆け寄る。
「こ、これでまだ息があるのか…。
それでは、しょ、勝者…バルド!」
判定が出た途端、うおおおおっ!と興奮する血の気が多い観衆に目もくれず、リリディエラはリングへと向かい倒れたウルストの元へ駆け寄る。
「まず止血をするわ!ある程度動かせるように回復させるから…誰か!担架を用意してちょうだい。急いで!」
そう言いながら、リリディエラは治癒を始める。彼女は怒りに震えていた。
「どの傷も、見事に急所を外しているわ…彼が死なないように。
それでいて、長く苦しむように浅く広く傷を付けて…同じ人間のやる事とは思えないわ…!」
リリディエラはバルドをキッと睨みつけるが、彼は全く気にせずそっぽを向いてリングを降りた。
そのまま出口まで向かおうとする所を、ドルーガが客席から飛び出して呼び止める。
「おう、お前ちょっといいか?オラはドルーガっていうんだ。明日の決勝戦でお前と当たる。よろしくな」
「…………」
そう言って右手を差し出すが、バルドは無視してそのまま去っていった。
「やっぱりアイツ、タナノフ人じゃねぇな。何モンだ…?」
ドルーガはそう呟いた。
戦うのが大好きなタナノフ人にとって、試合前の握手は相手への敬意を表する、最大の礼儀であるからだ。
棒立ちしているドルーガに、リリディエラは治療しながら声をかける。
「ドルーガ様。申し訳ございませんが、手を貸していただけないかしら?
今、ウルスト様の傷を防ぎ止血しました。担架が来たら乗せてあげたいの」
「ん?ああ、それぐらいお安い御用で…」
ドルーガが腕まくりしてリリディエラの所へ行こうとすると…ライネベルテがフラフラしながら、彼女の元へ近づいてきた。
後ろからは「姫様、危険です!」と、慌ててやってくる護衛兵が見えた。
「ルル姉様…その人、死んじゃったの?」
「ロリ?!駄目よ!こんな所に近づいては…」
「こんな、こんなに血が…私…私も…こうやって…死んで…」
「?どうしたのロリ…きゃあっ!」
そう話すライネベルテは虚ろな眼差しだった。そのまま前に倒れ込もうとして…ドルーガに抱き止められた。
「!おっと…フゥーッ、危ねぇ危ねぇ」
そこへ、ウルストの治療をある程度終わらせたリリディエラが近づく。
「ロリ!大丈夫…まぁ、気を失っているわね。突然どうしたのかしら」
「子供にゃ刺激が強過ぎたんだろ。しゃあない、医務室まで運んでやるか」
「あ、お待ちになって。医務室ではなく王族の控え室に…貴方達、案内してあげて。
わたくしもウルスト様の様子を見てから向かいますわ。妹をよろしくお願い致します、ドルーガ様」
「おう」
リリディエラは護衛兵に命令し、妹をドルーガに託したのだった。
ナレーション負けしたウルストさん・・・