決別
「き、嫌い…?な、なに言ってるのよ。そんなわけないじゃない。だって雪斗は、私を愛して…」
「いい加減にしてくれ。妄言はもうたくさんだ。俺はもうお前を好きじゃないし愛してもいない。お前のこと、俺はもう嫌いになったんだよ」
これ以上は言わせない。逃げ場も与えるつもりはなかった。
俺は畳み掛けるようにもう一度繰り返す。この場で全てぶちまける覚悟を、俺は決めた。
「お前のことが好きだった。それは確かだ。だけどな、天華。考えてもみろ、試されてることなんてなにも言われずにただ罵られて、他の男が好きだと言われて。それでもまだそいつが好きだなんて言うやつが、ほんとにいると思うか?お前ならどうだ、耐えられるのか?」
「それ、は…で、でも雪斗なら!」
縋るような目を向けてくる天華。俺なら?俺ならなんだよ、どんだけ期待値高いんだ。生憎と、その期待に見合わない器の小さな男なんだよ、俺は。ぼっち舐めんなよ。
お前は本当に、俺のなにを見てたんだ。
「俺に勝手な期待寄せるんじゃねぇよ。お前、俺がそんな我慢強いやつに見えてたのか?俺と天華は昔からいっつも喧嘩してばかりだっただろうが。そのたびに琴音になんとかしてもらっていたの、忘れたとは言わせねぇぞ」
「あ、うぅ…」
ほら、またなにも言えなくなった。
悪いな、理想の王子様じゃなくて。ここにいるのはただの凡人、浅間雪斗だ。
「でも、でも雪斗なら!ゆーくんなら私の言うこと聞いてくれたじゃない!私のこともちゃんと見てくれてた!私だけのゆーくんなら、絶対私を好きって言ってくれてたもの!」
「…今度は昔のことを持ち出してくるのかよ。いつまでもガキのままじゃいられないだろ。お前だって、散々子供っぽいところが嫌だとか言ってただろ」
「それとこれとは別よ!私可愛いもの!だからいいの!私が言うことは正しいのよ!」
今の天華は駄々を捏ねる子供そのものだ。目の前の俺を見ないで、自分に都合のいい俺を見ている。どんなに助けを求めても、助けにくるやつはいないのに。
その手を取るやつを、こいつは自分でふるい落としたんだ。それを理解してないらしい姿を見てると、幼児退行でもしてるのかと疑ってしまう。現実逃避されたところで、こいつを許せるわけもないんだが。
だから俺は天華に現実を突きつけることにした。それが俺の役割だからだ。俺が言わなければ、きっと誰も天華に意見することなどできないだろう。
あれよという間にカーストトップへと君臨した天華。
周りに煽てられて褒められて、自分の容姿にますます自信を持ったはずだ。
そうして天華はさらに綺麗になって、周囲の取り巻きはまた褒めて。
これじゃ付け上がるのも当然だ。それは間違ってると、誰も訴えることができないのだから。そんなことをしたら周りがどう反応するか、考えるだけでもロクな結末を迎えることはないだろう。
だから誰も言えない。なら、せめて俺が言ってやるべきなのだと、そう思うから。
本当の意味で変わることができないままここまできてしまった幼馴染への、最後の慈悲でもあった。
「天華。お前は確かに可愛いよ。俺が知る誰よりも可愛いと思う。ただし顔だけはな」
「顔だけってなによ!私は雪斗のために!」
「俺がいつお前に可愛くなってくれなんて言ったよ。一度だって言った覚えはない」
「男の子なら、好きな女の子に可愛くあって欲しいのは当たり前なんでしょ!」
肩を振るわせながら天華は吠える。なるほど、確かにそれは一理ある。
男なら可愛い子が好きなのは当たり前のことだ。ある種の本能と言えるだろう。
ただし、それはあくまで第一印象によるものだ。可愛い子がイコール好きな子になるようなら、とっくに人類は絶滅してる。
恋愛感情はそんな分かりやすいものではないと、俺は知った。
天華は知らなかったと言えばそれまでだが、あいつの取り巻き連中には容姿がいい子も多い。長年見知った幼馴染である俺に、その理屈が通用すると勘違いしていたということか。
……そういう意味じゃ、俺も同罪なのかもしれない。
確かに俺も、天華の好きなところなんて告げたことはなかった。好きな子にどんなところが好きかなんて面と向かっていうのは、やはり照れくさかったのだ。
でも、今なら言える。言えてしまう。
「俺はお前が可愛いから好きになったんじゃない」
「なに、言ってるのよ」
動揺する天華を尻目に、俺は自分の気持ちを正直に話し出した。
思った以上にすらすらと言葉が出てきたのが、自分でも意外だった。
「俺はお前が寂しそうにしていたから、側にいたいと思って気付いたら好きになってたんだ。顔なんて、どうでも良かったんだよ。俺はただお前の側にいれたら、それで良かったんだ」
長年言えなかった俺の本音を、天華は愕然とした顔で聞いていた。
だが、それもすぐに切り替わる。天華の顔がみるみるうちに、苦渋に満ちたものへと変わっていった。
「うそ…うそうそうそ!嘘だ!!」
天華は髪を振り乱す。ツーサイドアップにした髪が解けて、いつものストレートヘアーを流れていく。耳に手を当て、なにも聞きたくないというかのように絶叫を繰り返していた。
そんな天華のことを、俺はただ冷静に見つめていた。心はとうに冷え切っている。
天華がいくら半狂乱で騒ごうとも、心が動くことはまるでない。
好きだった相手のこんな姿を見ても動じないあたり、俺もどこかが壊れてしまったのかもしれなかった。
……しかし、ゆーくんか。そのあだ名は久しぶりに聞いた。
小学生に上がるくらいまでは、確かにそう呼ばれていた覚えがある。
琴音が俺のことをゆきくんと呼び始めてから、いつの間にか天華からは名前で呼ばれるようになっていた。
単純だった俺は、呼び捨てにしてるのは自分もそうだし天華も真似をしてるんだろうくらいにしか思っていなかったが、もしかしたら違うのかもしれない。
もっとも、そんなことは今さらどうでもいいことになってしまったんだが。もう賽は投げられた。
その出目は、語るまでもない。
「嘘よ、全部雪斗の嘘!ゆーくんなら私にひどいことなんて言わないもん!側にいたかったっていう癖に、雪斗は私よりいっつも琴音ばっかり構ってた!私だけ見てればいいのに!ゆーくんには、私だけいればいいのよ!」
言ってることが無茶苦茶だった。
俺とゆーくんの区別が、もはや天華にはついていない。
―――なにも知らない他人なら、きっとそういうふうに見えるだろう。
「もういい。もういいよ、天華。会話する気がないんなら、俺じゃない俺とそうやって永遠に話しでもしてろ」
そう言って俺は天華に背を向ける。
こいつに付き合うのは、いい加減疲れた。
そして俺は琴音に近づこうと―――
「いやぁっ!行かないでよ雪斗ぉっ!」
―――やっぱりな。お前はやっぱりそういうやつだよ、天華。
「ほんと、嘘つきだなお前は。だから嫌いなんだ」
背後から抱きつこうとしてきた天華を俺は躱した。
別に俺は超能力者でもチート能力があるわけでもないが、こいつの行動パターンはもういい加減わかってきたのだ。
支離滅裂な言動の裏には、確かな計算があった。
俺を側におこうとしてそういう真似をしているんだ。
ずるいやつだ、お前は。
「あうっ!」
俺が身を翻したことで目測を誤った天華は、そのままの勢いで地面へと転がった。
本日二度目のコンクリートとの抱擁は、見ているこちらとしても痛そうに見える。
「痛い…痛いよ雪斗…」
膝も擦りむいたようだが、同情はしない。
ここで優しさを見せたら、元の木阿弥だ。
たとえその姿がどれほど憐憫を誘うものであっても、それは天華の自業自得でしかないのだから。だから、同情なんてするものか。
自分に都合が悪いと癇癪を起こして有耶無耶にしようとして、そんなことがいつまでもまかり通るはずがない。
ここで優しくなんてしたら、天華はもっとダメになる。
また俺に擦り寄ってきて、琴音もろともみんな不幸になるだけだ。
それがもう分かった。俺は、俺たちは天華の側にこれ以上いるべきじゃないんだ。
俺たちは、間違ったんだ。
「ほら、血が出ちゃった…これじゃもう学校行けないよ。だから…」
以前、天華はひとりぼっちで可哀想だと俺は思った。
その気持ちは、怒りでほとんどかき消された今でも僅かに残っている。
だけど、これ以上俺たちが近くにいることも、駄目なんだ。
「天華、俺たちもう離れよう」
「え…?」
アスファルトの上に座り込みながら、軽く擦りむいた手のひらを向けてくる天華に、俺は冷静に告げていた。
それは決別の言葉だ。
これ以上一緒にいることはできないという、別れの言葉を俺は天華に贈っていた。
―――俺はこれ以上、天華になにもしてやることはできないのだから。
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