月のきれいな夜だった
月のきれいな夜だった。
暗闇に穿たれたピンホールから光が漏れてくる。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ…。
失敗して大きくあけすぎた孔。
まんまるではなく、いびつな形の。
それが月。
その光に照らされた、背丈のある草の先端。
ぼうっと真白に浮かび上がる、かたまりひとつ。
一匹の生まれたばかりの蝉が、かつての自分の殻にしがみついてぶら下がっている。
ぴくりともせず、ただ時が過ぎるのを待っているような。
羽が伸びるのを重力に任せ、それは薄く強く鍛えられていく。
決して逃れられない重力というくびきに抗いながら飛べるようになるまで。
今は白いが、すぐに茶色く染まることが決められている白。
純白、潔白、白は何にも汚されておらず、そして何色にも染まるというが、そうでもない白もあるのだろう。
白はすべての光を反射させているということ。
光が薄れていくと、本来あるべき色に戻っていくかのように。
その体は炭の燃えかすのような色。
夜空を見上げると、暗闇にこぼれ落ちた白いしみのような月があった。