その嘘は転がり続ける
「…うん、よーく分かったよ。ありがとうゆきっち、教えてくれて…知らなかったことも知っちゃったけど…」
みくりは深いため息をついた後、俺にお礼の言葉を述べてきた。
それを素直に受け取っていいかは正直迷うところだけど、ひとまず受け取っておくことにする。HRまで時間が差し迫っているという、割と切実な事情もあった。
「それで、もう話は終わりでいいんだっけ?」
廊下には時計がないため時間は分からないが、ここから見る限りグラウンドにはもう人気がないように思えた。急がないといけないかもしれない。
「あ、ごめん。実はもうひとつ確認しておきたいことがあってさ」
話を切り上げようとしたところで、みくりがストップをかけてきた。
まだ続きがあるのかと、つい眉を顰める俺に、みくりがポケットからスマホを取り出し、差し出してくる。
みくりのスマホカバーには大量のデコレーションが施されており、可愛いとは思うが邪魔じゃないのかなという感想が先にきた。
勿論口に出しはしないが、見かけにそぐわず今どきのギャルのスマホといった感じだ。
ただ、それにそぐわないシンプルな赤のストラップが、なんとなく印象に残った。
みくりはスマホを手早く操作し、チャットルームを呼び出した。
そこには何人か覚えがある名前が表示されている。おそらくクラスの女子の名前だろう。だとすればこれは、うちのクラスの女子グループの会話なのか。
そこまで推測したところで、これを見ていいものかと、なんとなく気が引けてしまう。
スタンプだけならまだいいのだが、見知った男子の名前を見つけると、どんな会話が交わされているのかつい考えてしまうのだ。画面越しからでも伝わってくる、妙な生々しさがそこにはある。
ただでさえ人のスマホを見るなどマナー違反だ。みくりが見せてきているとはいえ、彼氏でもなんでもないただのクラスメイトの俺としては、出来れば見なかったことにしておきたいのだが、彼女は気にしていないようだ。見られているのも構わず、次々と画面をスクロールしていった。
「なぁ、俺がこれ見てもいいのかよ」
「むしろ見てもらわないと困るんだよ。あ、これこれ!」
ようやく履歴を遡り終わった画面に表示されていたのは、誰かが撮影したらしい動画ファイルのようだった。
スマホで撮影されたもののようで、動画の時間も大したことはない。30秒ほどの短いものだ。
みくりがタッチすると、再生が始まったが、すぐに俺はあることに気付いた。
そこに映し出しされていたのは、鮮やかな赤い髪を持つ美少女の姿だった。
遠くから撮影されたらしく、人だかりが邪魔しているし、微妙にピントがずれている。素人丸出しといったその動画は音声に関してもガヤもひどく、ほとんど聞き取ることができていない。
それでも、遠目でも分かるその髪色は、見間違いようがなかった。
「これ、天華か?」
「やっぱり!そうだよね!」
俺の言葉に、みくりが興奮した様子でまくし立てた。
どうやらこれが気になっていたことであったようで、先ほどまで青白かった顔に、今は赤みがさしている。
「これ、他のクラスの友達から回ってきたんだけど、この髪は天華じゃないかって話題になってたんだよ!場所も私が薦めたところだから見覚えがあるし、やっぱりそうだったんだ!」
「ちょっ、落ち着けって!」
さっきまでの大人しかった砂浜みくりはどこへやら。今は打って変わっていつもの快活な様子を取り戻していた。
俺にはそんなみくりの対処法なんて知らないし、とりあえず宥めるしかない。
幸いなことにみくりはすぐ落ち着いてくれたが、次にみくりが放った言葉により、今度は俺が慌てることになった。
「あ、ごめんつい…でもこれが天華なら、こっちはやっぱりゆきっちだよね?」
「え、俺も写ってんの?」
思わず自分のことを指差してしまう。ちょっと考えれば当たり前だが、あの日の俺はずっと天華と近い距離を保っていた。
撮られた動画に俺が映るのは必然というやつだろう。だが、問題なのはこれがただの盗撮動画ではないということだ。
(これ、多分あの時撮られたやつだよな…)
思い出されるのは天華が琴音にあの言葉を放った場面。
思い返すだけで胸がムカついてくる。
それが顔に出てしまったようで、みくりはまたも気まずそうに目を背けた。
「ごめん、見たくないよね…だけど、多分ゆきっちには話を合わせてもらう必要があると思うから、悪いけど続きを見てほしい」
そう言ってみくりは震える指でスマホを再びタッチした。
映し出されたのは先ほどの続きだが、そこには確かに俺の姿も映し出されている。
しかも最悪なことに予想通り、天華が髪を振り乱して涙ながらに俺に叫ぶ姿がそこにあった。
ただ、天華がなにを言ったかは周囲のざわめきでかき消されていたし、撮影者には同行している友人か彼氏でもいたのか、「もう行こうぜ」との声とともに、そこで動画は終わっていた。
「これで終わりか…?」
「うん…だけどこれ、やっぱりまずいんだよね…二人だって確証が取れちゃったし…」
みくりは深い溜息をついた。どうやらみくりはこの動画が事実かどうかを確認する役目もあったようだ。
クラスの女子が俺を見てきた理由がやっと分かったが、かといって俺にはどうすることも出来ない。下手な言い訳をしたところで、口下手な俺ではぼろが出るに決まってる。
次から次へと降ってくる問題に、俺は神様を呪いたくなった。
ゲームでもここまで主人公に厳しいものはそうないだろう。
ましてや登場人物は誰ひとりチートも異能力も持っていない、普通の学園ものだぞ?
俺が主人公の立場だとは微塵も思ってないが、こうもバッドイベントばかり続くと、いい加減胃に穴が空きそうだ。
(とはいえ、動画に琴音が映ってなかったことだけは良かったな…)
それだけがこの八方塞がりの状況の中で、唯一の救いと言えた。
俺と天華の問題に、これ以上迷惑をかけたくないという思いがあったからだ。ギリギリのところだが、俺はまだ運に見放されてはいないのかもしれない。
とはいえこの動画が回ってきたのが他のクラス経由なら、琴音の耳に入る可能性もある。天華が絡んでいる以上、俺だけで解決できることでもないだろうし、昼休みにでも話をしておくのがベストかもしれない。
「これってやっぱり、痴話喧嘩とか別れ話に見えるよな…」
「うん、どう見てもそうだね。ついでに言うと、天華が振られちゃった側かなぁ…」
気が進まないものの、改めて動画を二人で見返してみるが、やはりそうとしか思えない。
俺は難しい顔をしているように見えるし、とても穏やかな話をしている雰囲気ではないだろう。
振った俺と振られた天華。この小さな枠の中の世界では、そんな物語が確かに成立していた。
(現実は逆なんだけどなぁ…)
俺は思わず苦笑してしまう。あるいは別の世界で、そんな可能性もあったのかもしれないが、今の俺には皮肉としか思えない構図だ。
「こうなるとどうすればいいんだろうな…誤解なんて言ったところで通じるとも思えないし、俺が悪者になるのが手っ取り早いよな…」
人違いだと言ったところで、それが通用するとも思えない。
平凡な顔つきの俺ならともかく、天華は分かりやすいほどの美少女だ。
それは遠巻きに撮った荒い画質でもハッキリと認識できる。
かえって話題に火をつけてしまうかもしれない。下手な嘘は逆効果に思えた。
「え…そ、それは良くないよ!私がなんとかするから…」
「大丈夫だよ。どうせ俺は元々ぼっちだし、悪評が広まったところで大して痛くない。元々オリエンテーションの時にも話題になってたしな。それに、ある意味ちょうどいいかもしれない」
「そんな…え、ちょうどいいって…」
ここまでみくりと話したことで、俺はあることを思いついていたのだ。
確実に迷惑をかけるだろうけど、同時にチャンスでもあるかもしれない。
「俺が別れを切り出したことにすれば、天華にダメージがいかずに別れたことにできると思う。そうすれば、きっとこれから西野と付き合ったとしても、みんなにスムーズに受け入れてもらえるとも思うんだ。」
そう、天華の本命は西野だ。しばらくは体裁が悪いかもしれないけど、人の噂も七十五日。すぐに風化するだろう。
その後、改めて天華から西野に告白すればいい。周りのやつも、西野なら悪くいうことはないはずだ。
「西野の気持ちはわからないけど、ある程度事情を打ち明けて、これから相談してみようと思う。噂の調整も必要だし、悪いけどみくりも協力してくれないか?」
こんな形で想いを伝えることになるようで天華には申し訳ないが、ここは頷いて貰う他ない。
事情が事情だし、やはり琴音にも話す必要があるだろう。
頭の中でこれからの段取りを組み立てていく。慣れないことに頭を使っているため、俺にも余裕がなかったけど、みくりが返事を返さず呆然と頭を抱えているのが、少し気になった。
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