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精霊機甲ネオンナイト 《改訂版》  作者: 場流丹星児
第一部第二章 一騎討ち
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一騎討ちの朝

 その日の朝、マージョリーは朝日が昇りきる前に目を覚ました。


 薄暗い家の中を移動し、洗面所に行って冷たい水で顔を洗う。

 冷水は心地よく頭脳を覚醒させ、心に気合いを入れた。


 自室に戻り、身支度を調え、子供達を起こさない様に気を付け、そっと外に出る。

 仰ぎ見ると、まだ赤みを帯びる空に、眩しく太陽が輝きを強めながら昇って行く。


 刻一刻と力強さを増す日の光に同調し、マージョリーの決意と気合いは強まって行く。


「よし!」


 自らの気力が充実していくのを確認し、一言小さく、そして力強く頷いた。


 軽く深呼吸とストレッチをして、過度の緊張と気負いをほぐし、倉庫に向かい歩き始めた。


 倉庫の大きな扉を開けると、そこには頼りになる力強い相棒が、静かに自分を待っていた。


 精霊機甲リュミエール


 父が自分に遺した唯一の絆、何度も窮地から救ってくれた愛機。思えば自分は、このリュミエールと共に成長してきた。リュミエールの操縦席に座ると、あの強かった父がいつも守ってくれている様な気がして、どんな相手と戦っても怖く無かった。


 私達は最高のパートナーだ、誰が相手でも絶対負けない。


「行こう、リュミエール」


 マージョリーの声に答える様に、リュミエールはその機体を陽光に煌めかせ、魔導炉から力強く魔導気を棚引かせて、最強の敵手が待つ地に向かって飛翔した。


 キョウは(くだん)の瀟洒なロッジの前に、自身の愛機である精霊機甲アザトースを駐機させ、その脚部に背中を預け、目を閉じて足を投げ出して座っていた。


 眠っている様な、それでいて覚めている様な……


 泰然自若と自然に溶け込んだキョウの周りには、ンガイの森に住む動物が数頭集まり、心地よさそうに目を閉じている。大型も、小型も、肉食も、草食も、皆この平穏な空間を共有し、安らいでいた。


 動物達だけではなく、精霊達もキョウの周りで遊び、森の木々達も、彼等に心地よい日陰を作る為に、枝を伸ばしていた。


 キョウの太ももの上で小型の動物が船を漕ぎ、脛を枕に大型の(けもの)が顎をのせて微睡んでいる。そして、ここは私の特等席と主張するかの様に、マグダラがキョウの肩に頭を預け、もたれかかって目を閉じている。小型の動物がやって来て、マグダラの肩の上で休もうと飛び上がるが、彼女には実体が無い。すり抜けて転がり落ちた小型の動物は彼女の肩を見上げ、不思議そうに首をかしげる。その様子を見ていた精霊達が、可笑しそうに笑い転げていた。大型の獣が、そっとその小型の動物の首をくわえると、自らの横腹の上を休息の場所に提供する。


 この光景を、ロッジの二階の窓から見下ろす二人の男がいた。ディオの親爺とハスタァである。二人はこれから始まる『B級賞金首討伐』の、一騎討ちの立会人としてこの場にいた。


「流石じゃの」

「ええ、一見無防備に見えますが、下手に害意を持って近づいたら、間違いなく一刀両断にされるでしょう」


 ハスタァは羨望の瞳でキョウを見下ろす、そして、少しそわそわした感じで、部屋の中を所在無さげにウロウロと歩き出す。


「どうしたんじゃ、ハスタァ?」

「ああ、いえ、何でもありません」


 ディオの親爺の問いかけに、どきりとしながも、ハスタァは努めて平静を装い返事をする。しかし、内心はかつて拝命した、アーミティッジ枢機卿の命令の為に、千々に乱れていた。


 ハスタァ僧正が懇意にしている女騎士が、ネオンナイトと接触したら殺すのです。


 二人は接触してしまった。一体自分はどうすれば良い!? ええい、ノーデンスの奴があそこで余計な事を言ったお陰で……。ああ、私は本当に未熟だ! それに引き換え……


 ハスタァは再び、眼下のキョウを見つめる。何事にも動じない、いつも崩す事無く自然体でいられる精神力。一体どんな修練を積めば、あの高み登れるのだろう!?


 その背中はおろか、影さえも見えない目標を前に、ハスタァの心は羨望と焦燥の入り交じった、複雑な感情に支配された。


 二人の眼下でキョウはその顔に、誰にも分からない程の小さい笑みを浮かべた。それに気がついた妖精達が、何事かと顔を見合わせる。やがて、一匹の妖精が何かに気がつき、遠くの空を目を凝らして見つめると、それにつられて他の妖精達も次々とその方向へと目を凝らす。動物達も、次々と目を開き、頭をもたげて目を凝らす。


 妖精達も動物達も皆全て、遠くの空の一点を見つめている。緊張感も警戒心も無い、皆、誰かが来るのを歓迎している様に、目を細めてその一点を見つめている。


 やがて、その一点が天空にキラリと輝く。


「来ましたわね、マスター」


 目を閉じたまま、マグダラがキョウに話しかける。


「ああ」


 キョウも目を閉じたまま応じた。


 遠くで煌めいた一点は、やがて形を為す。それは精霊機甲リュミエールとして、その場の者全てに認識された。


「空も地も、言祝(ことほ)ぎ始めました、マスター」

「ああ、そうだね」


 キョウは目を開け立ち上がり、近づいて来るリュミエールを見上げる。


「問題は、彼女がそれに気づいているかどうか…、だね」


 精霊機甲リュミエールは、二人の眼前に、その優美な機体を鮮やかに降り立たせた。




「ではこれより、作法に則りB級賞金を巡る一騎討ちを執り行う。双方、異存は無いな?」


 立会人であるディオの親爺が、マージョリーとキョウに最後の確認を取った。因みに「B級賞金を巡る一騎討ち」という言い回しになるのは、B級賞金首は犯罪者ではなく、社会的身分や権利を保証されているので、実態はどうでも『討伐』という言葉を使うのは不適当とされているからである。


 マージョリーとキョウは同時に頷いた、但しその態度は対照的であった。


 マージョリーが緊張し、真面目な態度で頷いたのに対し、キョウはマグダラと精霊や動物達と戯れながら、そのついでに頷いていた。不真面目な態度のキョウを、マージョリーは思い切り厳しい目で睨みつける。

 そんなマージョリーに向かって、キョウは一緒に戯れていた、猫類に似た大型獣 バーバリライオン の前足を手に取り、屈託の無い笑顔でそれを自分の手の様に振って見せた。

 マージョリーは怒りの表情を浮かべ、ふんっ! とそっぽを向くと、キョウはやれやれといった表情で苦笑いし、大型獣と目を合わせる。するとバーバリライオンは、慰める様にキョウの頬をペロリと舐めた。


 場の空気を変える様に、もう一人立会人のハスタァが、咳払いをしながら二人の間に入り、一騎討ちの詳細の確認を始めた。


「では双方、この戦いの結果、命を失う事になっても、遺恨を後に遺さぬ様に。もし、命を落とした場合、後に憂いや望みが有るならば、白騎士教団の名の下に、出来る限り希望に添う事を約束する、今のうちに申し出る様に」

「私は負けない! だから死なない! それは彼に聞いて頂戴!」


 マージョリーが、叫ぶ様に即答した。


「では、キョウ殿」


 ハスタァはキョウに促す。キョウはとぼける様な表情で、一瞬考える素振りをしてから応じた。


「うーん、そうだなぁ~……、俺が絶対負る筈が無いしな。でも、アビィを泣かせたくないから、マージを殺す様な事は絶対無いし、別にいいや。いや、待てよ……」


 キョウはまた思案して、マージョリーに聞く。


「そういや、マージの孤児院って、借地の借家だよね?」

「何よ! 悪い! 何か文句でも有る!」


 意外な質問に、思わずマージョリーはキョウに食ってかかるが、キョウはそれを無視してハスタァに宣言する。


「俺、マージからは賠償金は取らない。彼女に対する請求権は、全て放棄する」

「何と!?」

「えっ!?」

「なんですってぇ!?」


 ディオの親爺、ハスタァ、そしてマージョリーと、その反応は三者三様だが、一様にキョウの宣言に驚愕した。


 B級賞金を懸けられた者は、社会的身分を保証されているとはいえ、その周囲にいる人間は、賞金を懸けた組織から受けるであろう累難を恐れ、付き合いを敬遠する傾向に有る。そのため稼ぎ口も限られ、この賠償金は限られた収入源の中では、数少ない大口の収入となる為に、これを放棄する者は皆無といって良かった。


 馬鹿にして……


 キョウの宣言を聞いたマージョリーの怒りは、更に深い物へと進化した。それを見て取ったマグダラは、そっとキョウに耳打ちする。


「怒ってますわよ、彼女。マスターって、意外と挑発するのが上手ですわね」


 感心するマグダラに、キョウは困惑気味に否定形で答える。


「そうか? 別に挑発したつもりは無いんだけど」

「いいえ、充分過ぎる程才能がありますわ。これまで小悪党相手に、みえみえの演技で挑発していた時より、今みたいに素のまんまの方が破壊力満点ですわ、マスター。これからは、この路線で行きましょう」

「うーん、そんなもんかなぁ?」

「そんなもんですわ、マスター。ほら、見て下さい」


 釈然としないキョウに、マグダラは目配せしてマージョリーを見る様に促す。


「うわ……」


 マグダラに従い、キョウがマージョリーに目を向けると、彼女は怒りによる紅蓮の炎の様なオーラを背負い、凍てつく氷の様な瞳で自分を睨んでいた。


「あちゃぁ~」

「んふ」


 怒り心頭のマージョリーの姿を認めたキョウが、マグダラに視線を移すと、彼女は屈託の無い笑顔で事実の確認と、その正しい認識をキョウに求めた。その瞬間、マージョリーの纏う怒りの炎は、先ほどの三倍増しの高さと勢いで激しく天を焦がし、メラメラと燃え上がる。


 マージョリーは、この地に到着してからずっと怒っていた。


 始めは自分を値踏みする様に見る、紫色の瞳にカチンと来た。

 次に、これから命を懸けて一騎討ちをするというのに、まるで緊張感の無いキョウの態度に怒りを覚えた。

 そして、二人が一緒にいるという事実が、マージョリーの逆鱗に触れた。


 彼女の目には、二人の姿がまるでデートを楽しむ、仲のよい恋人同士の様に映っていた。


 何よ! 人が黙っているのをいい事に、さっきからイチャイチャイチャイチャ!

 命懸けの戦いを前にしているのに、キョウったら一体何を考えてるのよ! まるで緊張感が無いじゃない! 不真面目だわ!!

 そもそも一騎討ちに女連れって何よ! ふざけているわ! 一体全体誰なのよ!? その女!

 確かこの前見かけた女ね! 何よ、べったり甘えちゃって! キョウはそんな女が好きだって言うの!?

 確かに顔は……、女の私から見ても、物凄く可愛いと思うけど、何よその貧相な身体は!

 私だって総合力では……負けて無いわ……、多分。

 いけないいけない、弱気は禁物よ!

 そんなすぐに折れちゃいそうな身体で、丈夫な赤ちゃんが産める訳無いじゃない! その点私なら、必ず丈夫な赤ちゃんを産んで見せるわ、ちゃんとキョウの血統を後に残してやれるのに、アビィだって私達の赤ちゃんが欲しいって言ってたじゃない!

 何よ~、見つめ合っちゃって~!

 こら!キョウ!見るんだったら私を見なさい!

 だいたい貴方は私の裸を見たのよ!

 初めてだったのよ!

 年頃になってからは、他の誰にも見せた事が無いんだからね!

 それがどういう事か、分かっているの!?

 すっごく、すご~く恥ずかしかったんだからね!

 あの時、大切にされて凄く嬉しかったのに、なんだってこんな女を……。

 あ~っ! また見つめ合った~! きぃ~っ! 悔しぃ~っ!

 お~の~れ~!


「マージ、マージ」


 ディオの親爺の再三の呼びかけで、マージョリーは我に返る。


「ふぇい?」


 間抜けな返事を返したマージョリーに、ディオの親爺は心配そうに尋ねる。


「どうしたんじゃ、マージ、気分でも悪いか?」

「い、いえ……、何でもないわ、大丈夫。で、何?親爺さん」


 マージョリーはしどろもに答える。


「ふむ、異存が無ければ、そろそろ始めたいのじゃが、延期した方がよいかの?」

「あ~っ! 大丈夫、やる! 出来る! 始めましょう」

「やっぱりマージは可愛いな」

「!」


 慌てて取り繕うマージョリーに、キョウは可笑しそうに笑ってそう言うと、真っ赤な顔でマージョリーはキョウを睨み、彼の足を思い切り踏みつけた。


「いってぇ~」

「ちょっとアンタ、私のマスターにいきなり何するのよ!」

「ふんっ! 自業自得よ! さぁ、始めるわよ!」


 キョウは、ぷりぷり怒ってリュミエールに乗り込むマージョリーを、微笑みながら見送った。


「さて、こちらも行きますか」

「はい、マスター」


 キョウとマグダラも、アザトースに乗り込んだ。


「全く! ホントに何を考えているんだか……」


 ぶつくさと文句を言いながら、マージョリーはリュミエールの武装を展開した。

 リュミエールの主武装は、超長距離魔導砲槍『蕃神(ばんしん)』である。六段中折れ式の、長柄の大地槍ガタノトアに、紅蓮剣ヤマンソ、聖水剣ハイドラを組み合わせた三叉の槍で、長距離戦では砲戦兵器、中距離戦では槍、近接戦闘では、ヤマンソとハイドラを取り外して両手に展開して戦う。


 マージョリーは近接戦闘のセオリーに則り、ヤマンソとハイドラをリュミエールの両手にそれぞれ展開装備した。そして、対峙するアザトースに目を向けると、信じられない物をそこに見たマージョリーは唖然とする。アップデートされた怒りに、マージョリーはこめかみをヒクつかせた。


「あのヤロ~っ!」


 小さく呟いて、キョウとアザトースを睨む。


「何やってるのよ、キョウ! 真面目にやりなさい!」


 思わず叫んだマージョリーの視線の先には、武装を展開するどころか、胸部装甲とコクピットハッチを開いたままで、その開口部にマグダラを横座りに座らせたアザトースが、のほほんと立っていた。


「えっ? 何が?」


 マージョリーの中で、貴方からあの野郎までに地位の急降下爆撃を続けるキョウが、彼女の剣幕に驚いた様に聞き返す。


「その子を下ろしなさい! それから、武装はどうしたの!?」

「ああ、何だ、そんな事か」


 キョウはマージョリーの言葉を、さらりと受け流す。


「この子の事は、気にしなくて良いぜ」


 マグダラが、にっこり笑ってキョウを見つめる。キョウは辺りを見回すと、近くに生えていた、アザトースの胸辺りの高さに成長した若木を引き抜く、鋭く一回転させてから、右手で木の根元を掴み、左手で刀を抜く様に撫でる。


 若木は光を放ち、一振りの木剣となった。


「武装はコイツで良いや、どう? マグダラ」

「素晴らしいですわ、マスター」


 キョウは木剣を満足気に眺めると、マグダラにできばえを確認する。するとマグダラは、にっこりと笑って賞賛した。キャッキャウフフな二人の態度に、マージョリーの心の(たが)が、一つ弾け飛ぶ。


「馬鹿にしてぇ~っ!」


 キョウとマグダラを睨む、マージョリーの双眸が、それぞれ赤と白に輝く。

 瞳の輝きはリュミエールに伝播し、左右に別れ、赤い光は紅蓮剣ヤマンソに、白い光は聖水剣ハイドラに、それぞれ集束する。


「これでも、まだ馬鹿にする気!」


 赤と白の瞳で、マージョリーは二人を激しく睨む。


 ヤマンソは超高熱のプラズマの刃、ハイドラは凍てつく絶対零度の刃をそれぞれ形成し、リュミエールの手に構えられた。

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