変わりつつある日常
「じゃあまたね、ゆきくん」
「ああ、それじゃあな」
学校に着いた俺は琴音と別れ、教室の扉へと手をかけた。
このやり取り、なんとなく恋人みたいだな。割と憧れてたりしたからちょっと嬉しい。
天華ではなく、まさか琴音とやることになるとは。世の中なにが起こるか本当に分からないものだ。
そんなことをぼんやり考えながら教室の中へと入っていくと、どこからか俺を見る視線を感じていた。
(なんだ…?)
その視線になんとなく居心地の悪さを感じながらも、俺はとりあえず挨拶をする。
「おはよう」
俺の言葉に数人の男子が手をあげて応えてくれた。この一週間でそれなりに仲良くなれた、友人といっていい連中だ。その目は好意的であり、特に他意はないように思う。
先ほど感じたようなこちらを探るような感じはしない。
できたばかりの友人たちを疑うことはしたくないし、とりあえずバッグを置いて席につこうとした俺のところに、ひとりの女子生徒が近づいてきた。
「おはよ、ゆきっち。その、ちょっといいかな?」
「おはよう、みくり。別にいいけど」
その女子とは天華の友人のひとり、砂浜みくりだった。
いつものように気軽に話しかけてくる彼女に、俺はつい警戒してしまう。
みくりは天華と近しい立場におり、親友といってもいいほどの仲だったからだ。
昨日のうちに天華から何かしら吹き込まれていてもおかしくないと考えてしまうのも、無理はないと思う。
そう考えると、先ほど感じた視線に関する疑問も納得がいく。
みくりから寄せられていたものだとしたら、俺を探るよう頼まれていたのかもしれない。
天華からしたら西野のことを相談できる唯一の男子が俺なのだ。まだ手放したくはないのだろう。
(心配しなくても、最後まで付き合ってやるのに)
それだけが、俺がやり残したことだから。あの約束こそがしこりのように俺の中に残った、天華に関する最後のケジメだ。最初から決めていたことであり、琴音の気持ちにまだ応えることができない理由でもある。
天華の恋の結末を見届けることができれば、俺も本当の意味で踏み出せるはずだ。
これまでの天華への気持ちに、ケリを付けることが出来るだろう。
もっとも、残っていたはずの灯火も既に風化しつつありそうなんだが。
少なくとも天華のことを考えて、苦しい気持ちになることはもうなかった。
昨日自分の気持ちを改めて見つめ直した時はそうだった。あれほど天華と西野が恋人になる未来を考えると胸が痛くなったというのに、今は受け入れることができている。
ここまで自分の気持ちがあっさり変わってしまうと、まるで自分が生まれ変わったような気持ちになってしまう。
まぁ正直言うと、西野に天華を充てがうような真似をしたくないという気持ちもかなり肥大化してもいたが。
西野に対して悪いことをしてるんじゃないかという罪悪感が増しつつある。
天華の本心を知ってしまった今だと尚更だ。
これまで思いもしなかった気持ちが時間が経つにつれ、沸き上がってきているのも事実だった。
俺は無意識ながらも天華に対して、ある種の見切りをつけつつあったのだ。
「良かった。じゃあちょっと廊下に出よっか。教室じゃ、ちょっと話しづらいんだよね」
みくりはチラリと目だけで後方へと視線を向ける。
俺の席は窓際のため、位置的には教室の中央を見ているようだが、そこには数人の女子がこれまた興味深そうにこちらを見ているようだ。
東さんなんて、あからさまにニヤニヤしながら俺を見るものだから、どうすればいいのか困ってしまう。男子とは話せるようになってきているとはいえ、女子に関しては幼馴染と距離をグイグイ詰めてくるみくり以外はまだまだだ。
根っこの部分で、俺はまだぼっち属性から完全に抜け切れてはいないらしい。
そのままみくりの後ろについて教室を出て行くが、その際軽く見た限りだと、天華と西野の姿はなかった。まだ登校していないようだ。
(西野とはちょっと話しておきたかったんだけどな…)
あの恋バナトークがきっかけとなり、先週の朝の時間は、西野とよく一緒に過ごしていた。
さっき挨拶を返してくれた男子達も、西野経由で少しづつ話せるようになってきたところだったのだ。
彼らは今もみくりの後ろについていく俺のことを、面白半分で見てきている。
後で話を聞かせろと言いたげだ。生憎と俺には琴音がいるし、そんな浮ついた雰囲気なんぞ欠片もないのだが。まぁ向こうも分かってるんだろうけど。
その視線に嫌悪感を覚えないのは、延々といじってくるような連中でないことを俺は知っているからだ。相手のことを理解しているとしていないのでは、受け取り方がまるで違う。
俺の話にも食いついてきてるくらいノリがよくて明るい彼らに、徐々に絆されつつある自分がいた。
(こういうの、なんかいいよな)
ちょっとスタートダッシュに失敗したけど、今はなんというか、青春してる気がする。西野がリア充に憧れた気持ちがなんとなく分かった。上手くいえないけど、自分の世界が広がっているように思えるのだ。
なんでこんなことができなかったのかと言いたくなるが、それでも俺は確かに変わり始めることができていた。
「うん、ここまでくれば大丈夫かな」
俺が連れてこられた場所は、図書館へと続く渡り廊下だった。
朝は人気が少ないこの場所は、確かに内緒話にはうってつけなのだろう。
それだけ他人に聞かせたくない話なのだと、俺は改めて気を引き締める。
下手なことを言わないよう、自分に言い聞かせた。
「それで、話ってなんだ?もう聞かせてくれてもいいだろ?」
「うん…あのさ、私頭あまりよくないし、単刀直入に聞くんだけど…」
いつも元気なみくりらしくない、どこか言いにくそうに口ごもる姿を見て、抱いていた疑問は確信へと変わっていく。
「その…ゆきっちさ。土曜日のデートで、天華となにかあった?」
やっぱりそういうことかと、俺は思った。
ブクマに評価、感想ありがとうございます
ちょっと改行を意識して変更しました
読みづらかったらすみません




