進む針
三年生に上がれて嬉しかったことがひとつある。
それは卒業まであと一年になったこと。
来年の今頃は、私は高校生から大学生になっていることだろう。
それでこれまでの全てをリセットし、新たな一歩を踏み出すことになる。
仕事は続けるつもりだけど、少なくとも家を出て、この街からも出て行くつもりだ。
その先にどんな世界が待っているのかわからないけど、期待だけは抱いてるのは間違いない。
だって私にとっての最悪は、もうとっくに通り過ぎている。
あれ以上の絶望なんて、あるはずがないんだから。
……だけど三年生に上がれて、ため息をつきたくなったことがふたつあった。
まずひとつめ。教室に来たらこうしてさっそくクラスメイトから囲まれていること。
理由は言わずもがな、さっきも語ったように先日のテレビ出演によるものだけど、きっとこれは当面は続くことだろう。
はっきり言えば億劫だ。特別扱いというのはリスクを伴う。
一見華やかな道を歩いてるように見えても、よそ見をすればきっかけひとつでいつ転落してもおかしくないのだということを、私は既に知っている。
例えばこれはありえない例えだけど、仮に私がイケメン俳優と付き合っているだのと噂されれば、すごいだのと持て囃す人もいるだろう。
そういう子たちは取り巻きとして私を神輿扱いし、格別の存在として扱うんだろうけど、そうでない子からすれば嫉妬の対象として見られるだろうことは想像に難くない。
そしてそんな人たちは、私が弱みを見せるのを今か今かと待ち構えることになるのだ。
油断すれば食われる。足を引っ張ろうとする存在は、いつどこにでも存在し、隙あらば掴みかかってくることはわかっているから、周りには注意を払うし、そんな毎日をこれから過ごすのだと思うと、面倒くさくて仕方ないというのが本音だ。
モデルという仕事をはじめ、同年代以上の人たちとも接するようになり、世界の広がった今の私にとって、はっきり言えば学校生活というものに、もうそれほど関心はなかった。
学校での繋がり、立ち回りといったものは、結局狭い空間内で自分の立場を維持するために行う、一種の処世術に過ぎない。
人に囲まれることで安心感を覚える人も世の中には多いし、一年の頃の私もそうであったけど、今の私はそうじゃなかった。
見知らぬ人から話しかけられる自分。距離を強引に詰めてくる新しいクラスメイト達。
他の人からすれば、こんな私を羨ましいと思うのだろうか。それとも大変だと思うのか。
私は後者の人の考えを好む。そういった人たちは、きっと心情を汲んでくれるに違いないから。
今の私は、人間関係を煩わしいとすら思う。
その理由は明白で、友達といえる存在を作ることに、一種のトラウマというか、恐怖心を持ってしまってる自分がいるからだ。
信用できない人物たちに囲まれる生活を楽しいだのといえるほど、さすがの私も豪胆じゃない。
だけど出席日数は最低限保たなきゃいけないし、勉強だってしなければ。
そんな冷静に諭してくる自分もいるから、ボロを出さずに過ごしていこうと改めて心に決めた。
だけど、そのためには乗り越えなければいけない壁がある。
それがふたつめのため息をつきたくなる理由だ。
(雪斗に琴音、みくりに西野くん…勢ぞろいじゃないの…)
かつて私を捨てた幼馴染達。そして友人といったあの頃の当事者達が、この教室内に一堂に会している。
これはいったいなんの因果なのだろう。運命というものを信じるつもりは微塵もないけど、これはさすがに嘆いたところで誰も文句を言いはしないんじゃないだろうか。
(神様は私を嫌いなのかなぁ…)
そんなものはいないことをとっくに知ってはいたけれど、そう思わずにいられないものがある。
いや、だけどこれはあるいは。
もしかしたら最後に与えられた、救いの手なのかもしれない。
確かに私には、まだやり残したことがあるのだから。
だけど、そのきっかけを掴めない。
少なくとも、今はまだ。
「あの、天華…」
そう思っていたのだけど、ふと聞こえてきた聞き覚えのある声に私は顔を上げてしまう。
「や、やっほー…元気、だった?」
そう言って話しかけてきたのはかつての友人、砂浜みくりだった。
カチリと。なにかが動き出す音が、耳の奥で微かに響いた。
更新遅れてすみません




