サッチ一座との出会い
さてさてアリシア達を出し抜いて、キョウ達を追いかけるアンナ達四人組である。こちらも思惑通りに事が進んだ訳ではなかった。アビィを除く三人は、予想されていたにもかかわらず、最大の齟齬を解消する事が出来ないまま、出発の日を迎えてしまったのである。
その前兆としてキョウ達が出発する一日前、孤児院総出で出発準備にてんてこ舞いする中、最もその手腕を見込まれていた筈の最強の存在が、その能力を全て封印されてしまい、機能不全に陥るという事態が発生していた。
その図は一目にして瞭然である。
『アビィがアンナのスカートのウエスト部分を、中の下着込みでガッチリ掴んで離さない』
という説得力のある図式だった。
その為、アンナは期待された活躍が出来ず、忸怩たる思いを抱いていた。
そんなアビィの姿を見た孤児院の皆は、「これから大好きなマージお姉ちゃん達が旅に出るから、きっとアビィは寂しいのだろう」と、アンナ込みで大目に見たのだった。そう、ラーズとウルの二人と、当のアンナを除いては……
ラーズとウルの二人は 、特にラーズはこの事態に頭を抱える。
「やべェ、アビィの奴、絶対に感づいている」
メガ・クトゥンの隠し部屋に気づかれた時、アンナの機転でその時は事なきを得たが、三人は危険な冒険に、まだ年端もいかないアビィは同行させないという事で意見は一致していた。マージョリー達が出発する前の準備中、三人それぞれ忙しく動き回り、なんとかアビィから距離を置き、隙を見て決行という思惑が、最初から力業で封じられてしまった。
アビィは何故かこういう事に対して妙に感が鋭い。
過去の事例に照らし合わせ、無理矢理アビィの意に沿わぬ行動を取ると、まず確実に絶対に100%大泣きをされ、収集がつかなくなってしまう。そんな事になったら、自分達の計画が露見して、何もかもがパーになってしまうかもしれない。三人は揃って心の中で頭を抱えた。
こうして三人は、メガ・クトゥンの出発前夜、こっそりアンナが先行して隠し部屋に忍び込み、次の日の夜更けに孤児院を抜け出すラーズとウルの手引きをする、という当初の作戦の大幅な修整を余儀なくされる。しかし、効果的な代案が何も浮かばないまま、遂にメガ・クトゥンは出発してしまった。背に腹は代えられない、三人は孤児院の皆が寝静まった頃合いに、こっそりと抜け出して後を追う事に決める、きっとその頃にはアビィも夢の中だろう。
三人の思惑通り、アンナに離れまいと気を張っていたアビィも、疲れたのかいつもより早く床について寝息をたて始めた。その様子に安堵した三人は、自分達も夜中の脱出行に備えて、早めに布団に入ったのだ。後は夜中のトイレに行くふりをして寝室を抜け出し、こっそり格納庫に行ってンガ・クトゥンに乗り込み、あらかじめナイアルラートとメガ・クトゥンの契約精霊『ブラックナイト』に残す様に頼んでおいた、誘導の魔導気を辿ってキョウ達の後を追いかける、そんな修正案を立てた三人だった。
しかし、そう上手に問屋さんは卸してくれる筈もない。孤児院の皆、特に後始末の事務処理に追われたアリシアが寝付いたのは、真夜中過ぎて丑三つ時も越えて、東の空が白む前の夜の闇が一番濃い時間帯である。アリシアの就寝を確認したアンナは、この機を逃すまいとラーズとウルをこっそり叩き起こし、ベッドの下に隠していたカムフラージュの人形を布団の中に押し込んだ、そしてはやる心を抑えつつ、抜き足差し足で寝室を後にした。途中アビィのベッドを確認した三人は、布団の膨らみを見て安心する。そして息を殺して外へ出た。目的の格納庫に近づくにつれて抜き足差し足から駆け足となり、やがて全力疾走となる。息を弾ませて格納庫に駆け込み、隠していた道中の水と食料を両手に抱え、自分のンガ・クトゥンの前に来て腰を抜かした。
彼らが目にしたものは、アンナのンガ・クトゥンのタンデムシートの上で、上機嫌であやとりをしながら自分達を待つアビィの姿だった。彼女もラーズ達と同じく、布団にカムフラージュの人形を仕込んで誤魔化していたのだ。事ここに至り一刻の猶予も無くなった三人は、やむなくアビィを同伴してキョウ達の元に向かったのである。
だが、この事態は、三人には不本意ではあろうが、実は非常にラッキーなハプニングだった。何故ならば当初の計画通りに事が進むと、アンナがマージお姉ちゃん達を見送りに来ないという不自然な現象が発生して、そこから三人の計画が露呈する可能性が有り、失敗する確率の方が高かったのである。何はともあれ三人はアビィに救われた事実を知らず、しくじった感丸出しの表情で満天の星空の下を、先行するメガ・クトゥンの後を追うのであった。
一行が誘導の魔導気を辿って道を急ぐ途中、故障したやや小型のメガ・クトゥンを前に、憔悴した表情を浮かべている旅芸人の一座に出会った。ラーズとウルは無視して先を急ごうと主張したが、このまま放って行けば野盗に襲われるだろう、無視して行くことは出来ないとアンナが彼らに声をかける。
「どうしましたか?」
アンナにそう声をかけられた旅芸人の一座のメンバーは皆一様に驚いた、集落を遠く離れた街道で子供に、それも女の子に声をかけられるとは夢にも思ってはいなかったのである。
「何かお困りですか?」
再度アンナが声をかけると、予想外の出来事に声を失っていた一同が我にかえってざわめき出す、その中から一人、やや小柄ではあるが恰幅の良い男が歩み出て、アンナに丁寧に頭を下げた。
「これはこれはお嬢さん、親切にお声をかけて頂き有難う御座います。私達はサッチ&サベージという旅芸人一座で御座います、私は座長のロード・サッチと云います。実は私達のメガ・クトゥンが故障してしまい往生しているところなんです」
「それはお困りでしょう、私に少し心得が有ります、よかったら見せて貰えますか?」
子供と侮らず、慇懃に答えた座長のサッチに好感を持ったアンナは、心から気の毒そうな表情で協力を申し出た。
「何と! あなたの様な娘さんに、機械魔導師の心得が有るとは!? 地獄に仏とはこの事です、是非お願いします」
アンナの申し出に、まさかこんな少女がとサッチ座長は大いに驚いた。そして平身低頭でその申し出を受け入れた、先を急ぎたいラーズとウルの抗議の声を無視し、アンナは乞われるままに一座のメガ・クトゥンの前に立つ。
「何処が悪いの? 教えて」
アンナはメガ・クトゥンのボディーに慈しむ様に両手をそえると、精霊の言葉に耳を傾けた。
ルルイエ世界では、機械も精霊魔術と切り離せない関係にある。元々機械文明は、精霊魔術を使えない者がそれを補うために発生した物で、魔導文明と補完関係にあったが、火油や精石といった高位魔導を簡単に凌駕するエネルギー源の発見と実用化により、一時精霊魔術を駆逐する勢いで発展していく。
こうして補完関係の崩れた両文明は次第に対立関係となり、やがて泥沼の滅魔亡機戦争に発展していった。この戦争を終わらせるべく立ち上がった三人の聖女、二人のマリアとマグダラが両陣営の最終決戦時に発動した『鍵魔法』は、決戦兵器の機神機甲とゴーレム兵にのみ働いたものでは無かった。三人の願いは対立ではなく相互理解と融和である、その願いを聞き届けたルルイエ世界の最高神クトゥルーは、全ての機械はそれと似た働きをする精霊との契約がなければ稼働しない様に世界を改変したのだ。それにより生まれたのが、機械魔導師である。機械魔導師とは、機械を稼働させるために精霊との契約を仲介する者で、機械設計、製作者たる機械鍛冶が兼任するが、修理を請け負う修理工もその力を必要とし、社会的地位も高く保障されている。
また、『深きものども』『古のもの』といった、個別の高位精霊と契約を結んだ精霊機甲を持つ操縦者も、精霊騎士と同時に機械魔導師の称号を与えられる。一方量産の『新しきもの』はすでに中位以下の精霊と疑似契約を結んでおり、誰にでも動かせる状態で与えられるため、これの操縦者には先にマスターやメンテナーとして称号を得ていない限り、機械魔導師を名乗る事は出来ない。アンナはマグダラやアリシアの指導により、優秀な機械魔導師としての才能を開花させつつあった。
「そう、そことそこね、分かったわ。有難う、精霊さん」
精霊の言葉を聞いて故障箇所を突き止めたアンナは、自分のンガ・クトゥンから補修テープを取り出すと、ラーズとウルに一座のメガ・クトゥンを持ち上げる様に指示を出し、車体の下に潜り込む。そして小さな亀裂の入ったパイプを見つけ出すと、慣れた手つきでテープを巻き付け、呪文を唱えた。
補修を終えたアンナがメガ・クトゥンの下から這い出し、ラーズとウルに車体を下ろす様に指示を出す、そして一座の者に動かす様に声をかけた。アンナの指示に従い、一人の芸人が運転席に飛び乗り、メガ・クトゥンを動かすと、今まで動かなかったメガ・クトゥンが見事に動きだした。これを見た一座の者は歓声をあげ、口々にアンナを褒め称える。アンナはその歓声に少し照れながらも、サッチ座長に問題点を報告する。
「魔導素供給パイプに亀裂が入っていました、補修テープで塞いでおきましたが、あくまでも応急措置です。どこかの街に着いたら、修理工に持ち込んでキチンと修理しないと駄目ですよ」
「そうでしたか、有難うございます、是非そうさせて頂きます」
「それと、動かなくなる前に、予兆の様な物はありませんでしたか? パワーが徐々に無くなるとか、足並みが乱れるとか?」
「よく分かりますね、実は二三日前から……、それでアクセルを煽りながらここまで……」
ハンカチで汗を拭きながらサッチ座長が答えると、やっぱりと頷きながらアンナが話を続ける。
「やっぱり、そのせいで魔導タービンの軸受けがへたっています、それと魔導増幅機も焼け気味です。全体的に車体そのものがかなりくたびれています、差し出がましい様ですがこれを機会にオーバーホールなさるか、買い替える事をお勧めします」
「そんな事までお分かりになるとは、あなたは素晴らしい機械魔導師ですな。いや、恐れ入りました、いい加減古い機体ですからなぁ……。う~ん、しかし先立つ物が……」
「そうですか、差し出口を言って申し訳ありませんでした。では私達は先を急ぎますので、これで失礼します」
先送りしてきた現実を突きつけられ、渋面を浮かべるサッチ座長に頭を下げ、アンナが立ち去ろうとすると、慌ててサッチ座長はアンナの手を取って引き止める。
「ああっ、お待ち下さい、窮地を救ってくれた恩人をこのまま帰すなんて、我が一座末代迄の恥になります。何もお構いできなくてお恥ずかしい限りですが、お食事を用意致します、どうか召し上がっていって下さい」
すぐに出発して遅れを取り戻したいアンナではあったが、無下に断るのも失礼と思い申し出を受ける事に決めると、現金な事に助ける事を渋っていたラーズとウルが歓声をあげて喜んだ。
そうして一座に食事を振る舞われ、大道芸を披露された子供達は目を輝かせてこの一時を楽しんだ。
そんな子供達に、サッチ座長はにこやかな笑顔を浮かべながら、何故子供達だけでこんな所に居るのか? 親は心配しないのか尋ねると、それに対してラーズとウルが競う様に今までの経緯を話す。大好きなマージお姉ちゃんがキョウとマグダラの導きで、マリア病からルルイエ世界を救う旅に出た事、自分達はその力になる為に孤児院から家出して来た事、そしてマージョリーとキョウが凄く強くて、凄い精霊機甲とメガ・クトゥンを持っている事などを自慢気に話した。そんな彼等の話を、サッチ座長は目を細めながら聞いていた。
楽しい食事会も終わり、アンナ達と旅芸人一座は暫しの間名残を惜しむと、互いに「道中お気をつけて」と声を掛け合い別れの挨拶をすると、それぞれの目的地に向かって出発をしていった。アンナは予定が更に遅れた事を少し気に病んだが、困っている人を自分の力で助ける事ができた事で、深い充実感を感じていた。そしてこれならきっとマージお姉ちゃん達の足手まといにはならないと自信を深め、胸を踊らせながらンガ・クトゥンの操縦捍を握りしめ、足取りも軽やかに先行するマージョリー一行を追うのだった。
一方子供達を笑顔で見送ったサッチ座長は、その姿が遠くに消えると、浮かべる笑顔の質を180度変えていた。そして傍らの座員に目配せして呼び寄せると、何やら耳打ちをして指示を与えた。座長の指示を聞いた座員は、目を丸くして驚いた。
「マジですかい、座長!? おいらぁ気が進まねぇなぁ……」
「馬鹿野郎! つべこべ言ってねぇで、言われた通りあとを着けてこい、ボンクラ!」
「へいへい、行ってきやすよ、行けばいいんでしょ、全く怒鳴らなくたって……」
気が進まない様子で、ぼやきながらンガ・クトゥンに乗り込む座員に、サッチ座長は苛立たしげに怒鳴り付ける。
「ブツクサ言ってねえでさっさと行きやがれ! いいか、ヘマしてガキ共に見つかるんじゃねぇぞ、良いな!」
「わぁってやすよ、座長。ほんじゃ、気が進まんけど行ってきやす」
子供達のあとを着けて出発した座員の背中を見送りながら、サッチ座長はニヤリと下卑た笑顔を浮かべながらこう言った。
「ふへへへへ、俺にもツキが回って来たぜ」




