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精霊機甲ネオンナイト 《改訂版》  作者: 場流丹星児
第一部第三章 サードマリア、覚醒
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狂気山脈②

 キョウがアビィとの約束を果たすべく、アーミティッジとウォーランに向かって歩を進める。


 途中、今まで野盗共に蹂躙され、壊乱しながらも踏みとどまり耐え抜いた自警団の陣に足を踏み入れた。自警団員達は、自分達が必死に足掻き、戦っても敵わなかった野盗の群れを、刀の一振りで撃退した男を呆けた様な表情で見つめていた。


 しかし、その中で、たった一人だけ、悔しそうに自分を見つめる目を発見したキョウは、その目の持ち主に歩み寄った。


 目の持ち主はまだ子供で、立っていられない程の大怪我を負い、その中には一目で致命の傷と分かる怪我を幾つも負っていた。それでも強い意識を持った目で、キョウを見続けている。


 キョウは彼の前にしゃがみこんだ。


「頑張ったんだな、偉いぞ。痛くないか?」

「痛くなんか……ないやい」


 気丈に答える少年に、キョウは優しく微笑みたしなめる。


「痛い時には、ちゃんと痛いと言わなきゃ、その傷なら大人だって悲鳴を上げているぞ」


 キョウの労いの言葉に、これまで気を張っていた少年の目に涙が溢れる。


「悔しいなぁ、あんなに頑張ったのに、何の役にも立てなかったなんて……」

「そんな事は無いさ、今まで持ちこたえたのは、君達の手柄だ、誇っていいぞ」


 少年を労うキョウの背中に、不意に声がかけられた。


「その子は、妹を守る為に、自警団に志願したんだ」


 振り向くと、中年の自警団員が、やるせなさそうに立っている。


「可哀想だが、こんな傷じゃあ、もうこの子は助からねぇ。なぁ、あんた、強いんだろ、頼むよ、この子の仇を取ってやってくれないか」


 哀願するような目で、中年の自警団員はキョウに頼み込んだ、周りの自警団員の男達も、皆同じ目でキョウを見つめている。


「仇は取らない」


 キョウは一言呟く様に言った。


 中年の自警団員は、キョウの答えを聞くなり、まるで信じられないと激昂した。


「あんた、それでも人間か! こんな子供の為に、最期の手向けも送ってやれないのか!」


 男達が頷き合い、抗議の眼をキョウに向ける、中には悔し泣きしている者もいる。


 彼等に向かって、キョウは静かに告げる。


「手向けもいらない」


 そう言ってキョウは、少年の前に再びしゃがみこみ、右手で印を組み左手を少年の傷に添える。


「君、名前は?」


 少年は蒼白な顔で答える。


「ウル……、ウル・リッヒ」


 キョウはウルに笑顔で提案する。


「なぁ、ウル、よかったら、今度妹と一緒に、マージの孤児院に遊びに来てくれないか? みんなと友達になってあげて欲しいんだ」

「ああ、いいよ、お安い御用さ」

「ありがとう」


 そう言った後、キョウは口の中で祝詞を唱えた。


 キョウを中心に極大の魔方陣が現れ、左手首には魔方陣のリングが幾重にも取り囲み、治癒の波動を瀕死の少年に送り込む。ウルの身体の傷がみるみるふさがり、治癒していく、死相の出ていた顔に赤みがさして、生気が甦った。治癒していくのはウルだけではなかった、キョウの展開する魔方陣の影響下の全ての自警団員達の怪我が治癒していく、そしてウルの傷は完全治癒した。


 キョウの奇跡の様な治癒魔法を目の当たりにした全ての者が、度胆を抜かれて驚嘆の声をあげる。ウルは信じられないという目で、治癒した自分の身体を見回し、撫でさすった。キョウはその様子を見て、微笑んで立ち上がり、懐から人参果を取り出して一口かじる。


「苦っ」


 ウルは眩しそうにその姿を見上げた。


 キョウを非難した者達に言葉は無い、ただ男泣きの涙があった。


 キョウは彼等に静かに宣言する。


「君達の想いは確かに僕が受け取った、必ず奴等に叩きつけて来る。もうここは安全だ、陣を再編して補給を受ける様に」


 そう言ってキョウはまたアーミティッジとウォーランに向かって歩を進める、その姿には気負いもてらいも見えなかった。


 しかし、その一歩一歩は、凄まじい程の怒りの想いを踏みしめていた、力なき者の幸せを踏みにじり蹂躙する者達、必ず奴等に闇と混沌をもたらし、冒涜してやる。ダンウィッチの人達、そして狂気山脈にいた異形の者達、皆の想いを胸に、キョウはアーミティッジとウォーランを見据える。


「キョウ、お主、粋な事をするのぅ」


 瓶がさっきの出来事を冷やかすと、キョウは小さく笑って答えた。


「うっせぇ」


 キョウは内心で瓶に感謝した、彼の一言のお陰で、想いが先行して入っていた余計な力が抜ける。彼は今回の騒動の元凶、アーミティッジとウォーランに向かって走り出した。


 どのような事態に遭遇しても、いつも自然体を崩さず維持するキョウにしては珍しく、余計な力が入る程の怒りに囚われたのには訳がある。それは狂気山脈での、アーミティッジとの戦いにおける、偽りの敗北の後の出来事が原因であった。


 時間を少し巻き戻し、場面を狂気山脈に戻す。


 異形の人物達が、キョウの胴体を取り込んだスライムを持ち込んだのは、山中のひときわ険しい場所にポツンと空いた洞窟の中であった。

 修行場というよりは、懲罰房といった趣を持つ洞窟の中にスライムの塊を置いた。


「ご苦労じゃった、もう下がってよいぞ」


 洞窟の奥から声がすると、異形の人物達は一礼してからよろよろと出ていった。


「お主、そろそろ死んだふりはよさんかの?」

「バレてたか、あのさそり道人とは一味違う様だな」


 内側からスライムを爆砕し、キョウが頭を掻いて現れる。


「当たり前だ、あんな小僧と一緒にされては困る。大方スライムが全身を覆った隙に、供のニャルラトホテプがお主の頭に擬態したんじゃろ」


 修行僧というには、余りに俗っぽい砕けた口調に、キョウは苦笑を浮かべた。


「ナイアルラートは優秀だからね。で、あんたがイブン・ガジか?」

「そう言うお主はネオンナイトじゃな? 待っていたぞ、ネオンナイト」


 待っていた。予想外の言葉に、キョウは内心の警戒度を高める。


 ここは白騎士教団の施設であり、言わば敵地である。

 イブン・ガジにしても、素直にバルザイのシミターを渡さない場合、力ずくで奪う事も想定に入れて来たのである。こちらがそうである以上、彼もこちらに対して友好的である保証は無い、キョウは檜扇に手をかけた。


「ふはははは、そう固くなりなさんな、わしゃ味方じゃぞ」


 キョウの内心を見透かすかの様に、楽しそうにイブン・ガジが笑う。


「味方?」

「そうじゃ、お主、バルザイのシミターを取りにきたんじゃろ?」

「お見通しか?」


 やれやれといった感じで、キョウは苦笑する。


「ああ、わしゃ何でもお見通しじゃ」


 愉快そうにイブン・ガジが笑う。


「さて、そんな所に突っ立っとらんで、もちっとコッチに来い」


 キョウは檜扇から手を離し、言われるままに中へと歩を進めた。程なく暗がりの中に、端座する人影が現れる。


「ああ、来たな。すまんが儂は動けん、壁に掛かってるランプに火をつけてくれんか」

「ああ、分かった」


 言われた通りランプに火をつけて振り返ると、明かりに照らされた男の姿を見て驚いた。


「あんたが、イブン・ガジ!?」


 キョウの目の前に、半ばミイラ化した男が座っていた。


「驚いたかの? 驚いたな! ひゃっひゃっひゃ、おどかしてやったぞい」


 ひとしきり楽しそうに笑った男は、口調を改めキョウに問い質す。


「お主、ロニー・ジェィムスの魂の継承者よ、お主は何故バルザイのシミターを求める?」

「泣いてる子達がいるからな、あの子達の涙の元を断ち切るのに必要だからさ」

「ほう! 世界を救う為にでは無いのか?」

「世界がどうとかいう以前に、俺にとっちゃ大事な事さ」


 目を剥いて驚くイブン・ガジに、キョウはさも当然といった感じの口調で、さらりと答える。


「ふむ、しかし、お主がいくらロニー・ジェィムスの魂を受け継いでいたとしても、関わる理由にはならんじゃろう? ここはお主の世界では無いのじゃからな」


 イブン・ガジのさらなる問いに、キョウは彼の目を見据え、たった一言、その回答としての質問を返した。


「だから?」


 キョウの回答と、その清廉とした瞳の奥に潜む彼の想いを充分に読み取り、そして納得したイブン・ガジは、意地悪そうではあるが、好意的な口調で感想をのべる。


「お主の想いは理解したぞい。しかし、何じゃな、お主に救いを求めたら、まるで世界じゃろうと何じゃろうと救ってやる、といった勢いじゃのう」


 キョウはそれには答えず、莞爾として微笑むだけだった。


 イブン・ガジも、答えを期待していた訳では無いらしく、言葉を続ける。


「よかろう、ロニー・ジェイムスから託されしバルザイのシミターはお主に渡そう」


 イブン・ガジは大きく口を開くと、その喉元から黒檀製の刀の柄が現れた。


 キョウが驚いて目を見張る、それに構わずイブン・ガジは続ける。


「イブン・ガジとは偽りの名、我が本名はギィ・ワイト、ロニー・ジェイムスの最後の弟子なり。三百年間、こうしてバルザイのシミターと共にお主が現れるのを待っていた。ただし、渡すのは条件がある」

「条件?」

「うむ、条件じゃ、儂の願いを叶えて欲しい」

「分かった、その願いを教えてくれ」


 キョウはイブン・ガジことギィ・ワイトに願い事の内容を尋ねると、彼は沈痛な口調で話し始めた。


「お主はさっきの者達をどう思う? 何を感じた?」


 キョウはその問いに、あの者達の瞳に感じた思いを正直に答える。


「大きな悲しみ、深い絶望」


 ギィ・ワイトは大きく頷いた。


「そうじゃろう、あの者達は、元々あんな異形の姿では無かった……」


 深いため息をついた後、ギィ・ワイトは衝撃の事実を告げる。


「あの者達は皆、元々は愛らしい娘達じゃった。娘狩りで無理矢理狩り集められ、マリア病克服の名の下に、アーミティッジの人体実験に使われた者の生き残りなんじゃ」

「何だって!?」


 キョウは驚き、目を剥いた。


「アーミティッジは『妖蛆の秘密』の邪法を用いて、娘達の魂に邪神の欠片を打ち込んで変質させ、寿命を伸ばす方法を研究しとる。あの者達はダゴンの欠片を打ち込まれ、その結果あの様な異形の姿に変えられたのじゃ」


 驚愕の事実を伝えられたキョウは唇を噛み、怒りに震える。


「この様な事は断じて許してはならん! しかし、白騎士教団は秘密裏に、こうした事を各地で行っている! お主の力で娘達の悲劇を止めてくれ、これが儂の願いじゃ!」


 キョウは怒りの炎をその瞳にたたえ、短く、しかし、力強く宣言した。


「僕の命に代えて、必ず」


 ギィ・ワイトは、その宣言を満足気に受け取った。


「うむ。さて、そろそろ土星の刻限じゃ、継承の儀を始めるがよい」


 キョウはその言葉に従い継承の儀を始めた、黒壇製の柄を握り、呪文の詠唱を開始する。


「フコリアクソユよ、ゾドカルネスよ、吾は大いなる深淵に棲む汝等諸霊を力強く呼び覚ます者なり。アザトースの恐るべき強壮な御名に於いてこの場に現れ、古ぶしき伝承に則って創られた、この刀身に力を与えよ。

 クセントノ=ロフストルの御名に於いて、吾は汝アズィアベリスに命じる者なり。

 イセイロロセトの御名に於いて、汝アントクェリスを呼び出す者なり。

 クロム=ヤーが発して大山が鳴動した恐るべき甚大なダマミアクの御名に於いて、吾はバブルエリスを力強く呼び出したる者なり。

 吾に仕え、吾が呪文に力を与え、火の秘文字に刻まれたこの武器が霊験あらたかに、吾が命に背く諸霊を悉く震え上がらせると共に、魔術の実践に必要な円、図、記号を描く助けと為る様にせよ」


 キョウはここで一端呪文の詠唱を区切り、ヴーアの印を結印した。


 そして一度深呼吸をした後、詠唱を再開する。


「大いなる壮強なヨグ=ソトースの御名とヴーアの無敵の印に於いて、力を与えよ。力を与えよ。力を与えよ」


 詠唱が終わると、半ばミイラと化していたギィ・ワイトの身体が崩壊し、青い炎を纏った刀身が姿を現した。


 キョウは傍らに用意されていた触媒水に刀身を浸し、熱を冷ました。

 アリシアに渡された黒い絹の布に刀身をくるむと、布は鞘に変化して刀身を包んだ。


 バルザイのシミターを腰に差してから、キョウは跪いてギィ・ワイトだった粉を握り締める。


「すまない、必ず約束は果たす」


 手向けの言葉を送るキョウに、不意に声がかけられた。


「これこれ、儂を勝手に殺すでない」


 ギィ・ワイトの声である、キョウはぎょっとして辺りを見回した。


「わっはっは、また驚かせてやったぞい。実はあの身体は既に滅んでおったんじゃ、シミターが抜けて、人型を保てなくなっただけじゃ。白騎士教団の目を盗みながら、同時に霊力を保存して隠し持つ為に、儂はシミターと肉体を共有しとったんじゃ。ま、お陰で肉体は崩壊しても、魂はこうして離れる事が出来なくなったがの」


 呆気にとられるキョウに、ギィ・ワイトが続ける。


「その机の上に瓶が有るじゃろ、蓋を開けてくれんか?」


 キョウが机の上を見ると、水筒の様に肩からかける様な革紐に結ばれた瓶があった、言われるままに蓋を開けると、粉と化したギィ・ワイトがその中にさらさらと入って行く。


「よし、蓋を閉めてくれ」


 キョウが蓋を閉めると、ギィ・ワイトが元気よく宣言する。


「うむ、これで準備は整った! 儂も連れて行ってくれ、お主の戦いぶりを見届けたいんじゃ!」

「おいおい……」


 キョウが呆れた様に言うと、ギィ・ワイトが懇願する。


「後生じゃ、儂は三百年前にロニーの戦いを見届ける事が出来なんだ……、あんな悔しい思いをするのはもう御免じゃ」


 キョウはギィの決意を感じ取り、返事の代わりに質問をした。


「これから何て呼んだら良い? ギィ・ワイトか、イブン・ガジか?」

「イブン・ガジで良い、長らくそう呼ばれていたから、そっちの方がしっくり来る」

「分かった、じゃあ僕の事はキョウと呼んでくれ。イブン・ガジ、これから宜しく頼むよ」

「おう、宜しく頼まれたぞい。キョウ、儂はこう見えて役に立つからの、くれぐれも年寄り扱いするでないぞ」


 イブン・ガジの軽口に苦笑するキョウの耳に、アーミティッジの言葉が、輝くトラペゾヘドロン製の勾玉の首飾りを通じて、ナイアルラートから届けられた。


「その言葉が聞きたかったぜ、さそり道人」


 キョウが勾玉に向かって言うと、彼の前に魔方陣が現る。


 キョウはイブン・ガジの入った瓶を肩から下げると、檜扇を魔方陣につき入れながら声をかけた。


「行くぜ、相棒。」


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