盗賊の鍵に転生してしまいました。
『ちょっと! いつも優しく扱ってって言ってるじゃないですかー!』
「うるさい黙ってろ大人しくしてろ」
『ぎゃっ』
「……お前こそもっと色気のある声出せねーのかよ」
『真っ暗! こーわーいー! 早く済ませて!!』
くそっ。
あたしに瞳があったら思いっきり睨みつけるし、足があったら蹴りのひとつも入れてやるのに。
悪態のひとつやふたつもつきたくなるのはあたしの前世が人間だったからだ。
しかもまったく違う世界で。
あたしは女子高生・海築璃李として青春を謳歌していたっていうのに。
何がどうしてこんなことに?
がちゃ。
するっ、と決して気持ちよくはない摩擦を感じて、視界に明度が戻ってくる。
「開いたぞ。流石だな」
『ふん。あたしを誰だと思ってるの』
顔があったら、ドヤ顔をしていた。
そう、今のあたしは——何をどうしてそうなってしまったのか、【鍵】、なのだ。
転生したら人間じゃないってパターンもあるって知ってはいたよ?
だけどよりにもよって、なんで、鍵???
しかも、どんな扉も開けることができる鍵だ。
えっへん。
じゃ、なくて! どうしてそこにチート設定を与えてしまったんですかと神さまがいたら全力でツッコみたい。せめて人間にしてからチートを設定してくれてもよかったんじゃないの? やる気をもうちょっと見せてくれてもよかったんだよ?
さらに最悪なのは、あたしを手に入れた人間の職業である。
「やったぜ! 奴隷商が地下オークションで不当に手に入れたコレクション最大の品。これこそ、【女神の涙】という名前のダイヤモンドティアラ! これさえあれば一生遊んで暮らせる。ククク……」
世界にその名を轟かせる怪盗・ビル。
美しい金髪を後ろでひとつに束ねた男の瞳は美しい碧色。金髪碧眼という四字熟語を体現している人間の代表格がこいつでインプットされてしまったのは一生の不覚だけど、さらに残念なことにすっと通った鼻梁をはじめとして前世で見てきたどんな芸能人よりも整った顔立ちをしている。
え? 瞳がないのにどうして見えているのかって?
よく分からないけれど視覚はあるのだ。嗅覚や聴覚みたいな五感もあるなら人間にしてくれたって以下略。
背も高く、ほどよく筋肉もついている——のはあたしが鍵として不本意ながらずっとこいつの首から提げられて胸元で揺られているから知っている。
頭脳明晰、文武両道、才色兼備。とりあえず思いつく四字熟語をばーっと並べてみたけれどたぶん全部該当している。
※ただし性格は悪い。
この国の治安は、どうやら良くないらしい。
十年前。
国王が大病を患ったとき、王家で謀反が起きた。
第二王妃の一族が、第一王妃を暗殺。第一王妃の子どもである王子を追放してしまったというのだ。
そして国王は第一王妃の死と第一王子の追放を知らぬまま崩御。
そのまま第二王妃が国権を握り、その一族が贅の限りを尽くしているのが現状なのだという。
腐敗政治は当たり前。教育や福祉は行き届かず、飢え死ぬ民が増え行き場のない子どもも増えた。
ビルも、そのなかのひとりだと説明してくれた。
しかしこいつに見つかってしまったせいで、あたしはずっと悪事の片棒を担がされている。
最悪だ。
神さま、どうしてこんな悪党のもとへいたいけな女子高生を放り込んだんですか。
罪を重ねさせてどうするつもりですか。
前世のお父さん、お母さん、ごめんなさい。
璃李は異世界で立派な犯罪者になってしまいました。鍵になってしまいました、とは死んでも言わない。いや死んだけど。
◆
「はー。やっぱり盗んだものを売って得た金は最高だな!!」
貧民街の最奥。
盗品専門の宝石商から出たビルは分厚い札束を数えながら鼻歌混じり。
「この金を施設へ預けたら、次の街へ向かうぜ」
『ちょっと……あたしのこと、こき使いすぎじゃない?!』
「うるせえ! 拾ってやった恩を忘れたのか? ご主人さまには大人しく従いな」
『そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
あたしの絶叫もビル以外には届く訳もなく。
それからもビルは絶好調。
天才画家の遺作となった油絵。
……は、すり替わっていた偽物と入れ替えた。
富豪が隠し子に譲ろうとしていた金塊。
……は、富豪の息子から奪って隠し子へ渡した。
役人が出世のために用意した不正な札束。
……は、街でいちばん高い時計台からばらまいた。
あれ?
こいつて、ほんとうにただの盗賊?
違和感を抱いたのは、転生して数ヶ月経った頃のこと。
「次はお前と出会ってから最大の山だ。王家に眠る、誰も抜くことのできない勇者の剣……」
『あんたみたいな盗賊に、勇者の剣が抜ける訳ないでしょ』
「うるせえ。鍵があれば何とかなるだろ」
いやいや。ならないって。
そもそも勇者の剣に鍵穴がないっつーの。
いくらぎゃーぎゃー文句を言っても、所詮あたしは鍵である。
何故だか厳重な警備をくぐり抜けてあっという間に王城内。
見た目も中もまるで前世で観た洋画の世界で、うっとりしてしまう……。
こういうとき鍵っていうのは楽だ。あたしがどんなに景色を楽しんでいようと、勝手に持ち主は進んでってくれるのだから。
「開けろ」
『もう。しょうがないなぁ。鍵遣いが荒いんだから』
がちゃり。
廊下の突き当たり。開いた扉の先は、小さな中庭だった。
足元は芝生。雑草というには上品な見た目の花が咲き誇っている。
黒曜石のように重たく輝く石に、ファンタジーを具現化したような大剣が刺さっている。
そして頭上からは、きらきらと光が降り注ぐ……。
なんて明るくって美しい場所なんだろう……。
『きれい……』
「なに感激してるんだよ。さっさと働け」
『は? 鍵穴なんてないじゃない』
「ちっ。役立たずめ」
『ちょっと。小声のつもりでしょうけど全部聞こえてるんだからね!?』
「——ついに現れたか」
第三の声にビルが振り返る。
入り口には、全身甲冑の男が立っていた。
「……よう。久しぶりだな」
ビルは闖入者に慌てたり動じたりしない。
それどころか再会を懐かしむかのように左手を挙げた。
全身甲冑の男がゆっくりと兜を外す。
『……えっ!』
あたしの悲鳴と驚きは勿論甲冑男には伝わらないのだけど。伝わらなくてよかった。
だって、見た目がそっくりなのだ。
ビルと。
金髪碧眼、眉目秀麗、容姿端麗。
ただ、甲冑男の方が圧倒的に気品に溢れていた。
「盗賊さまが玉座を奪いにきてやったぜ」
「ちっ。あのとき、おとなしく殺されておけばよかったものを……ウィリアム兄さん」
えっ?!
あたしに体があったら交互にふたりの顔を見るところだ。
だけどあたしはただの鍵。
口があったらぽかんと開けたいのに、そうもいかない。
「残念だな。あのとき逃がしてくれたお前には、まだ人間の心があったのに」
言いながらビルは後ろ手に大剣の柄を握る。
がっ!
それは一瞬で、とてもとても鮮やかだった。
まるで第一王子を待っていたかのようにするりと抜けた大剣。
薙ぎ払う。
鈍い音。
甲冑のおかげで致命傷は免れたものの吹き飛び壁に激突する甲冑男。
スローモーションのように、すべてがはっきりと見えた。
そしてビルは仰向けに倒れた甲冑男の胴に左足を載せて、大剣の切っ先を首元へ突きつけた。
「何故、殺さない」
息も荒く、甲冑男が異母兄を睨みつける。
少しも乱れていないビルは、見たことのない冷たい眼差しを異母弟へ向けていた。
「僕たちは腐敗の象徴だ。ここで逃そうものなら、今度こそお前の命はないぞ」
「うるせえ」
ごすっ。
視線だけは殺傷力抜群のまま、ビルは大剣の柄で甲冑男を殴った。
「……やれやれ。縛るから手伝え」
『えっ』
映画さながらの場面に釘付けになって呼吸を忘れていた。いや、鍵だから呼吸はしてないけれど。
じゃら、とどこからともなく大きな鎖と錠を取り出す。
気絶した甲冑男をいとも簡単に起こすと、後ろ手を組ませて、鎖をがんじがらめにする。そこへ大きな錠を絡ませた。
『きゃっ!』
鍵穴に差しこまれる。一瞬の闇。
「ふぅ。これで、誰もこいつの鎖を解くことはできねーだろ」
『ビル……』
「なんだよ。しけた面してそうな声出しやがって。お前が感傷に浸る理由なんてないぞ」
しけた面、してたかもしれない。顔、ないけど。
だって、あんたが珍しく泣きそうだったから。相棒として、それくらい肩代わりしたっていいんじゃないの? 肩、ないけど。
「さっさと奪うぞ、——玉座」
その横顔は、今まで見たどんな表情よりも勇ましく、誇りに満ちあふれていた。
……とくん。
あれっ? 今、あたし、ときめいた?
心臓、ないっていうのに。
◆
雪蛍暦985年。
追放された王子・ウィリアムは正当な王族しか抜くことのできない勇者の大剣を手にして、王族に蔓延る悪しき者たちを討伐した。
そして玉座に座ることとなったウィリアムは、雪蛍暦で最も長い治世を残す国王となった。
その首元には常に、変わった形の鍵が提げられていたという。
『ウィリアム王伝記 第一章 不遇の王子が玉座を取り戻すまで』
ウィリアムのニックネームってどうしてビルなのでしょう。
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