表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊機甲ネオンナイト 《改訂版》  作者: 場流丹星児
第一部第三章 サードマリア、覚醒
31/60

ゆびきりげんまん

 一通りの打ち合わせを終えた夕刻、篝火(かがりび)の下で、アンナが用意した試作の『黄金(ゴールデン)蜂蜜酒(ミード)』で喉を潤したノーデンスは、マージョリーの孤児院を見上げ、少し心配そうにキョウに聞いた。


「作戦の概要はよく分かったが、総大将があんな調子で大丈夫か?」

「ああ、大丈夫さ、ちょっと大きすぎる問題に直面して戸惑ってるだけだ、でもマージならきっと立ち直るよ」


 キョウはそう言って、孤児院の一室の窓を見上げた。


「だといいが」

「マージは強い子だ、きっと大丈夫。じゃあノーデンス、後は頼む」

「ああ、任せろ」


 キョウはバルザイのシミターを手に入れるため、狂気山脈のイブン・ガジの元に向かうべく、その場を後にした。


 先程キョウが見上げた窓の向こう側、部屋の中では、ベッドの上でシーツを頭から被り、放心状態で膝を抱えるマージョリーがいた。


「無理だよ……、世界を救うって何よ……」


 無論マージョリーも現状が正しいとは思っていない、マリア病が克服されれば世界はもっと良くなるに違いない。自分もその一助になれればと正直そう思う、しかし。


「予言って何よ……、サードマリアって何なのよ、私そんなんじゃない!」


 そう言えばマグダラも、始めは自分の事をサードマリアと呼んでいた。サードマリア? 第三のマリア、三人目のマリアって事? 冗談じゃない! あんな偉大な救世の二聖女と一緒にしないで!


 そんな考えが、マージョリーの頭の中をグルグルと廻っていた。そのうち、ふと大きな疑問が、彼女の頭の中に湧き上がった。


 もし、このルルイエ世界からマリア病が克服されたら、キョウはその後は一体どうするつもりなんだろう?


 マグダラの話からキョウは異世界の人間だと言うことは分かっていた。アリシアの話から、マリア病克服の為に戦う者を導く為に召還された事も分かった。なら、マリア病が克服されたら、キョウはこのルルイエ世界に留まる理由が無くなる、という事は……。


 マリア病が克服されたら、キョウは元の自分の世界に帰ってしまう!?


 そんな事は嫌だ! 子供達が悲しむ。いいえ、それよりもキョウがいなくなったら、私はもう生きていけない! キョウがいなくなる位なら、私はこのままマリア病で死んだ方がましだ!


 そう思った瞬間、マージョリーはベッドを飛び降り、駆け出した。


「キョウ様、これをお持ち下さい」


 納屋で出発の支度を整えるキョウに、アリシアは実家から送られた黒い絹の布を手渡した。


「これは?」

「さぁ? 分かりませんわ」


 実にあっけらかんと答えるアリシアに、キョウは苦笑いをする。アリシアは笑顔で説明する。


「家伝によると、バルザイのシミターに関係する物らしいんです、きっと行けば分かりますわ」


 アバウトなアリシアの説明に、堪らずマグダラが現れ説明する。


「鞘です、マスター。これに包んでおかないと、バルザイのシミターは霊力を失うんです」

「という事はお姉様、バルザイのシミターは既に霊力を失っている可能性も?」

「そう考えるのが普通なんだけど、あのギィが何の対策も無しにこれを手放すとは思えないの。不安なのは、今の持ち主のイブン・ガジという男がどう扱っているか? ね」

「どんなに確率が低くても、僕達はそこに賭けるしかないからね。ところで、マージはどうしてる?」


 キョウがマージョリーの事を話題にすると、二人は首を竦めて左右に振った。


「相変わらずですわ、マスター」

「そうか……、少し様子を見て来るか」

「キョウ様、もう出発の時間ですよ」

「ああ、すぐ済ませる」


 キョウは二人を残し、マージョリーの部屋に向かって歩き出した。しばらく進むと、裏庭の泉の畔で黒い人影が、勢い良くキョウの胸の中に飛び込んで来た。人影はキョウの背中に両腕を回し、顔を胸にうずめ、絞り出す様に言葉を発した。


「……嫌だ……」


 言葉の主はマージョリーだった、彼女は両腕に力を込めて懇願する。


「嫌だ、キョウ、どこへも行っちゃ嫌だ」


 キョウは、涙を流して自分を見上げるマージョリーの両肩にそっと手を置いて、優しく見下ろした。


「すぐ戻って来るよ、だから安心して」


 優しく諭すキョウに、マージョリーは子供の様に嫌々をする。


「いらない! バルザイのシミターなんていらない! そんなの無くたって、キョウならダンウィッチを守れるでしょう!?」

「マージ……」

「マリア病なんてどうでもいい! マリア病からこの世界を解放したからってどうなるの! そしたらキョウは元の世界に帰っちゃうんでしょう! そんなの絶対に嫌だ!」

「マージ……」

「キョウがいなくなったら、私は生きていけない! 死んだ方がマシよ。ねぇ、キョウ、どこにも行かないで、お願い、最期まで一緒にいて!」


 必死に訴えるマージョリーの顔は、涙に濡れてグシャグシャに歪んでいた。


 騒ぎを聞きつけてやって来たマグダラとアリシアは、それぞれ養蜂箱の影に身を潜め、二人の様子を窺い見る。


「んもう、マージったら往生際の悪い……」

「は~、修羅場ですねぇ~」


 覗き見る二人に、不意に諫言をする者がいた。


「覗き見とは感心せんな」


 いきなり横から避難の声を浴びたマグダラとアリシアが、驚いて声の方向を見ると、そこには同じ様に騒ぎに駆けつけたハスタァ、ディオの親爺、ノーデンスの三人が、これまた同じ様に養蜂箱の影に身を潜めて二人の様子を窺っていた。


「ハスタァ僧正だって、覗き見じゃないですか、聖職者のくせに」

「何を言う、私は純粋にマージョリー殿を心配してだな!」

「そんなの分かるもんですか、ふ~んだ」


 アリシアとハスタァの言い争いを無視して、ノーデンスが疑問を吐露する。


「しかし、あの気丈なマージョリーさんが、ここまで取り乱すとは意外だな……」

「キョウはアイオミ卿が亡くなって以来、マージが初めて出会った、全てを委ねて甘える事が出来る相手なんじゃ。言わば、想い人であると同時に父親の様な存在だからの、無理もあるまい」


 ディオの親爺がその疑問に答えると、ノーデンスは半信半疑で「ううむ……」と唸った。


 四人の喧騒を余所に、マグダラは懐かしむ様に目を閉じて微笑む。

「マージ……、貴女はやっぱりサードマリアよ、こんな所までマリア達にそっくり」

「静かに! 動きがある様ですわ」


 アリシアがマグダラの浸る思い出をかき消す様に鋭く言うと、五人は息をひそめて養蜂箱の後ろに隠れ直し、鋭い視線を二人に向けた。


「先の事はまだなんとも言えないけど、バルザイのシミターはこれから絶対に必要になるアイテムなんだ、手に入れたらすぐに戻るから……」

「嘘! 本当は自分の世界に帰るつもりなんでしょう!」


 優しく宥めるキョウを、マージョリーは自分の世界に帰ると決めつけ、詰問する。


「私がマリア病からこの世界を解放するつもりが無いから、導く理由が無くなったから、自分の世界に帰るのね!」


 マージョリーは突き飛ばす様にキョウから離れ、両腕を広げて行く手を遮り、立ちはだかる。


「嫌だ! 行かせない! 絶対に行かせないんだから!」


 涙に濡れるマージョリーの瞳が、それぞれ赤と白に輝く。


「影縫い、プラズマ!」


 マージョリーはキョウに向かって、最大魔力を込めた影縫いを放つ、しかしキョウは穏やかな顔で帯から檜扇を抜き、叩き落とす。


「影縫い、絶対零度!」


 キョウはそれも叩き落として、マージョリーに向かって歩き出した。


「影縫い! 影縫い! 影縫い! 影縫い! 影縫い影縫い影縫い影縫い影縫い影縫い影縫い影縫い」


 マージョリーが乱れ打つ影縫いを全て叩き落とし、キョウはマージョリーの目前に歩み寄った。


「嫌だよ~、嫌だぁ~」


 幼い子供の様に泣きじゃくり、崩れ落ちるマージョリーの前にしゃがみこみ、彼女の頭をそっと抱き寄せ、キョウは優しく語りかける。


「泣かないで、マージ、必ず帰って来るから」

「本当……?」

「ああ、今のところ、僕の帰る場所はここしか無いから」

「本当に本当?」

「うん、だから涙を拭いて、僕の帰る場所を守って」

「絶対だよ、絶対に帰って来てね」

「ああ、絶対だ、約束する」


 キョウはそう言うと、マージョリーの右手を取り、その小指に自分の右手の小指を絡めた。その瞬間、マージョリーはキョウの絡めた小指から、温かくて優しい波動が自分の中に流れて来るのを感じると同時に、今まで感じていた不安が、嘘の様に消えて行く。


「これは『指切り』と言って、僕の故郷で大事な約束をする時にするおまじないなんだ」

「指切り……?」

「うん、必ず約束を守る為のおまじない。じゃあ、呪文を教えるから、僕の後に続いて。指切りげんまん」

「指切りげんまん」

「嘘ついたら、針千本の~ます」

「嘘ついたら、針千本の~ます」

「最後に、指切った、と言って指を離すんだ、いいね?」


 マージョリーは、コクンと頷いた。


「「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本の~ます、指切った」」


 指を離した後、キョウはマージョリーの頭を優しく撫でた。


「もう大丈夫だね」


 マージョリーは涙を拭いて頷いた。


「ごめんなさい」

「真面目過ぎるんだよ、マージは」


 キョウはマージョリーの頭を撫でながら、言葉を続ける。


「何でも一人で解決しようと背負い込むから、行き詰まって悩んでしまう。君は一人じゃないんだ、分からない事は教わればいい、力が足りなければ借りればいい。君にはそれをしてくれる仲間がいるんだから」


 そう言ってキョウは立ち上がって振り返り、少し意地の悪い顔で養蜂箱を見渡した。


 箱の向こう側では、巧く隠れていたつもりが、キョウにはバレバレであった事を察知した出歯亀五人衆が、慌てて身を縮め、人差し指を口に当て、「しぃーっ! 静かに!」と、互いに睨み合う。


 養蜂箱の向こうであたふたする五人をからかう様に、それでいて信頼する様に、キョウは声をかける。


「マージは大規模な部隊運用をするのは初めてだ。ハスタァ、君はビヤーキー隊の指揮で慣れている、サポートを頼む」

「了解した、我が力の及ぶ限り、全力でマージョリー殿を支えよう」


 キョウの言葉に、思わずスックと立ち上がり、力強く答えたハスタァだったが、今まで隠れて覗いていた事を思い出し、「あっ」と罰の悪そうな顔をして、二人に背中を向けた。


 マージョリーはそのハスタァを見て、自分が今どんな格好をしているのかを思い出す。ベッドから駆け出して来た彼女は、下着姿同然の、あられもない寝巻き姿であった。それと、今までのみっともないやり取りを覗き見されていた事を知り、羞恥心の余り顔を真っ赤にして、キョウの後ろにサッと隠れた。


 養蜂箱の向こうでは、他の四人が


「何やってるんだ、バカ! 」

「もう、信じられない! 」


 と、小声でハスタァを罵っていたが、そんな彼等もすぐにハスタァと同じ運命を辿る事となる。


「留守を頼んだよ、マグダラ。作戦指揮は君に任せる、マリア騎士団筆頭軍師の手腕、存分に発揮してくれ」

「分かりました、留守はお任せ下さい、マスター。あっ」

「ノーデンス、この防衛戦の成否は君の働きに懸かっている、やってくれるな?」

「おう! やらいでか! あっ」

「アリシア、後方支援と情報分析は君の独壇場だ、みんなが全力を発揮できる様に計らってくれ」

「はぁい! 任せてください、キョウ様! あっ」

「おやっさん、子供達の守りを頼む。それから、年の功でみんなを支えてやってくれ」

「うむ、心得た。あっ」


 罰の悪そうに頭を掻く五人に、キョウの背後から真っ赤な顔を出して、マージョリーは抗議の声をあげる。


「ひど~い! みんな覗いていたのね! 信じられない!」

「みんなマージを心配していたんだよ」


 キョウは優しくとりなすが、マージョリーはむくれて口を尖らせる。


「もう、最低!」


 むくれるマージョリーの姿に、キョウは思わず可笑しそうに笑い出す。


「あはははははははは」


 その笑いにつられ、覗いていた五人も笑い出す。


「酷い! もう、みんな大っ嫌い!」


 マージョリーは真っ赤な顔で怒り出し、自室に向かって走り出した。


 彼女は部屋に駆け込むと、隠れて覗いていた五人と、知っていて黙っていたキョウに対し、ぶつぶつと文句を言いながら服を着始める。一通り文句を言い終わると、彼女は手を止めて目を閉じ、小さくフッと笑った。


「もう……、私って、本当にバカ……」


 服装を整え、自室から出て来たマージョリーは、もう完全に立ち直っていた。


 狂気山脈へと出発したキョウを見送った後、ノーデンスがマージョリーに話しかける。


「万が一アイツが俺との一騎討ちの約束を反故にして、自分の世界に帰ったら、俺は闇の端女を締め上げて、アイツの世界に乗り込む積もりだ」


 そう言ったノーデンスの目は、あんたはどうする? と聞いていた。


「いいアイデアね、私もそうするわ。でも、万に一つも無いでしょうね」


 マージョリーは、キョウと指切りを交わした小指を見つめ、そう答えた。


 六人は互いに目を合わせて頷き合う、そして各々の持ち場に布陣する。


 翌々日の夕方、月が昇り土星の位置へとさしかかる。


 防御部隊の緊張が高まる中、薄暮に紛れて襲来する野盗の一団を発見したと、エルトダウン・シャーズの報告がアリシアの元に届けられた。


「お姉様!」

「ええ」


 アリシアの目配せを受け、マグダラが頷く。


「野盗の襲来を確認しました、全部隊は所定の行動を開始して下さい」


 マグダラの指示が穏やかに、しかし凛とした響きで全軍に飛ぶ。


「おうさ!」

「うむ」

「よし!」


 マグダラの指示を受け、ノーデンスが、ハスタァが、そしてマージョリーが愛機の魔導炉に火を入れた。


 彼等に倣い、配下の者達も、一斉に自機の魔導炉に火を入れる。魔導炉が吹け上がると共に、彼等の顔は戦士の顔へと変貌していった。


 永い戦いの幕が、今斬って落とされた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ