懐かしい想い出
俺は、壁に立てかけられた一脚のパイプ椅子を手元に引き寄せ、少し埃が被っていたのを軽く払い、パイプ椅子に腰をおろした。
九条も俺に倣い、同様の動きをした。
きっちり向かい合うように配置せず、傾けてパイプ椅子に腰をおろした。
「おねぇちゃんって呼んでもいい?」
「とっくに呼んでたのに、改まって訊くなんて。良いよ、さぁくん……」
あの頃に浮かべていた笑顔が眼前にあることが夢のようだと思えた。
「ありがとう。おねぇちゃんって分かってやっと合点がいったよ……関わりのない宮地先輩が何で俺のことを知れたのかを。話したんだね、俺のこと……」
「うん、まあ……彼女と仲良くなって、好きな人がいるかって話題になって。そのときはこうなるなんて思ってなくて……」
「そうなんだ。以前はもっと明るかったのにどうして……?」
「……転校先の学校でちょっとね。聞いても面白くないよ、さぁくん。楽しかったね、あの頃は……」
表情に陰が差したのに気付いた俺に取り繕った笑みを浮かべ、懐かしむ声音で語りかけてきた彼女。
「うっうん……楽しかった、あの頃はいつも……」
※※※
俺が彼女——九条朋代と出逢ったのは、小学校に入学する二年前の夏に差しかかろうとした頃だった。
近所の小さな公園で遊んでいると蹴躓いて、膝を擦りむき泣きじゃくっていた俺に駆け寄ってきた九条が手を差し出し、助けてくれたのがきっかけで仲良くなり、遊ぶようになった。
俺から見た九条は女子っぽさを感じさせない少年のようだった。可愛らしい色合いの服を着ていることはなく、スカートを履いていた記憶がなく、ズボンを履いている印象があり男子っぽい服ばかり着ていた。
俺が小学二年の頃、彼女が小学四年でその年の夏休みが終わりを迎え、新学期が始まった一週間後に彼女が転校し、離れ離れとなった。
俺が唯一慕っていた同い年の九条朋代との唐突な別れに喪失感は大きかった。
懐かしい想い出に浸る俺と彼女は涙を流していた。




