蜘蛛の糸
「…私が言いたいことは、それだけだから」
そう言って、琴音は私に背を向けた。もうなにも言うことはないのだろう。
失望を顕にするその背中に、私はなんと声をかければいいのか分からない。
言わなけれないけないことは、きっとたくさんあるはずなのに、頭がまともに働こうとしないのだ。
「ごめん、琴音…」
だからその言葉に、自分自身でも驚いていた。
それは意識などしていないのに、私の口から勝手にこぼれ落ちたものだったから。
「ごめん、琴音…本当にごめん。私が全部悪かった…」
そして一度出た言葉は止まらない。短いけれど、過ちを認める懺悔がただ溢れ出る。
「私が全部ダメにしたんだ。私に勇気がなかったから、雪斗の告白を断った…」
ポツポツと、地面になにかが落ちていく。冷たくて熱いなにかが頬を伝って、地面へと染み込んでいくのを、私はただ見つめていた。
「…………」
そんな私の独白を、琴音は立ち止まってただ聞き入っているようだった。
琴音が私を見限ったのは確かだ。だけど、その優しさは変わってはいない。
心の中では、私を心配してくれているのかもしれなかった。
だとしたら、まだ救いはあるのかもしれない。
足を止めたということは、まだ思うところがあるということ。
もしかしたら涙を流す私を見て、仕方ないなぁなんて言いながら、いつものように赦してくれるんじゃないかと、僅かな期待を持ってしまう。
ここに至ってまだ、私はどうしようもなく浅ましくて、ずるい女だった。
幼馴染の優しさに、またつけこもうとしているのだから。
その情の深い性格を、私はよく知っていた。それを利用しようとしているのだと、心の奥底で気付いてしまう。
私は本当に、最低の女だ。
「だからごめん、琴音。本当に、本当に…!」
「もういいよ、天華ちゃん」
謝り続ける私に、琴音は声をかけてきた。
穏やかなその声に、僅かな安心感を覚えてしまう。
―――まだなんとかなるんじゃないかって。蜘蛛の糸ように細くてそんな淡い期待を、どうしても持ってしまうのだ。
だって、琴音からすら見捨てられたら、私、私は…
「そういうの、もういいから。駄々をこねたところで、意味なんてないよ。もう全部遅いんだから」
「え…」
そんな…私、そんなつもりじゃ…
「違っ…私、本当に…!」
「たとえそうでも、はっきり言って見苦しいよ天華ちゃん。そう言えば許して貰えるって、期待してるんでしょ。それが分かるもの。あなたはやっぱり、まだ変われそうにないね」
琴音はそう言って歩き出した。見定めはもう終わったとでも言うかのように。
そして最後の置き土産とでも言うかのように、私にとって最大の絶望を口にしたんだ。
「私、これからゆきくんのところに行くから。天華ちゃんも早く帰ったほうがいいよ」
私が最も恐れていたことを、これから琴音はしようとしている。
「っつ…い、いや!」
やめて。やめてよ、それは、それだけは!
「やめてよ、琴音!私から雪斗を取らないでよぉっ!」
歩き続ける琴音の背中に、私は縋り付くように抱きついた。
ダメだ。ダメだダメだダメだ!
それだけは許せない。それだけはさせられない。
「雪斗は私のなの、私だけのものなの!だからやめて、取らないで。お願いだから、他のものならなんでもあげるし、なんでもするからぁっ!」
それは琴音の言うように、駄々をこねる子供の姿そのものなのかもしれない。
だけど、もうなりふり構ってなんていられなかった。
ここに来て、私は剥き出しの感情を琴音へとぶつけていた。
「しつこいよ、天華ちゃん」
だけど、それは通じなかった。冷たくそれだけを告げると、琴音は強引に私の手を振り払う。
バチリという音がして、手にジンジンとした痛みが走った。
「あっ!」
初めて振るわれた琴音からの直接的な拒絶に、私は思わず怯んでしまう。
「…ようやく本音が出たね。最初からそう言えば、まだなにか変わったかもしれないのに。でも、もう全部遅いんだよ」
「待って、琴音。待って…」
「さようなら、天華ちゃん」
琴音はもう振り返らなかった。どれほど涙を流しても、どれほど叫んでもその足を止めてくれることはない。
そうして琴音の背中が見えなくなるまで、私はその場を動けず、ただ蹲って泣くことしかできなかった。
「助けてよ雪斗…」
置いてかないでよ…私だけのものでいてよ…
この場にいない雪斗に、私は縋る。
それが既に切れてしまった蜘蛛の糸だったとしても、それが私の最後の拠り所だったから。
私はこの日、ひとりの幼馴染を失った。
ブクマに評価、感想ありがとうございます
次からは雪斗視点に戻ります




