映画デートとオタクの怒り
「うわ、人が多いねぇ」
「まぁ日曜だしな…」
モール内を移動して、俺たちは映画館へとたどり着いていた。
大型複合施設であるこの街のモールの中には映画館も含まれており、休日の今は多くの人で賑わっている。
かきいれ時であるゴールデンウィークも過ぎたことだし、客足も多少は落ち着いているかと思っていたのだが、そんなこともないようだ。
景気がいいようでなによりだが、利用する側からしたら席が埋まるというのは身動きも取りづらいし、気も使うためあまりいいものではない。
まぁ考えていても仕方ないので上映予定の作品を眺めるが、ひとつ俺の興味をひく映画の名前があった。
(お、あの深夜アニメの完結編もうやってたんだ)
俺の目に留まったのは、深夜に放送していたとある恋愛ラブコメの完結編だった。
最近よくある続きは劇場版で!というラノベ原作作品のひとつだが、作画やストーリーの評価も高く、結末が気になっていた作品のひとつだ。
俺もアニメを見て原作を全巻購入するほどハマっていたのだが、多少月日が経ったことで作品熱もある程度冷めてしまい、チェックを怠っていたのである。
見ると入場特典もあることで、今週の特典内容は俺が推してたヒロインのものであるようだった。
なんだか運命を感じてしまい、少しテンションが上がってくる。
関連付けれることがあると嬉しくなってしまう、オタクの悲しいサガである。
(この作品、金髪ツインテールの幼馴染を推してたけど負けちゃったのがショックだったなぁ…)
理由はそのヒロインの性格がなかなか素直になれないツンデレで、そのツンツンしながら怒る姿が天華にちょっと似てたからだというのはここだけの秘密だ。
もっともあいつのデレなど見たことないから、あんな可愛らしいものではないのだろうけど。
「ゆきくん、なにか気になる映画あった?」
「ん、ああ一応…いや、あれなんていいんじゃないか。CMでやってたファンタジー大作だし」
琴音に尋ねられた俺は思わずそのアニメの名前を口にしようとしたが、すんでのところで適当なファンタジー洋画を指差していた。
さすがにデートで深夜アニメを観たいなどというほど、俺は空気の読めない人間ではない。
そもそもこれは二期までついてきたファンに対するサービスのような作品である。
これまでの展開を知っていることが前提なので、原作知識がなければ見ても評価は微妙だろう。
琴音も話を知らないだろうし、いくらオタクの俺とはいえTPOくらいはわきまえている。
無知な人間をここで沼に誘うほどの度胸は俺にはない。
入場者特典は惜しいが、またの機会もあるだろう。
そう思って無難な作品をみようと思ったのだが、何故か琴音はクスリと俺に微笑みかけた。
「どうした、もしかして興味なかったか?」
「ううん、じゃあ私二人分のチケット買ってくるね。ゆきくんはここで待ってて」
「え?いやそれは…」
さすがにそれは俺がやるよという間もなく、琴音はそそくさに券売機の前に並んでいた。追いかけようと思ったのだが、琴音の後ろにはすぐに人が並んでしまい、割り込むこともできない。
(参ったなぁ…)
女の子に買わせてしまったことに多少の居心地の悪さを覚えつつ、数分をぼんやりと過ごしていると琴音がこちらに戻ってくる姿が見えた。
俺は慌ててポケットから財布を取り出し、代金を琴音に支払おうとしたが、琴音はいいよと手を振って断ってきた。
「ゆきくん、今日たくさんお金使ったでしょ?ご飯ご馳走になったし、ここは私に払わせて?」
「いや、でも悪いって…」
「いいからいいから。どうしてもっていうなら、飲み物とポップコーンを買ってくれたら嬉しいかな。それでおあいこにしようよ」
「…そうまでいうなら。ていうか琴音、まだ食えるのか…」
男の意地から渋る俺に、妥協案を琴音は提案してきた。
こう言われると折れないわけにはいかないだろう。
どうにも琴音には勝てそうにない。
俺は苦笑しながら琴音とともにロビーにある売店へと並び、飲み物とポップコーンを購入して劇場内へと足を向けた。
そのまま琴音が係員さんにチケットを二枚差し出していく。
そういえばまだ俺は受け取っていなかったなと思っていると、チケットを確認した係員さんが手元にあった銀色のフィルムパックを2つ差し出していた。
「はい、こちら入場特典となっております。上映は2番スクリーンとなっておりますのでごゆっくりおくつろぎくださいませ」
「ありがとうございます」
パックを受け取り頭を下げる琴音を、俺は驚愕の目で見つめていた。
俺が選んだ海外ファンタジーには特典なんてないはずなのだ。
というかこの時間に上映する作品で特典がつく作品などひとつしかない。
「どうしたのゆきくん。早く行こうよ」
入り口前で固まっている俺を見て、琴音が手招きした。
その仕草にハッとして慌てて駆け寄るが、スクリーンに向かって歩いていく琴音に俺は小声で話しかけてゆく。
「なにしてんだよ琴音。あれって深夜アニメの特典だろ。ああいうの、琴音は興味ないだろ」
「でもゆきくんが観たかったのってこっちでしょ?指差してたのに目はアニメのほうを見てたもの」
「うっ、それは…」
思い切り見抜かれていた。
その通りなのだが図星を突かれて思わず怯んでしまう。
そんな俺を見て琴音はクスリと笑ったあと、俺に特典を手渡してきた。
「お互いが楽しめなければ意味ないもの。私もアニメは嫌いじゃないし、内容も面白そうだから観ようと思ったんだ。気にしなくていいよ、特典もあげるね」
「…ありがとう、琴音」
本当に琴音には敵いそうにない。
俺や天華の幼馴染とは思えないほど、本当によく出来た女の子だ。
「きっと琴音と付き合えるやつは幸せものだろうな…」
「へ……?」
思わず口から本音が零れ落ちた。
琴音は数秒目をパチクリさせた後、ようやく理解が追いついたのか、カーっと顔が赤らんでいく。
「な、なに言ってるのゆきくん!だからそういうことは私に言っちゃダメなんだってば!」
「わ、悪い。つい…」
ワタワタと動転する琴音に俺は慌てて頭を下げる。
思った以上の反応だ。別にからかうつもりはなく、本心からの言葉だったんだが。
「もう…ずるいよゆきくん。そういうこと言われると、諦められなくなるじゃない…」
「え?今なんて…」
「なんでもない!もう早く行こうよ、始まっちゃう!」
琴音は顔を赤らめたまま、スクリーンの扉に手をかけた。
俺としては琴音が言ったことが気になるのだが、この様子では聞き出すことはできないということは天華で学習済である。
(せめて映画が終わったあと気まずい雰囲気が続きませんように…)
そう願いながら、俺は琴音のあとに続いて劇場内へと滑り込んだ。
「結構面白かったね。私最後のほうでちょっと泣いちゃったよ」
「だろ!?あそこは俺も原作読んで感動したところでさ、再現度半端ないのよ!マジやられたわ!」
あのあと、つつがなく映画を観終えた俺たちは余韻そのままに買い物を終え、モールから家路につくところだった。
映画のあとは視線も感じることもなかったし、余計なことに気を取られることなく楽しい時間を過ごせた俺は有頂天になっていた。
出口に向かって歩いていくなかで興奮冷めやらぬ俺は、映画の内容について語り合う。
琴音も楽しんでくれたようだが、俺はあまりの出来の良さに感動してつい早口になっていた。
よくぞあそこまで忠実に原作を再現してくれたと、スタッフに拍手を送りたい気分だ。
再び原作熱が再燃した俺は本屋で買っていなかったコミカライズ漫画まで大人買いしてしまったくらいである。これで小遣いは空になったが、後悔はない。
「すごい熱の入れようだね。結末を先に見ちゃったけど、私も原作に興味でてきたかも」
「マジで!?じゃあ帰り俺んちに寄ってけよ。全巻揃ってるし貸すからさ!」
オタクとして好きな作品に興味を持ってもらうことほど嬉しいことはない。
つい嬉しくなってはしゃいでしまうもの無理はないだろう。
我ながらこのテンションの高さは引かれるかもと頭の冷静な部分が危惧していたが、そんな俺を見て琴音は子供を見るかのような目で、楽しそうに笑っていた。
「じゃあそうさせてもらおうかな。久しぶりにゆきくんのお母さんにも挨拶を―――」
「―――随分楽しそうね、二人とも」
頷こうとしていた琴音を遮り、ひとりの声が聞こえてきた。
その声に俺は反射的に振り向いた。
怒りを帯びたその声は、誰よりも聞いてきた人物のものだったからだ。
「……げっ」
「げってなによ、げって!」
そこにいたのは俺の予想通りの人物だった。
できれば外れて欲しかったのだが。
「天華…お前も来てたの?」
「来てたわよ!悪い!?」
んなこといってねーだろ……
一緒に出かけたいとは思っていたが、いくらなんでもタイミングが悪すぎる。
ゲームに熱中してる時に頭から水をぶっかけられた気分だった。
頭に描いていた楽しい未来が崩れ、一瞬で頭が冷えていく。
俺たちのデートはどうやら気持ちよく終わることはできないらしい。
(俺の布教計画邪魔すんなよ…)
オタクにとっては同志の確保は死活問題だ。
それを邪魔した罪は重いぞ天華…
たとえ相手が想い人であろうと関係ない。
それとこれとは別問題なのである。
俺は目の前で髪を振り乱して激高する天華を、冷ややかな目で見つめるのだった。
ブクマありがとうございます
感想や評価もたくさん頂き、本当に嬉しいです
次は天華視点となります
これからも頑張ります
今日もチャレンジします
評価ポイントできたらください
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あ、無理はしなくても大丈夫です(・ω・)ノ




