苦戦
自警団を蹂躙した野盗達のンガ・クトゥンは、孤児院に向かって火矢を撃ち込む。その一本が養蜂箱の一つに命中した。燃え上がる養蜂箱に小さな人影が走り寄る。
「うわぁあああん、ハチさぁ~ん、ようちゅうさぁ~ん!」
アビィが泣きながら養蜂箱に向かって走って行く。
「アビィ、いつの間に!」
ディオの親爺が痛恨の呻き声を上げた。
「ダメよ! アビィ、戻って!」
マージョリーが必死に叫ぶ。しかし、それを見逃す野盗達ではなかった、彼等はあっという間にアビィを取り囲んだ。
「アビィ! アビィ! ノーデンス! お願い! 目を覚まして! 誰か! 誰かアビィを助けて!」
マージョリーの悲痛な叫びも虚しく、アビィは野盗達の手に落ちてしまった。
「おぉ~、女の子だぜぇ~」
「いやだぁ~! マージおねえちゃ~ん!」
下卑た野盗達の視線に囲まれ、アビィは怯えて泣き叫ぶ。
「これで俺達の格も上がるぜ」
へらへらと笑い、アビィに手をかけた野盗の全身を、突然金色の点が覆い尽くした。
「何だ、いっ痛てぇ! 痛てぇ!」
野盗達はアビィを手放し、地面を転がりのたうち回る。
「蜂だ! チクショウ! こっちに来るな!」
黄金のミツバチ達は、巧みに野盗達を追い立ててアビィから引き離す事に成功した。
この子は我等の幼虫を可愛いと言ってくれた
この子は我等の幼虫に優しくキスをしてくれた
この子は我等の幼虫を友達と呼んでくれた
この子は我等の幼虫を溢れる愛で慈しんでくれた
この子は我等の幼虫を救う為に駆け付けてくれた
この子は我等の幼虫の非業の最期に涙してくれた
アビィを守る様に周りを飛ぶ黄金のミツバチ達は、空中で互いに頷き合う。
ならば、この子を守る為ならば、私達は命はいらない!
彼女達は、悲壮な覚悟を心に決め、野盗達に群がり刺し違える。下卑た野心でアビィを捕らえようと取り囲んだ野盗達は、全身を黄金のミツバチ達に刺されて絶命した。
野盗一人に対し、その数百倍の黄金のミツバチの死体。
「ごめんなさい、ありがとう……」
黄金のミツバチ達の献身を目の当たりにしたマージョリーは、そっと目を閉じて勇敢な蜂達の冥福を祈った。
土壇場の総力戦の様相を呈してきたダンウィッチ防衛戦、勝敗を分ける鍵は士気である、しかし……
ハスタァは防衛部隊、特に自警団の士気を維持するため、大きなジレンマに陥っていた。
後少しで土星の刻限、それまで士気を維持出来れば我々の勝利は間違いない。
しかし、自警団員の士気が、この馬鹿のせいで崩壊寸前だ! このままでは犠牲も増える一方だ、もしも孤児院の子供達に被害が及んだら、自分を信じてこの場を任せてくれたキョウ殿に顔向けが出来ない。士気を維持するためには……、いや、白騎士教団の戦闘僧伽としての立場上、ネオンナイトを当てにする訳にはいかない。しかしだ、今は緊急事態だ、損害を最小限にする為、士気を鼓舞する為には仕方がない、その為なら自分は後でどんな処罰も甘んじて受けよう。
腹を括ったハスタァが、大きな声で叫ぶ。
「ビヤーキー隊及び、自警団員の諸君! 苦しい戦いではあるが、今しばらく耐えられよ! もうすぐ土星の刻限がやって来る、それまで耐えたら我々の勝利だ! なぜならキョウ殿が、最強の機械魔導師にして精霊騎士、ネオンナイトが必ず諸君を救いにやって来る! それまでの辛抱だ! 決して諦めるな!」
ハスタァの必死の演説を嘲笑い、ウォーランが現れて否定した。
「莫迦め、ネオンナイトは死んだわ!」
「何だって!」
ハスタァは耳を疑った、まさかあのキョウ殿が、たかが野盗ごときの手にかかる訳がない。
「何が最強だ、あんな腰抜け見たことがねえぜ!」
ウォーランの言葉に、手下共が下卑た追従笑いをする。
「嘘! キョウは生きてる!」
凛としたマージョリーの言葉が、野盗共の下卑た笑いををかき消した。
「キョウは私と約束した、だから必ず帰ってくる! 誰が何て言おうと、私はキョウを信じる!」
「マージ……」
マグダラはマージョリーの言葉に微笑んで頷く。
しかしウォーランは、品の無い態度と口調で嘲り続ける。
「そんな事言ったってヨォ、おっ死んじまったモンはしょうがねぇだろ。どうしても信じられねぇって言うなら、証拠を見せてやっても良いんだぜ、ほらよ」
そう言ってウォーランは、首桶からキョウの首を取り出し、高々と掲げた。
「どうだい、これでもまた生きてるって言うのかい、え~っ」
勝ち誇った笑みを浮かべ、防衛部隊を睨め回した。
首は血の気を失ってか、黒く変色している。
それを目にしたハスタァが絶句し、アリシアが泣き崩れる。
「そんな、まさか……」
「イャァ! キョウ様が! キョウ様が~!」
激しく動揺する二人に、マグダラが厳しい叱責を飛ばす。
「狼狽えないで! あなた達がそんな事でどうするの!」
気丈に指揮権を掌握し、部隊の士気を維持しようとするマグダラに、アリシアが涙に濡れた顔を向ける。
「だってお姉様、キョウ様があんなお姿に~!」
アリシアはマグダラにしがみつこうとしたが、実体の無い彼女をすり抜け床に倒れ伏し、そのまま号泣した。
泣きじゃくるアリシアを一顧だにせず、マグダラは二人に叱咤を続ける。
「うるさい! 二人共マージを見習いなさい!」
マージョリーはリュミエールのコクピットの中で、涙をこらえてキョウの首を見つめていた。両手を握りしめ、マージョリーは自分に言い聞かせる。
「嘘だ! キョウが死ぬ訳無い! 必ず生きてる! 生きてる! 生きてる! 生きてるんだぁ~!」
マージョリーは絶叫した。気力と魔力を振り絞り、ナイトゴーントを押し留める。
「必ず帰ってくるって約束した! だから私も約束を守る! 貴方の帰る場所を守って見せる!」
そんなマージョリーを鼻で笑い、ウォーランは更に心を折りにかかる。
「現実を受け入れろよ、姉ちゃん、あんたにも見せてやりたったぜ、こいつがみっともなく命乞いをする姿をよぉ。ま、俺達の盟主、アーミティッジ枢機卿の手にかかればこんなモンよ」
「何だって! まさか、アーミティッジ枢機卿が野盗の盟主だって!?」
愕然としてハスタァが聞き返す。
「ああ、そうだぜ、俺様達は言うなれば、白騎士教団お抱えの野盗って事なのさ」
「調子に乗り過ぎです、ウォーラン」
ウォーランの隣に現れたアーミティッジの姿に、ハスタァは激しく動揺する。
「何故! 何故なんですか!? アーミティッジ枢機卿!」
アーミティッジは、ハスタァの必死の問いに冷淡に答えた。
「私はあなたに命令しました、その娘がネオンナイトと接触したら殺しなさいと。しかしあなたは今まで生かしておいた、だからですよ」
「そんな……」
「だから私はウォーランに命じて、ここを襲わせたんです。ハスタァ僧正、あなたは教団に対する特別背教行為の咎で、ここに死刑を宣告します。最期の情けで一つ聞かせあげましょう、私はマリア病克服の為の研究をしています。その献体として、多くの娘達を必要としているんですよ、資金もね。この孤児院にはその両方があります。有効利用させてもらいますよ、ほっほっほ」
悔しさにうち震えるハスタァに、アーミティッジが冷笑を浴びせた時だった。
「そいつが聞きたかったぜ、さそり道人」
首だけになったキョウが、いきなり目を開き、喋り出した。
「あひゃあ!」
ウォーランは無様に腰を抜かし、持っていた首を放り出した。
放り出されたキョウの首は、ふわりと空中に浮かぶと、髪と瞳の色が金色に変わり、肌の色は真っ黒に変化した。そして大きく口を開ける。
「にゃ~る~が~しゃ~ん~な~!」
首が空に向かって大きく咆哮した、すると夜空高く、打ち上げ花火の様に大きな魔方陣が美しく描き出された。
首は空中で回転すると、ナイアルラートのキュートな姿に変身する。ナイアルラートはウォーランの顔面に思い切り回し蹴りを放ち、魔方陣に向かって飛んで行く。
魔方陣の中央が揺らぎ、檜扇の先端が現れた。
檜扇が左右に動くと、夜空は暖簾の様にめくれ、その向こう側からマージョリー達が帰りを待ちわびた男がその姿を現した。
「キョウ!」
「マスター!」
「キョウ殿!」
「キョウ様ぁ~!」
「キョウ!」
「キョウおにいちゃん!」
皆の目が輝き、希望が甦った。
「すまない、待たせた」
キョウは包み込む様な優しい笑顔で、待たせた皆に謝罪する。
「うほっ、カワイコちゃんばかりじゃのう!」
キョウの肩から脇にぶら下げた瓶から、鼻の下を伸ばしたスケベジジイの様な老人の声がした。
「だろう、セクハラはするなよ」
キョウが言うと、瓶はムッとして答える。
「誰がそんな事するか! 儂は紳士なんじゃ!」
「そういう事にしておきますか」
キョウはナイアルラートを肩に乗せ、自警団を突破して孤児院に殺到しつつある、野盗の群れの前に舞い降りた。
「しかしアレじゃの、こんなカワイコちゃん達をいじめるとは許せんのぉ。キョウ! やってやれい!」
エキサイトする瓶の声が、キョウをけしかける。
「言われなくても、分かっているさ」
腰に差した黒絹の鞘からバルザイのシミターを抜き放ち、足を前後に大きく開く、やや前のめりの低い姿勢で刀身を担ぐ様に横薙ぎに構え、そのまま大きく身体を捻り、足指はしっかり大地を掴む。
キョウはバルザイのシミターに、あらん限りの力と魔力を込めた。
「テメェら、俺の留守中に、よくも好き放題やってくれたな」
キョウの瞳が青白く輝く。バルザイのシミターの刀身が、巨大なザンバーに変化した。
「ロング・リィィィィィィブ・ロックンロール!」
ザンバーを一閃し、込められた力と魔力を解放すると、迫り来る野盗共は快刀に断たれた乱麻の如く、ズタズタに斬り倒され吹き飛ばされた。そしてその剣圧は、養蜂箱についた火を消し止める。
「キョウおにいちゃん!」
アビィがキョウに駆け寄り、嬉しそうに抱きついて胸に顔を埋める。
「ゴメンな、アビィ、怖かったろう?」
キョウの優しい言葉に、アビィはくしゃくしゃに歪めた顔を向け、涙をこらえて指を差しながら訴えた。
「はちさんがね、はちさんがたすけてくれたの」
キョウはアビィの指差す先を見ると、アビィを守る為に野盗共と刺し違えた黄金のミツバチの骸が、大量に横たわっていた。
キョウは小さな英雄達の遺骸に、深々と頭を下げる。
そして頭を上げたキョウは、アビィに優しく、力強く宣言した。
「もう大丈夫、今からお兄ちゃんが、悪い奴等をみんなやっつけて来るからね」
「うん!」
アビィは大輪のひまわりの笑顔で、キョウの背中を見送った。




