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冒険者と料理人  作者: 里崎
その2
4/5

前編 「貴族テーブル」

#ファンタジーワンドロライ 参加作品‬

お題「トラップ」、「炎の杖」、「古代」


肉と油の焼ける香ばしいにおい。年季の入った大きな鉄鍋が、手際よく香草と燻製肉を炒める。

満席の店内はせわしない足音や食器の音、活気のある喧騒、それから笑い声に満ちている。


客と軽口を叩きながら歩いてきた給仕の男が、カウンター越しに厨房をのぞきこんで注文を伝えた。カウンターに座っていた旅装の男が目を輝かせる。


「いい注文だな、どこのだ?」


つまみ食いを狙うその目に、湯気の立つ料理をいくつか持ち上げた給仕が「やめとけ」と肩をすくめてみせる。


「貴族テーブル」


疑問符を浮かべたカウンターの男と厨房の青年が、二人同時に、給仕の示す先を見る。誰とも話さず仏頂面で黙々と、切り分けた肉を口に運ぶ鎧姿の男が一人。人一倍大きな体格。やけにまっすぐ伸びた背筋。完璧なテーブルマナー。

そしてその向かいに、同じく丁寧な所作でナイフを操り、等間隔に切り分けたフライを口に運ぶ子どもが一人。真新しい革靴に包まれた爪先は、あと少しのところで床に届かないが、だからといってぶらぶらと揺らすこともない。


黙々と食事を進める常連二人をながめ、カウンターの男が頬肘をついて、呆れたように「親子」と呟く。


「俺が相席を頼んだ。ベストな組み合わせだろ?」と給仕。


カウンターの手前と奥で、同時にうなずく二人。

彼らの視線の先、食事を終えた少年がスプーンを置いて、

「あの」

と言いかけたところで、蹄の音と車輪の音が店先で止まった。馬のいななく声。


「お、二頭立て。こっちは本物かな」と給仕。


庶民街こんなところに何の用だろ」

コックの青年が不思議そうに言って、窓から身を乗り出す。


ナイフとフォークをそっと置いた子どもが、「お手洗い」と呟いて店の奥に消えた。そこに入れ替わるようにーー店内に入ってきたベロアのベストの男が、ヒールを鳴らして板張りの床の上を進むと、鎧の男の対面の椅子を引いて、「失礼するよ」と言い置いて座った。帽子から靴まで、もれなく高級そうな正装。ひとつにくくった銀髪が、店内の熱気と美味しそうな気流に、場違いなほど優雅になびいている。彼の後ろ、護衛らしき兵士二人と執事らしき老人が付き従う。

ざわめく群衆。別の席から誰かが呟いた。「公爵家の次兄さまだ」


フォークを置いた鎧の男が、水を一口飲んでから、対面に顔を向ける。


貴族の男が言う。「西のダンジョンを解き明かした冒険者というのは、君かい?」


鎧の男は答えないまま、厨房に向かって手招き。できたての料理を皿に移し終えたエプロン姿の青年が、「はいはい」とカウンターの扉を開けて、衆人環視のテーブルへ歩み寄る。


貴族の男は不思議そうに一瞥したあと対面に視線を戻す。

「当家には個人所有の古代遺跡があるんだが、その探索と、盗賊の討伐を依頼したい。ボーダーラインは金貨十枚でどうだろう」


おお、と周囲が沸く。


「ボーダーラインって?」トイレから戻った子どもが、人だかりを見やりながら、カウンターの椅子によじ登って給仕の男に小声で尋ねた。


彼が答える前、隣席で食事をしていた顔馴染みの男が答える。

「今回の場合でいうと、ひとつあたり金貨十枚未満の発掘品はすべて冒険者の取り分で、金貨十枚以上の価値ある発掘品は公爵家に返す、って意味だ」


「ふぅん」

手元の財布をにらみつける少年。その珍しい表情に別の常連客が問いかける寸前、綺麗に切り揃えられた髪を左右に振って、硬貨をカウンターに置いた少年がするりと店を出ていく。


貴族が遺跡の推定年代を口にした途端、エプロン姿の青年が目を輝かせ、ぱっと鎧の男を見る。鎧の男は無表情のまま微動だにしない。足早に厨房に戻っていった青年が、薬缶やかんを持って戻ってくると、男の前に置かれている麦飯の入った茶碗に、乱暴に注ぎ入れた。


周囲の客がどよめく。「いや、そんなに怒んなくても……」


器からふわりとたちのぼる濃厚なだしの香り。男が黙ってそれをすする。一粒も残さず食べ終えたあと、空き皿にスプーンと銅貨を落として、「地図は」と貴族の男に問うた。


「へ?」と貴族が目を白黒させるのに、

「遺跡内部の地図はあるのか」

と足元の剣を手に立ち上がる鎧の男。


薬缶を厨房のコンロに戻しながら、「律儀だなぁ」と青年が楽しげにひとりごちる。


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