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日々雑感  作者: 晶輪寺零
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嗚呼、栄冠は君に輝く__凄まじき野球漫画の世界   その2

それが、最近古本屋で呼んだこの漫画に__正直、ぶっ飛んでしましました。

なにが凄いってアンタ、そのギシギシと締め付けるように重厚な人間ドラマ、これぞ梶原一騎の世界、というエッセンスが充満しておりました。野球なんかどうでもええ、甲子園という大舞台にさえ出れば地区大会なんぞ省いても構わないという、人間の持つ、虚栄心とか俗っぽさみたいな匂いが強烈に漂ってくる、野太い上昇志向と言いましょうか、野球と言うより“人間”そのものを描こうという、梶原イズム。これもある種の拘りなんでしょうねえ。



この『巨人の星』と言う作品__イメージですぐに思い出すのは、何といっても大リーグボール養成ギブス(笑)いや、これって凄いギミックですよ。これにまつわるセリフも凄い。


「この悪魔のギブスが俺を締め付けるんだ!」


まさしく、梶原一騎の世界観そのものを象徴するようなセリフです。

人間の業と言う題材を、徹底的に誇張してしつこく脂っこくこだわり続けた、梶原一騎のギトギトした感性の一端と言うものです。


こういう作家ですから、そのシンパと言うべき方々の感性も、いやが上にもそちら方面でエスカレートしていきました。

梶原一騎の作品を紹介した評伝的エッセイにおいて、彼の晩年における代表作である『カラテ地獄変』を解説した時の表現が凄い。


「全編リンチと拷問、バイオレンスとサディズムの応酬」


これだけで、なんかお腹一杯と言う気分になりそう。

おっと、ここでは野球漫画の話でした。

『巨人の星』ですね。



数々の名場面、名セリフもございますが、やはり山場と言うべきは、魔球大リーグボールのエピソードです。


その中でも、やっぱり劇的でドラマティックなのは、魔球が打ち崩された時でしょうなあ。その白眉が、大リーグボール1号を宿敵花形満に破られた話です。



飛雄馬の大リーグボールを粉砕すべく、鉄球を撃ち返すという常軌を逸した特訓で鍛え上げた花形、その執念が遂に難攻不落の魔球をスタンドに叩き込み、巨人の星はマウンドに崩れ去る。しかし、この魔球を破るために払った代償はあまりに大きかった。大リーグボール1号を見事ホームランで打ち破った花形自身も全身がボロボロ、その場に倒れこんで歩くことはおろか、立ち上がることすらできない。満身創痍で起き上がり、這いずりながらベースを一周するその姿は、花形財閥の御曹司でも、将来を嘱望された天才スラッガーでもない、たった一人の宿敵との戦いに己の全てを、命さえも勝負に賭ける一人の男の生き様そのものであった。


__とまあ、このくらいならば、その後のスポ根漫画にも受け継がれた、刺激臭の強い濃密な感動を読者に叩き込む泥臭い演出であります。

しかし、梶原一騎が梶原一騎たる所以はその後のストーリー展開にありました。

飛雄馬の大リーグボールが花形によって打ち込まれた事を知った今一人のライバル、左門豊作はそれをどう受け取ったか。

彼は涙を流して悔しがりました。

その理由は、無論花形に先を越されたという悔しさもあるでしょうが、それ以上に左門の胸を痛切に貫いたのは、己の置かれた境涯にありました。


「わしは、花形君が羨ましか。この左門とて、もしもそれが許されるのなら宿命のライバル、星君とのたった一打席に全てを賭けて勝負してみたい。だが、わしにはそれが出来ぬ!」


そういって、左門は幼い弟、妹たちを抱きしめました。


「この兄が、左門豊作が倒れてしまえばいったい誰がこの子たちを養うてゆくのか!」


そう、早くに親を亡くし、若くして貧乏所帯の大家族を背負わねばならない立場にある左門は、花形みたいに気楽な一人っ子でもなければ、財政面の心配無く安心して野球道楽に命を投げ出すことのできる財閥のお坊ちゃんでもないんです。

彼の両肩には、幼い家族の生活がかかっている。飛雄馬との、たった一回の勝負で精根尽き果て、その後は入院して後は休養、なんて贅沢は、この苦労人には許されなかったのです。




このように、人間の業とか社会の縮図といったギミックを巧みに使いこなし、異常なドラマツルギーを構築する、正しく鬼面人を驚かす天才、梶原一騎の真骨頂といえましょう。

マンガ業界において、野球の専門家でしたら水島新司でも、ちばあきおでも、彼の死後にブレイクしたこせきこうじでも掃いて捨てるほどおります。しかし、これほど“人間”を、それも人間の“業”と言う物をこれでもかとばかり濃厚に描き切る作家が他に居りましょうか。

彼にとって、野球もプロレスも空手もボクシングも、人間を描く為のただの道具でしかあり得ない。この天才の専門分野はと言えば“人間の業”なのであります。しかも、代表作とも言うべきこの『巨人の星』には、そのコアともいうべきリビドーが、たっぷり含まれていた訳であります。


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