羨ましかったのは…
※※※
「怖くないよ、さぁくん。さあおいでっ!」
そう言い、俺の目の前に片手を差し出した九条朋代は俺を不安にさせまいと満面の笑みを浮かべていた。
彼女の笑顔で不安が吹っ切れ、差し出された彼女の手を取って、彼女が遊んでいる子供の群れに手を引かれながらはいっていった俺。
一人だった俺に手を差し出し、眩しく照らされた世界に引き入れるのはいつだって彼女——九条朋代だけだった。
彼女は弱音を吐いたり涙を流すことなんて、俺に見せることなく、母親や姉が抱きしめ頭や背中を摩るときのような温もりで包み込んでくれる。
九条と笑い合う子供らの顔が目を凝らしても上手く捉えられない。彼女の笑顔は鮮明に捉えられるというのに。
鬼ごっこや遊具を囲み、群れで遊ぶ彼らが羨ましかったわけじゃない。九条の笑顔が中心に輝いている世界が羨ましくて、群れを窺っていただけだった。
九条の笑顔を独り占めにしたくて、見つめていた……
——ただ、それだけだった。
俺だけに素敵な笑顔を向けて欲しかった。そばにいてくれるだけでもよかった。
九条——ただ一人が俺を見捨てず、そばに居続けてくれさえいればそれだけで満足だった。
——なのに、そばに居た筈の九条は俺の目の前から姿を消した。
頼りきっていた支えが崩れ去るのは一瞬だった。
——なんで、なんでおねぇちゃんがっ……
※※※
長い夢を見ていた気がした。
上体を起こし、スマホで時刻を確認すると、01:20と表示されていた。
不思議な感覚が身体中を支配していた。
自室を出て、冷水で顔を洗っても未だ言い表せられない感覚が身体に残り続けた。
眠ろうにも寝付けず、読みかけの文庫本を読み進めることにした。




