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精霊機甲ネオンナイト 《改訂版》  作者: 場流丹星児
第一部第三章 サードマリア、覚醒
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ノーデンスの憂鬱

 アリシアは、新生ベタニア商会の本拠地を、マージョリーの孤児院の空き部屋に定め、精力的に商業活動を開始する。マージョリーが予言を受け入れないのと、黄金の蜂蜜と高級果実の販売委託をされた事は別問題、それはそれ、これはこれと、存分に遣り手を発揮していた。


 彼女が遣り手を発揮出来たのは、彼女自身の能力の高さによる事は勿論言うまでもないが、もう一つ大きな理由が有った。


 宣言通り実家に勘当を申し出て、アリシア・ランドルフからアリシア・ベタニアと改名し、ベタニア商会を再興した彼女に対し、父親クリストファーは激怒して、完全絶縁を宣言するが、それは表向きの態度だった。

 裏では娘の宣言を「流石はベタニアの血筋」と喜び、秘密裏に資金等の援助を開始した。


 父親の援助を「余計なお世話」と眉をひそめたアリシアだったが、二つの事柄に関しては素直に喜んだ。


 その一つは、父クリストファー子飼いの情報組織『エルトダウン・シャーズ』の提供である。彼女は彼等を使ってイブン・ガジの行方、つまりバルザイのシミターの行方の捜索を開始する。

 情報は商家の未来を左右する、商家が栄える為には、良い商品を揃えるのと同時に、正確な情報収集と分析が必須である。大商家ランドルフ商会を情報面で支えたエルトダウン・シャーズは、言うまでもなく最精鋭集団だった。


 彼等がアリシアの下に持ち帰った多数の情報の中、最優先の情報は二つ有った。


 一つは言うまでもなく、バルザイのシミターの持ち主、イブン・ガジの行方である。

 彼は今、狂気山脈にある白騎士教団の修行施設に幽閉されている。


 もう一つは、ウォーラン一家を中心とする野盗の大軍団が、大規模な娘狩りを計画している。


 この二つの情報に、アリシアは大喜びすると同時に頭を抱えた。


 これでバルザイのシミターの有りかは分かった、後はキョウがそこに乗り込んで、頂戴してくれば良い。


 しかし、キョウがバルザイのシミターの正統な所有者となるには、月が土星の位置に来る日の、土星の刻限に継承の儀式を行う必要がある、これが問題であった。

 なぜなら、まずは単純に、その月が土星の位置に来る日が目前に迫っている事、そして頭の痛い事にウォーラン一家が娘狩りを計画している日が、その月が土星の位置に来る日である事、さらに始末に負えない事に、彼等が狙いを定めた場所は、ここダンウィッチである事。


 最大の危機に、最強の力を欠いて立ち向かわなければならない、早急に手を打つ必要があった。



 ミスカトニックの酒場のカウンター席で、憤懣やるかた無くノーデンスが、盛んにやけ酒をあおっていた。


 彼のやけ酒の肴は主に三つ。ネオンナイトが一騎討ちを受けてくれない事。対戦要求したくとも、ダンウィッチ防衛準備の邪魔になるから止めろと、ハスタァから厳しく釘を刺された事。そして最も気に入らないのは、肝心のダンウィッチ防衛に、ネオンナイトとの連携を危惧され自分が呼ばれていない事だった。


「ハスタァの奴め、馬鹿にしおって……」


 諸々の不満を肴に、一人盛んにメートルを上げるノーデンスに声をかける男がいた。


「隣、いいかい?」

「ああ、空いてるぜ」


 胸に溜まった憤懣を、やけ酒で流すノーデンスは、自分に声をかけて隣の席に座ったその男を確認して目を剥いた。


「きっ、貴様は、ネオンナイト!」

「よぉ、ノーデンス」


 思わず酔いが覚め、立ち上がるノーデンスに、キョウは相変わらずの人を食った笑顔を見せる。


「貴様、なぜここに!?」

「ん、ああ、酒を飲みに」


 またもキョウの人を食った答えに、一瞬憤ったノーデンスだったが、ハスタァに刺された釘の事もあり、何よりここで感情に任せるとロクな結果に繋がらないという過去の教訓から、どうにか感情を抑える事に成功した。


「ふん、そうかい」


 ノーデンスはそっぽを向いて座り直し、再びやけ酒をあおり出した。


 キョウもバーテンにお勧めの品を聞き、適当に酒と肴を注文した、程なく注文の品が運ばれてきた。それ以来二人は言葉を交わす事無く酒を飲んでいたが、先に沈黙に耐えきれなくなったノーデンスが、キョウに声をかける。


「なぁ貴様、こんな事してて良いのか?」

「何が?」

「何がって、ダンウィッチ防衛の準備で忙しいんじゃないのか?」


 やはり正義の味方のノーデンスとしては、ダンウィッチ防衛については気になる様子である。


「ああ、あれならもう作業は大体終わったから、後は最後の仕上げを残すだけ」

「仕上げが一番大事だろう、いい加減な奴め」


 そう言って、またそっぽを向くノーデンス。


「その最後の仕上げに来たんだけどなぁ、実は折り入って相談が有るんだ、ノーデンス」

「何!? 俺に相談?」


 ノーデンスはキョウの意外な言葉に、興味半分警戒半分の眼差しを向けた。キョウはそんなノーデンスの前に、羊皮紙を広げて見せる。


「まぁ見てくれ、略図で悪いがダンウィッチの地図だ。作戦はまず、マージの孤児院を中心に防衛陣を築くんだが」

「ふむ」


 キョウは地図上の大きな五つの街道の間に、五つの点を打ち、説明を続ける。


「知っての通り、ダンウィッチに入る街道は五つ、これらを挟む様にして、五芒星型の防御陣を築いた。普通の五芒星陣なら完璧なんだが、今回の陣形には、致命的な弱点がある」


 そう言ってキョウは五つの点を線で結んだ、すると、一ヵ所だけ農地と平野が広がり、要害となる場所が少ないという地形的な問題があり、その一ヵ所だけが頂点の短い、かなり(いびつ)な五芒星陣が完成した。


「ここだな、開けていて囲まれやすい上に、野盗共も大軍を布陣しやすい、力押しで来られると厄介だ」


 ノーデンスは頂点の短い、歪な場所を指差す。


「その通り、おまけに丑寅だ、ウォーランの連中も、恐らくそこから襲って来るだろう」

「どうするんだ?」

「だから、こっちはそれを逆手に取る、予想通り奴らがこの地点に布陣したら……」


 キョウはノーデンスの指差した点の向かい側の、開けた部分に大きな赤い丸を書き加える。


「五芒星陣から鶴翼陣に転換して、包囲する」


 キョウは更に、頂点の短い陣の両側の陣から赤い丸に向かって、挟む様に矢印を書き加えた。


「ふむ、成る程、しかし、弱点である事には変わりあるまい、両翼を素早く閉じないと、食い破られる危険の方が大きいだろう」

「だから、両翼となるここと、ここには、それぞれ速度に優れたハスタァとマージに布陣してもらう。そして、他の二ヵ所から、この場合中央となる弱点部分に増援を送り、陣に厚みを持たせる」

「となると、要は誰がここの大将になるか? だな。察するにネオンナイト、貴様はマージョリーさんの陣から単騎で出て、攪乱の遊撃戦をするのだろう、となると中央は……」


 考え込むノーデンスに、キョウは意外な言葉を告げる。


「いや、俺は明日の夜から襲来予想日の土星の刻限まで、ダンウィッチを空ける」

「何だって!」


 椅子を倒して立ち上がり、目を剥くノーデンスにキョウは続ける。


「野暮用ついでに、今回の娘狩りの黒幕と目的を探って来る」

「貴様! 本当に腰抜けなのか!? 無責任にも程が……」


 憤るノーデンスを無視し、キョウは淡々と話を続ける。


「だから、弱点となるこの場所には、ノーデンス、君に布陣してもらいたい」


 思わぬ申し出に、ノーデンスは怒りを忘れて絶句した。あんぐりと口を開け、点になった目でキョウを見つめる。


「ここは重要な鍵だ、ノーデンス、君にしか任せられない」


 固まったノーデンスに、キョウは作戦の説明を続ける。


「君はここに布陣して、絶対に動かない事。君がここにいる事で、奴らは恐れを成して、他から攻め入るかも知れない、そうなれば儲け物だ、他の四ヵ所は完璧に機能する。予想通りなら、君は鶴翼陣の鶴の嘴になって、思う存分野盗共を啄めはいい。君がいる事で弱点は弱点で無くなり、俺達は守勢防御ではなく、攻勢防御として戦闘のイニシアチブを握り、奴らを迎え撃つ事が可能になる」


 キョウは締めくくりに爽やかな笑みを浮かべ、ノーデンスにとどめの一言を加えた。


「俺は土星の刻限を過ぎたら必ず戻って来る、それまで持ちこたえてくれたら、奴らを撃退した後に、一騎討ちを受けてやる」


 一騎討ちを受ける、その言葉にノーデンスは色めき立つ。


「持ちこたえるだと、馬鹿にするな! 貴様に獲物など残すものか!」

「そうか……、じゃあ戦い疲れてズタボロになった君を、余裕で倒すのは無理だな」

「ぬかせ! 野盗共を残らず倒した余勢を駆って、ノコノコ戻って来た貴様を成敗してくれる」


 二人は互いに不敵な笑みを交わし、互いの拳を合わせた。


 翌日、早朝から現地で額を擦り合わせ、緊密に打ち合わせをするキョウとノーデンスの姿に、ハスタァは腰を抜かさんばかりに驚いた。


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