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精霊機甲ネオンナイト 《改訂版》  作者: 場流丹星児
第一部第二章 一騎討ち
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神隠し

「これで良し、と」


 アビィに男の子の服を着せ、長い髪をひっつめて帽子に隠し、マージョリーは頷く。


 マージョリーは昨日仕留めた賞金首を提出し、賞金と引き換える手続きをする為にギルドに出掛けねばならないのだが、少々問題があった。


 クラノンに懸けられた賞金は、A級二種丙であり、更に単独退治の一類となる為(本来は協力退治なので二類となるが、協力者不明の為マージョリーはちゃっかり一類で申告)、小規模のダンウィッチギルドでは処理出来ないので、統括ギルド機能を持つ、大規模のミスカトニックギルドに手続きに行かねばならない。


 問題はここで発生する、ダンウィッチからミスカトニックへは、マージョリーのリュミエールで約半日の時間を要する、更に手続きの時間を考えると、泊まりがけを覚悟しなければならない。

 しかし、自分がそれだけ家を空けると、アビィが寂しさに耐えきれず、一日中泣いてしまい、他の留守番の子供達の負担になってしまう。そんな訳で、マージョリーは先日の罪滅ぼしの意を含め、アビィを連れて行く事にした。男装させる理由は、誘拐や連れ去りを恐れての事である。ミスカトニックは、懇意にしているディオの親爺が睨みを利かせているので、ギルド内は比較的安心出来るが、用心に越した事はない。道中の心配もある。


「じゃあ、行ってくるわね。みんな、留守番よろしく頼んだわよ」


 他の子供達はアビィを羨んで、不承不承の返事をする。特にアビィと年齢の近いラーズの不満は大きく、ついつい本音を口走る。


「チェッ、アビィばっかり、ずるい」


 口を尖らせるラーズを、マージョリーは優しく諭す。


「ごめんねラーズ、今回は我慢してね。その代わり、良い子で留守番してくれるって約束してくれたら、お姉ちゃんお土産買って来てあげる」


 お土産という言葉に、ラーズは目を輝かせる。


「本当! 絶対だよ!」

「ええ、勿論、約束よ。みんなにも買って来るから、お願いね」

「は~い、お姉ちゃん行ってらっしゃい」


 元気良く返事した子供達は、飛び去るリュミエールを、見えなくなるまで見送った。


 往路は何事も無く、アビィは初めて見るダンウィッチの外の景色に、終始ご満悦だった。ミスカトニックに到着すると、マージョリーは事務手続きを行う為に、アビィの手をひいてギルドの窓口に向かう。


「こんにちは。親爺さん、居る?」

「おお、マージじゃないか、久しぶりだな、元気にしておったか?」


 ディオの親爺は、マージョリーを笑顔で出迎えた。


「はい、お陰様で。親爺さんも元気そうで」

「おう。この子は? 新しく引き取った孤児か?」


 ディオの親爺の問いに、マージョリーは辺りを警戒し、小声で答える。


「アビィよ。ちょっと訳ありで、連れて来たの」

「そうか、絶対に目を離すんじゃ無いぞ」

「分かってる」

「うむ。で、今日は何の用じゃ?」

「賞金首の手続きに、ブツはリュミエールのウエポンラックに取り付けた箱に入っているわ」

「おお、そうか、人を遣って取りに行かせよう。じゃが、それなら何もここまで……」

「丙が有るのよ」

「ふむ、なら仕方ないな」

「時間、どのくらい掛かる?」

「明日の午前中には手形を発行出来るだろう、宿でも取って来るといい」

「ええ、そうするわ。じゃあ、また後で」


 ギルドを後にしたマージョリーは、アビィの手を引いてホテル&レストラン『シュブ=ニグラス亭』に向かった。


 初めて見る大きな街にはしゃぐアビィに目を細めながら、手を繋いで歩いて行くと、反対方向から大勢の人だかりが向かって来た。人だかりの中央には、白騎士教団のアーミティッジ枢機卿が、肩にペットのシャンタック鳥を乗せ、従者を従えて歩いている。取り囲む信者達は、口々に「マリアの御加護を」「白騎士の慈悲を」と唱えている。


「この子に、マリアの御加護を」


 マージョリーはアビィの手を引いて、彼等に道を譲り、頭を垂れて祈りを捧げた。


 ふと、彼女は違和感を感じて頭を上げた、シャンタック鳥と目が合った。


 テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ


 突然シャンタック鳥が鳴き声を上げた。


「このシャンタック鳥、変」


 マージョリーは、本能的に嫌悪感を感じた。


「さぁ、アビィ、行きましょう」


 その場を離れようとしたマージョリーは慄然した。


「アビィ……、アビィ!」


 ついさっきまで手を繋いでいた筈のアビィが、忽然と姿を消している。


「アビィ、アビィ!」


 マージョリーは、神隠しに会った様に突然姿を眩ました、アビィの姿を求めて走り出した。


 


「ここ、どこ? 」


 アビィはキョロキョロと周りを見回す。


「マージおねえちゃん、どこいったの? 」


 いきなりマージョリーとはぐれ、見ず知らずの場所に強制転移させられてしまったアビィは、心細くなって後ずさり、バランスを崩して尻餅をついた。その拍子で帽子が落ち、ひっつめていた髪がほどける。


 道行く者が、アビィに注目した。


 女の子じゃないか!


 気がついた者達の反応は、二通りであった。


「可哀想に、運が無かったな」

「いい儲け口を見つけたぜ」


 前者は争いに巻き込まれるのを避け、足早に立ち去り。

 後者は有力者に売る為、『保護』を口実に連れ去ろうと近づいた。

 近づいた者は、獲物を独り占めすべく牽制し合う。


 そんな事には気がつかないアビィは、マージョリーの姿を求めて見回すと、落とした帽子に気がついた。立ち上がって拾おうとすると、帽子はコロコロと道を転がっていく。


「あっ、待って!」


 アビィは慌てて、帽子を追って駆け出した。


 帽子は、アビィの知らない男の足下で勢いを殺し、倒れて止まった。それに気づいた男はしゃがんで帽子を拾い上げ埃を払い、アビィと目線を合わせて手渡しながら声をかける。


「これ、お嬢ちゃんの?」

「うん……」


 優しく微笑む男に安心したアビィは、気が緩んで泣き出した。


「マージおねえちゃん、いないの。マージおねえちゃん、どこいったの?」


 男はアビィを抱き上げた。


「そっか、お姉ちゃんとはぐれちゃったのか~? それは困ったねぇ~」


 男はそう言って、アビィを肩車する。


「よし、お兄ちゃんが一緒に探してあげる」

「ほんとう?」

「ああ、本当だよ」


 グゥ~ッ。今度はアビィのお腹の虫が鳴き出した。


「あっ」

「その前に、何か美味しい物でも食べようか? 実はお兄ちゃんも、お腹がペコペコなんだ」

「うん」


 アビィを肩車して歩き出した男に、連れ去ろうとした男達が声をかけた。


「よう、兄さん」

「何だい」

「その子、俺達の連れなんだ。保護してくれて有難うよ。こっちに渡してくれねぇか」

「お~、随分ゴツい『お姉ちゃん』だな。ねぇ、この人達、知ってる?」


 肩車の男は、彼等に一瞥をくれた後、アビィに聞いた。


「しらない」

「だってさ」


 アビィの答えを聞いた男は、にべもなく吐き捨てて立ち去ろうとした。アビィを連れ去ろうと狙っていた男達は本性を表し、二人を取り囲む。


「この優男! 俺達の獲物を横取りしようとしたって、そうはいかねぇぞ!」


 一斉に飛び掛かるが、手が触れる瞬間、そこにいた二人が消え、俺達はぶつかり合い、もつれ合って倒れた。優男と言われた男が、嫌悪感と軽蔑の混じった冷ややかな目付きで彼等を見下ろす。


「小さな女の子に、よってたかって野蛮だな。ご退場願おうか」


 男の首飾りが輝くと、倒れた男達は、這い寄る何かに連れ去られた。


 アビィは首飾りの中で、手を振る小さな影を見つけ、不安な気持ちが全部消し飛んだ。上機嫌で男の頭にしがみつく。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 そこから立ち去った二人は、道行く途中、多くの信者を従えて歩く、白騎士教団枢機卿一行と出くわした。男と枢機卿の視線が一瞬鋭く交錯する、小さく激しい火花が二人の視線の間に散った。枢機卿は男の肩の上のアビィに視線を移すと、忌々しげな表情を、対して肩車する男の方は不敵な笑みを、それぞれ一瞬浮かべてすれ違った。



 一方その頃、マージョリーはアビィの姿を探し求めて、ミスカトニックの街を必死に走っていた。


 途中、ギルドに戻り、ディオの親爺に助力を求めると、ディオの親爺はすぐにハスタァとノーデンスに声をかけ、捜索の協力を要請し自らもアビィの姿を求め、ミスカトニックの街を走り出す。


 ある交差点でマージョリーと出くわし、息を切らせて声をかけた。


「どうじゃな、マージ」


 焦りの色を浮かべ、マージョリーは答える。


「ううん、見つからない」

「そうか、こっちもじゃ。こんな時に、一番頼りになる男と連絡が取れないとは、忌々しい」

「ハスタァよりも頼れる奴なんているんだ」


 マージョリーは、少し驚いた。


「ああ、キョウと言ってな、ただ、少し風来坊な所が有って、たまに連絡が取れなくなるんじゃ」

「なら仕方ないわね。私、今度はこっちを探してみる」


 息を整え、駆け出そうとするマージョリーを、遠くから呼び止める声がした。


「マージョリー殿~! 親爺さ~ん!」


 ハスタァが大きく手を振りながら、走って来る。


「ハスタァ」


 足を止めるマージョリー。


「マージョリー殿、親爺さん」


 息を切らせたハスタァは、一息ついて呼吸を整えてから続けた。


「ビヤーキー隊が、アビィちゃんの目撃情報を掴みました」


 マージョリーの顔に、生気が戻る。


「本当!」

「はい、シュブ=ニグラス亭に、男に肩車されて入って行く所を見たという情報が。今ビヤーキー隊が建物を包囲しています」

「行きましょう!」


 ハスタァの言葉が終わらないうち、マージョリーは全速力で走り出した。


 マージョリー達の目指すシュブ=ニグラス亭では、男とアビィが食事中だった。


「美味しい?」

「うん。おにいちゃん、ありがとう」


 他愛もないキッズランチプレートだが、初めて体験する外食に、アビィは少し興奮気味である。


「どういたしまして。冷めないうちに、たんとお食べ」


 男は優しく微笑む。


 男に促され、アビィは嬉しそうにもう一口頬張ると、今度は悲しそうな表情を浮かべ、涙ぐんだ。その姿に、男は内心驚きつつも、包み込む様な優しい口調で理由を尋ねる。


「どうしたの? 嫌いな物でも入っていた?」


 アビィは大きく首を左右に振って答えた。


「ううん、マージおねえちゃんや、おうちのみんなにも、これ、たべさせてあげたい」


 優しい子だな、この子を見ればサードマリアの人となりも分かる。そう感心した男は、わざと少しおどけた口調でアビィを宥める。


「そうだ、良いことを教えてあげる」


 アビィはきょとんとして、男を見上げた。


「お兄ちゃんの田舎にはね、『笑う門には福来る』っていう言葉が有るんだ」

「わらうかどにはふくきたる?」


 不思議そうな表情で、意味も分からずにアビィは男の言葉を聞き返した。男は頷いて、にっこり笑うながら話を続ける。


「うん。どんなに辛い時や、悲しい時も、それに負けて悪い事や、狡い事をしないで、ニコニコ笑ってみんなの幸せを願って行動すれば、きっと神様がご褒美をくれますよ。って意味なんだ」

「ほんとう?」


 半信半疑のアビィの目に、男は自信たっぷりに答える。


「ああ、本当さ。よし、じゃあ今から、お兄ちゃんと一緒に、神様にお願いしようか」

「うん」


 男の提案に、アビィは勢い良く返事をした。


「よ~し、じゃあ、笑って」


 男の言葉に従い、アビィは笑顔を浮かべると、その笑顔を眩しそうに見つめながら、男は思案をまとめる。


 え~と、この世界で神様と言ったら、やっぱり二人のマリアだよな、うん。


 男は両手を合わせて、目を閉じた。

 アビィも男の真似をして、急いで両手を合わせ、目をつぶる。


「救世の聖女、二人のマリア様」

「きゅうせいのせいじょ、ふたりのマリアさま」


 男の急造の祈りの言葉に、アビィは真剣に続く。


「どうか、優しいマージお姉ちゃんや、大好きなお家のみんなと一緒に」

「どうか、やさしいマージおねえちゃんや、、だいすきなおうちのみんなといっしょに」

「毎日こんな美味しい物を食べて、いつもニコニコ笑いながら」

「まいにちこんなおいしいものをたべて、いつもニコニコわらいながら」

「いつまでも仲良く、一緒に暮らせます様に」

「いつまでもなかよく、いっしょにくらせますように」

「いい子にしますから、どうか、望みを叶えて下さい」

「いいこにしますから、どうか、のぞみをかなえてください」

「お願いします」

「おねがいします」


 二人が即席の祈りを捧げ終わった瞬間、重い店のドアが、蹴破られる様な勢いで開かれた。


 店内の一同、店の従業員、客に関係無く、全ての者が、丸い目でドアに注目する。そこには、厳しい表情の若い女騎士が立っていた。女騎士を認めたアビィは、嬉しそうな笑顔を浮かべた。男はアビィに、良かったね、と、微笑む。


「アビィ!」


 女騎士はアビィを発見するや、疾風の勢いで駆け寄り、そして……


「てぇんめぇ~~!」


 アビィと同席する男の顔面に、渾身の右ストレートを炸裂させた。男は顔面に拳を受けたまま、ゆっくりと立ち上がる。


「良い右ストレートだ、世界を狙えるぞ」


 そう言って、男はニヤリと笑う。


 アビィは呆然として、二人の顔を交互に見上げた。店内の空気が張りつめる。そこに、また店のドアがけたたましく開けられ、ハスタァとディオの親爺が駆け込んで来た。


「マージョリー殿!」

「マージ!」


 二人は店内の光景を見て驚愕する。ハスタァは「あっ! 」という表情で固まり、ディオの親爺は「やれやれ」と目を閉じ、首を小さく左右に振った。男は二人を認めると、顔面に拳を受けたままの状態で彼等にコルナを送り、声をかける。


「よお」


『女騎士』マージョリーは、右ストレートを放った姿勢のまま後ろを振り返る、そして罰の悪い表情を浮かべ、男に向き直る。


「知り合い……、だったの……?」


 男は答える代わりに、ゆっくりと崩れ落ちた。


「キョウ殿!」

「キョウ!」


  ハスタァとディオの親爺は、急いで二人に駆け寄った。


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