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精霊機甲ネオンナイト 《改訂版》  作者: 場流丹星児
第一部 サードマリアの章 エピローグ
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ハッピーバースデー

 月明かりが僅かに照らす暗闇の中、静かにゆっくりと窓が外側から開かれた。ここはマージョリーが経営する孤児院の一室である。

 開かれた窓の外側から黒い人影が顔を覗かせると、息を潜めて気配を殺し、猫の様な身のこなしで、部屋の中へと忍び込んだ。

 侵入した人影は、素早く首を左右に振り、室内の様子を伺う。


「ぐぁ~~、ぴぃ~~っ」


 テーブルの上ではイブン・ガジが、だらしないイビキを盛大にあげている。


「全く、粉のくせに……」


 侵入者は息を殺しながらも、呆れた視線をイブン・ガジの入った瓶に向けた。


 こんな大きなイビキの中で、ターゲットの男はぐっすり眠っていた。

 今日この男は、孤児院の引っ越しで疲れている。


 この孤児院の経営者は、ダンウィッチが今回の娘狩りのターゲットにされた理由が、自分の経営する孤児院が大きな原因の一つである事を重要視し、ダンウィッチ住民が引き止める中、ハイパーボリアへの引っ越しを決めた。


 ハイパーボリアが転居地に選ばれた理由は一つ、それはそこに至る、迷路の様な森林道が外敵の侵入を防ぐ、天然の要害になるから……ではない。はじめはより大きなギルド都市、ミスカトニックへの移転を考えていたが、待ったをかける者がいた。黄金の蜂蜜と高級果実の卸売りを委託された、新生ベタニア商会の女主人、アリシアである。


 彼女が実家と勘当した際、手切れと称して実家から送られた餞別の中で、エルトダウン・シャーズと共に素直に喜んだ物がもう一つ有った。


 それは、ハイパーボリア全域の土地の権利書である。


 政商としての才覚を先祖から受け継いだ彼女は、かつてマリア騎士団が雌伏した土地という故事を利用して、マージョリーが第三(サード)のマリアである事を証明する根拠を示そうとハイパーボリアへの移転を主張し、権利書をマージョリーに無償譲渡した。


 という訳で、ハイパーボリアへの引っ越しが決まり、男手がキョウほぼ一人という事で、彼は先日の戦いで傷ついた身体に鞭打って、引っ越し作業に汗を流していた。

 荷物の運搬と、建物の修復に魔力と体力を使い果たした彼は、最後にミスカトニックギルドの倉庫から彼の怪鳥を運び込んだ後、疲れきって夕食もそこそこにベッドに潜り込んで今に至る。


 侵入者が忍び込んだのは、キョウの部屋だった。


 侵入者は用心深く、ベッドの中のキョウを窺う、案の定よく眠っている。

 他の部屋ではアリシアも子供達も、既に眠って夢の中である事は確認済みだ。


 やるなら今だ!


 極限の緊張で、侵入者はゴクリと唾を飲み込み、イブン・ガジの入った瓶に布を被せ、最大魔力を以て不動金縛りの術をかけた。


「なんじゃ!? 一体何が起こった!? キョウ! 賊じゃ! 起きろ!」


 侵入者は素早く瓶の蓋を開け、取り出した真鍮製の酒瓶フラスコから金色の液体を注ぎ込んで手早く蓋を閉めた。


「ふにゃあ~~、極楽じゃあ~~」


 腑抜けの様になったイブン・ガジは、再び夢の世界に旅立って行った。


 侵入者はもう一度キョウを確認する、今の騒ぎで眠りが浅くなってはいないか?


 仕損じる事は許されない、ゆっくりと近づいて慎重に確認する……、大丈夫だ! よく眠っている。

 やるなら今、そう確信した侵入者は、最大魔力を眠るキョウに向かって放出した。


「影縫い!」


 眠っている最中、いきなり強力な魔法攻撃を受けたキョウは、驚いて飛び起きたが、まともに影縫いを受けた為、身体の自由を完全に奪われ反撃もままならない。


「イブン・ガジ! おい、イブン・ガジ! 起きろ!」


 緊急事態の発生に、キョウはイブン・ガジを起こそうと呼び掛けるが、肝心のイブン・ガジに起きる気配が全く無い。


「無駄よ、イブン・ガジなら今、黄金の蜂蜜酒で夢の中」


 緊張するキョウの耳に、勝ち誇った侵入者の声が聞こえる。そしてすぐに、キョウの視界に侵入者の姿が入って来た、その姿にキョウは愕然とすると同時に見も心も力が抜けた。


「マージ! いきなり何をするんだ……、ゲッ!」


 抗議するキョウの前で、侵入者マージョリーは、着ている寝間着を脱ぎ捨てて、みずみずしい美しい裸体を晒し、ベッドの上のキョウに覆い被さる。


「ねぇ、キョウ、私、貴方にお礼がしたいの」


 マージョリーは、少し呂律の回らない口調でそう言いながら、キョウの背中に両腕をまわして、愛しげに胸に顔を埋める。


「あっ、マージ! 飲んでるな!?」


 叱責を含むキョウの言葉などお構い無しに、真鍮製の酒瓶フラスコに口をつけたマージョリーは、身体全体をキョウに押し付け、甘える様な口調で想いを告げる。


「飲んでますよ~。だって、お礼するっていっても、私がキョウにあげられる物は、この身体しか無いんだもん。キョウが私にくれた物には全然釣り合わないけど、これが私に出来る精一杯のお礼だもん。でも私だって恥ずかしいのよ、勇気を出すのに少し位飲んだって構わないじゃない」


 絡み酒かよと思いつつも、マージョリーの気持ちを理解したキョウは、宥めるつもりでかけた言葉で地雷を踏んだ。


「お礼なんて、そんなの気持ちで……」

「気持ちなんかで収まらないから、こうしているんでしょう! 私ね、キョウが大好きなの、何でもしてあげたいの、だから何でもするわ、どんな事でも受け入れる、何がして欲しい?」


 身体を預け、上目遣いで甘えるマージョリーに、キョウはまたしても地雷を踏む。


「影縫いを解いて」

「そしたら、私のお腹に赤ちゃん作ってくれる?」


 間髪入れずに発せられたマージョリーの言葉に、キョウの進退は極まった、酔っ払いに理屈は通用しない。


 返答に窮するキョウに馬乗りになったマージョリーは、両手をキョウの胸について揺さぶりながら、返答を促する。


「ねぇ、赤ちゃん作ってくれるの?」


 返答を迫り、顔を近づけたマージョリーの眼前に、キョウとは全く別人の顔が、突然現れた。


「何をしているのかしら?」


 思わぬ闖入者に、キョウはホッとして、マージョリーはギョッとした。キョウの胸から、マグダラの顔が浮かび出て、マージョリーを見上げている。


「そんな格好で、何をしているの、マージ」


 胸から首が生えているというシュールな姿と、抜け駆けという多少の後ろめたさが、マージョリーの心を少し後ずさらせた。


「な、何って……お礼よ、孤児院もアビィも救ってもらったし、引っ越し作業もやって貰ったし、お礼するのが当然じゃない!」


 マグダラから目を反らしながら、マージョリーは一気にまくし立てた。


「そのお礼と、裸でいるのと、赤ちゃん作ってという言動に、一体どんな関連性があるのかしら?」


 追及の手を緩めないマグダラの言葉に、マージョリーは苦し紛れのでまかせを口走る。


「金枝篇よ! キョウの生まれ故郷の、輝ける夢幻郷ニホンでは、娘が返しきれない恩義を受けた場合、相手に身体を捧げて後継者を身籠り、立派に産み育てるって載ってたわ!」


 マージョリーの、苦し紛れのでまかせを、胡散臭げに聞いていたマグダラは、表情そのものの疑い深い口調で追及する。


「私はそんな記述、見た事も無いわ」


 マージョリーは更に嘘を重ねる。


「かっ……改訂版よ! 改訂版にそう載ってたわ、だいたい初版から今まで何百年経ってると思ってるの! 改訂版の一つや二つ出回ってるわよ!」


 マグダラは、マージョリーの話を聞いて、少し考え込み、キョウの胸をすり抜けてマージョリーの視線の高さに、自分の視線を合わせた。


「良いこと聞いたわ、マージ」


 そう言うと、マグダラの身体を包んでいた、黒い巫女衣装が消えて無くなり、一糸纏わぬ姿でキョウの胸の上に跨がる格好となった。


「私もマスターに恩返しをしなくてはと思っていたの、ルルイエ世界に来てくれた事、マージを導いて覚醒させた事、返しきれない恩義をマスターに受けている。今が良い節目。マージ、私の方がマスターとの出会いが古い、ここは譲って貰いますわよ」


 当然の権利とばかりに主張するマグダラに、マージョリーが張り合う。


「な、何言ってるの! そんな実体の無いスカスカな身体で、どうやって恩返しなんか出来るのよ! ここは私があなたの分まで恩返ししてやるから、そこをどきなさい!」


 にらみつけるマージョリーに、マグダラは余裕の含み笑いをしながら権利の譲渡を拒否する。


「あら、マスターの無意識領域の魔力量を甘く見ない事ね。マスター、申し訳ありません、マスターの無意識領域の魔力を、もう少しだけお借りしますt」


 キョウにそう断りを入れたマグダラの身体が一瞬輝くと、キョウは胸の上に、約38キログラム程度の重みと、若い娘が馬乗りに跨がっている感触を得た。


「ぐええ……」


 キョウの様子と、ベッドのマットが更に深く沈む感触に、マージョリーは全てを悟る。


「これでもまだそんな事が言えるかしら?」


 二人は互いに一触即発の笑みを浮かべて睨み合う、その下で困り果てたキョウが、またしても地雷を踏んだ。


「マグダラ、マージ、取り込み中悪いが、日本にはそんな風習は無いぞ、だから早く影縫いを解いてくれないか」

「マスター! そんな事はどうでもいいんです!」

「キョウ! そんな事はどうでもいいのよ!」


 二人は先を争って、キョウの胸に飛び込み、独り占めしようと競い合う。


「マスター! 私からの感謝の奉仕、受けて下さい!」

「いいえ! キョウは私からの感謝を受けるのよ! ね~、キョウ」


 二人がキョウの上で争っている最中、不意に軋んだ音が部屋に響き、裸の三人の耳に入った。


 三人が音のした方を見ると、部屋の扉が開いており、開いた扉の外には、夜中のおしっこに起きたアビィが、ナイアルラートを伴い寝惚け眼を擦りながら立っていた。


「マージおねえちゃん、キョウおにいちゃん、マグダラおねえちゃん……、なにしてるの?」

「にゃる、がしゃんな?」


 眠たそうに二人が聞くと、泡を食ってマージョリーがしどろもどろになりながらも、取って付けた様な笑顔で答える。


「何って……、お礼よ! お礼! キョウお兄ちゃんに、アビィと孤児院を助けてくれてありがとうって! ねっ! マグダラ!」


 脇を肘で小突かれ、マグダラが慌てて口裏を合わせた。


「え、ええ、そうなのよ! 悪い怖いおじさん達を退治してくれてありがとうって! マスターにお礼をしてた所なのよ! ねっ! マージ!」


 この危機を切り抜けるため、即席の共闘を暗黙のうちに決めた二人は、誤魔化しているのがばればれの表情で頷き合う。


「マージおねえちゃん……、マグダラおねえちゃん……、どうしてはだか?」

「にゃる、がしゃんな?」


 核心を突かれた二人は、更に誤魔化す為に金枝篇にすがる。


「金枝篇ってご本に載ってるの、ねっ! マグダラ!」

「ええ、マスターの生まれ故郷、輝ける夢幻郷ニホンでの、由緒正しいお礼の方法なの! ねっ! マージ!」

「おい、子供に嘘を……、あいたたたたた!」


 キョウが堪らず口を挟もうとしたが、二人に思い切りつねられて、言葉は途中から悲鳴に変わる。

 アビィがとことこと部屋の中に入って来た、三人の見守る中、アビィとナイアルラートは着ているパジャマと下着を脱いだ。そしてアビィはベッドに上がり込み、キョウにひしっと抱きついた。


「キョウおにいちゃん、ありがとう」


 ナイアルラートもキョウの顔に抱きつく。


「にゃる、がしゃんな」


 呆気にとられてアビィを見つめるマグダラとマージョリーの耳に、離れてアビィのトイレ起きを見守り、後をついて来たとおぼしきアリシアの声が飛び込んだ。


「まぁ、お姉様もマージ様も破廉恥な」


 ドキリとして二人の顔が青ざめる。


「でも、お礼なら仕方ありませんね」


 アリシアもネグリジェと下着を脱ぎ、裸になってキョウの首にしがみつく。


「私もキョウ様にはお礼しなくてはいけません、ただ求められるままに結婚し、子供を産んで死を待つだけの人生から、マリア病から娘達を解放し、世界を救う為に戦う人生をもたらしてくれた事を。キョウ様、ありがとうございます」


 目が点になった二人の耳に、更にアンナの声がおずおずと進入した。


「私達も、マージお姉ちゃんに守られるだけの存在じゃなく、力になる事が出来るんだって教えて貰いました。キョウお兄ちゃん、ありがとう」


 アンナもパジャマと下着を脱ぎ捨て、キョウに抱きつく。


 それを合図にしたかの様に、子供達が素っ裸でキョウのベッドに飛び込み、口々に礼を言う。


「キョウお兄ちゃん、ありがとう!」

「どうもありがとう! キョウお兄ちゃん!」


 女の子も男の子も、みんな素っ裸でキョウにしがみついた。

 この光景に毒気を抜かれ、マージョリーの集中力が途切れた事を確認したキョウは、やっとの思いで影縫いを振りほどいて上体を起こした。


「みんな、お風呂に行こうか?」

「さんせ~い!」


 キョウの提案に、子供達は声を揃えて賛成する。何しろハイパーボリアの温泉や泉は、子供達にとって最高の遊び場になっている、このタイミングでキョウが風呂に誘う事は、遊びに行こうと誘っているのだと、子供らしい感性で察知した彼等は、我先に外の温泉に駆け出した。


「さぁ、行くぞ、マグダラ! マージ!」


 キョウは笑顔で二人を誘い、子供達の後を追って駆け出した。


 皆から少し遅れて露天風呂にやって来ると、キョウが子供達と盛大なお湯のかけ合いをしていた。

 ここに至り、完全に毒気を抜かれた二人は、ぶつけ所の無い悶々とした想いを胸に燻らせて湯につかった。


「はぁ……」

「ふぅ……」


 盛大なため息をついた二人だったが、心地よい湯加減と、まるで降ってきそうな星空は、心のデトックス効果があった様だ、二人は気持ちよさそうに湯に身を委ねる。


 そこへ、子供達とのお湯のかけ合いに、多勢に無勢でたじたじとなったキョウが逃げて来た。


 キョウが夜空の月を見上げて時間を読む。


「もう暦が変わったな、そうだ! マージの十八歳の誕生日じゃないか!」


 キョウがそう言うと、今まではしゃいでいた子供達が、急にしゅんとして俯いた。

 そう、ここルルイエでは女の子の誕生日は、命が尽きるまでのカウントダウン、命数が一つ減る日という忌むべき日なのだ。


 しかし、キョウはそんな事はお構い無しに、明るくハッピーバースデーの歌を歌い出した。


 ハッピーバースデー トゥー ユー

 ハッピーバースデー トゥー ユー

 ハッピーバースデー ディア マージ

 ハッピーバースデー トゥー ユー


 驚いて見つめる皆の目を、爽やかな笑顔で見回したキョウは、明るく皆に語りかける。


「何しょぼくれてるんだ? これからお兄ちゃんは、マージお姉ちゃんやマグダラお姉ちゃんと一緒に、マリア病と戦う旅に出るんだよ。きっとマージお姉ちゃんは勝って帰って来る、来年も再来年も、お婆ちゃんになるまでみんなと一緒にいられるんだぜ!」


 キョウの話を受けて、マージョリーが立ち上がって宣言をする。


「そう、私達は必ずマリア病から世界を解放する、だからもう女の子の誕生日は忌むべき日じゃあないの! みんな、悲しまないで! 笑って!」


 子供達の間から、誰とはなくハッピーバースデーの歌声があがった。歌声は次第に大きくなり、夜空に響き渡る。


 歌声の中、マージョリーが改めてキョウ達に願い出る。


「私、力の限り戦うわ! キョウ、マグダラ、アリシア、お願い、私に力を貸して!」


 マージョリーの願いに、三人は力強く頷くと、それを確認したマージョリーは、輝く星空に決意を新たにするのだった。


 子供達の歌声は、マージョリーの決意を後押しするかの様に、いつまでも夜空に流れ続けていた。


 

 

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