ぷっつんマージ
性質の相対する極大魔導の同時展開、そして制御を目の当たりにしたキョウの目が点になった。冷や汗が一筋、キョウの額をつたう。
「なぁ、マグダラ……」
「なんですか? マスター」
「ごめんなさいして、逃げていい?」
マグダラの眉間に、ピシッと皺が刻まれる。
「何言ってるんですか! マスター!」
「いや、だってあんなのに斬られたら、普通に痛いじゃ済まされんぞ……」
キョウの言葉を遮り、マグダラはアザトースのコクピット内に上半身をねじ込み、額をキョウの額に擦り付けてまくし立てる。
「だったら何だって言うんですか! マスター! なら斬られなきゃいいんです!」
「いや、そう簡単に言うけどね、マグダラ……」
キョウの反駁を無視し、マグダラは更に、ずいっ、と迫って言葉を続ける。
「これは彼女を心服させるチャンスなんです! さぁマスター! サードマリアに圧倒的な力の差を見せつけるのです!」
キョウとマグダラのこのやり取りを、リュミエールのコクピット内の外周モニター越しに見ていたマージョリーは、遂にキレた。
「ななななな、何やっているのよ! あの二人!」
マージョリーの目には、二人の姿がこの様に見えた。
「キキキキキキ……、キスなんかしちゃってぇ~っ!!」
この瞬間、マージョリーの理性の箍が、全て綺麗に弾け飛んだ。
ぷっつん!
「あは、あははははは……」
虚ろな目で、無表情な顔に、乾いた笑顔を貼り付けたマージョリーは、一言ボソリと呟いて、リュミエールをアザトースに突進させた。
「……殺す」
プラズマと絶対零度の刃が、絶え間無く交互にアザトースを襲う。
「貴方がいけないのよ、キョウ。本当は私、アビィの願いを叶える為に、その精霊機甲だけ壊すつもりだったのよ……」
抑揚もなく、平板なトーンで、ボソリボソリと呟く様に話すマージョリー。
「ちょっと待て! マージ、お前何か変だぞ! 一体どうした!?」
鋭い斬撃を紙一重でかわしながら、キョウはマージョリーに問いかける。
「変? ……私が……変?」
一瞬リュミエールの動きが止まる。
「変にしたのは、貴方でしょう!」
更なる魔力をヤマンソとハイドラに注入し、マージョリーは、今までに増して強力な鋭い一撃をアザトースに放つ。
「おおっと!」
キョウは巧みにアザトースを操り、この一撃を紙一重でかわすが、マージョリーは更に鋭い斬撃を繰り出し、追撃をかける。
「アザトースを壊して、貴方を死んだ事にして名前を変えて、孤児院で匿うつもりだったのに。そして私は賞金稼ぎを引退して、残りの二年を貴方の隣で静かに暮らすつもりだったのに。アビィの望み通り、私のお腹の中には貴方の赤ちゃんがいて……。私がマリアの下に旅立った後は、リュミエールと孤児院を貴方に継いでもらうつもりだったのに……」
「いや、そう言われても、こっちにも都合という物が……」
「それなのに、こんな女とイチャイチャイチャイチャ……」
「あら、私とマスターの仲にヤキモチ? ふ~ん」
にんまりとしてマグダラの放った一言が、マージョリーの怒りの炎に、油ならぬニトロをブチ込んだ。
「キョウ! これ以上その女とイチャイチャしたら、私貴方を殺しちゃうよ! 貴方が死んだら、私もう生きて行けない。そしたら孤児院の子供達はみんな路頭に迷うのよ、私そんなの絶対嫌、お願いだから死なないで、キョウ! 死んじゃ嫌!」
「マージ、理屈が通って無いぞ!」
「あははははは……、死ねぇ」
マージョリーは、必殺の一撃をアザトースに加え、破壊した筈だった。この渾身の斬撃を今まで外した事は無い、そう、今までは……。しかし、自分の眼下にある筈のアザトースの残骸が無い。そして、なぜかリュミエールのモニターが、逆さまの風景を映し出していた。
「何!? どうなってるの……」
一部始終を目にしていたハスタァが、思わず感嘆の声をあげる。
「見事!!」
キョウはアザトースで魔導戦技『ヘブンアンドヘル』を用い、突っ込んで来るリュミエールの死角に回り込み、その運足に合わせて足を蹴り払っていた。相手が勝利という天国を確信した瞬間、地獄に落とすのがこの魔導戦技の真骨頂である。リュミエールは半回転して転倒した、それも中のマージョリーが気がつかない程、鋭く、速く、そして優しく。
「倒したキョウも見事だが」
ハスタァはディオの親爺の言葉に頷いた。
「ええ、キョウ殿に魔導戦技を使わせた、マージョリー殿も見事」
「うむ。しかしマージ、キョウの実力はそんな程度では無いぞ、存分に胸を借りると良い」
マージョリーは状況が飲み込めず、一瞬ではあるが、逆さまの風景を映し出すリュミエールのモニターを、茫然自失の状態で眺めていた。
「!?」
モニターの画面に、不意に逆さまのアザトースが映し出された。
「もうおしまいかい、マージ?」
私……、倒されたんだ。全然気がつかなかった…。
マージョリーの心に戦慄が走る、肌が粟立ち冷や汗がつたう。
何、この人! 本当に強い!!
今までの浮わついた気分は一瞬で消し飛ぶ、底知れぬ力を前に、彼女の心は恐怖に包まれた。震える腕に力を込め、マージョリーはリュミエールを立ち上がらせる。
「まだ……、まだよ!」
リュミエールは再びヤマンソとハイドラを握りしめ、それぞれにプラズマと絶対零度の刃を展開して構えを取った。
「うん、それでこそマージだ」
キョウは満足そうに頷いた、そして、傍らのマグダラに声をかける。
「マグダラ、そこから離れて」
「えっ、何故ですの? マスター」
不満げなマグダラに、キョウは理由を説明する。
「マージが全開で戦えない、今までの彼女の攻撃、君のいる場所には全く来なかった」
「……そう言われてみれば……」
「それに、僅かながら手加減……、いや、躊躇いがある。本当に優しい子だよ」
「確かに、負けた言い訳にされてはたまりませんわ。分かりました、マスター」
キョウの言葉の最後の部分に、軽い嫉妬心を覚えたマグダラは、眉間に深い皺を刻みながらもその意見に合意して、黒い光の粒子となってアザトースから離れていった。
キョウはそれを確認すると、アザトースのコクピットハッチを閉め、胸部装甲で覆う。
魔導炉が唸りを上げ、この世界の全てを冒涜する。
排出された魔導気が、この世界の全てを混沌で覆う。
キョウはルルイエに召喚されてから、展開武装が木剣である事を除き、初めてアザトースの完全戦闘態勢を披露した。その迫力はそれまでのアザトースとは明らかに違い、桁違いの力強さを辺り一面に撒き散らす。
「むう……」
「これが……、キョウ殿の本気……」
「馬鹿言わないで、マスターはまだまだ本気じゃ無いわ」
マグダラは、アザトースの変貌に驚き、思わず呻き声をあげたディオの親爺とハスタァの傍らに忽然と現れ、木で鼻を括った様な口調で言った。
「マグダラ様」
「闇の端女! いつの間に! あれが本気でなければ、一体何だと言うのだ!」
ハスタァの詰問に、やれやれとマグダラはため息混じりに答える。
「あんなの基本中の基本よ。あなただってイタクァを使いこなしてさえいれば、簡単に出来る事なのに、イタクァが可哀想」
「なっ、何を!」
目を剥いていきり立つハスタァの機先を制し、マグダラが対峙し合うアザトースとリュミエールを指差して宣言する。
「見なさい、これからサードマリアの本当の試練が始まるわ。あなたも素質が有れば、充分に参考になる筈よ、見逃さない事ね」
「もとより、そのつもりだ!」
ハスタァは視線をマグダラから、二機の精霊機甲に移し、これからの二人の戦いを、一瞬でも見逃すまいと目を皿のようにして注視する。
「さぁ、耐えきってご覧なさい、サードマリア。貴方の歩むべき道は、その向こうに有るのよ」
マグダラは、本当の深淵を知る者にしか浮かべることの出来ない、深い笑みをその瞳にたたえ、リュミエールを見つめていた。




