春隣(はるとなり)
祖母の一周忌に寄せた詩です。のんびりとした電話の声を思い出しながら、書きました。センシティブな内容を含む作品です。ご了承の上、ご覧下さい。
すっかり買い忘れてしまった
年末の帰省の切符
いつも発売日を覚えていたのは
小雪をすぎると
きまって祖母の電話があったから
「冬休みはいつ帰ってくんの、早よ帰っといで」
そう云って、故郷の匂いを届けてくれた
穏やかによく晴れた
こんな土曜の朝だった
思い出したように
祖母から電話があったのは
「帰れるときにいつでも帰っといで、おばあちゃん、待ってる。
今日は話できて、ほんまによかった。ありがとう、ありがとう」
大寒をすぎた朝のこと
祖母が逝った
帰郷の途
光がとろとろと車窓に差しこんで
私の背中をあたためていた
母からメールがきた
「おばあちゃん、もうすぐ帰ってくるよ」
おばあちゃんが家で待っていた
「ただいま」を言った
湯灌を済ませた胸元に
庭に咲いていた
紅梅を手向けながら
東京はまだ北風が
通勤の人の背中をまるくしていた
けれど、
祖母の生きた故郷は
春の足音がたしかに聴こえていた
写真:ぱくたそ