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精霊機甲ネオンナイト 《改訂版》  作者: 場流丹星児
第一部第二章 一騎討ち
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おともだち

「にゃる、しゅたん!」


 ナイアルラートは、大荷物である羊皮紙を抱えながらも、見事な着地を決めた。


 ここはキョウに頼まれた、もう一仕事のお使い先、ダンウィッチにある孤児院、その経営者の寝室である。


 ここにはもう何度もお使いに来ており、もう勝手知ったる何とやらである。ではあるが、お使いとはいえ、彼女は正面から堂々と


「ごめんください」


 と断って、家人に案内されて中に入る訳ではない。こっそりと、誰に気付かれる事無く忍び込むのが常であった。そして例の羊皮紙を、さりげなく目立つ場所に置いて、来た時同様にこっそりとキョウの元に帰るのだった。


「にゃる、がしゃんな」


 前回はキッチンの水場に置いたから、今回はここにしましょうと、ベッドの枕の上に羊皮紙を置いた。ここまではいつもの如く、さて帰ろうと飛び立とうとした時、いつもとは違う大事件が彼女の身に起きた。


「かわいい。あなた、だあれ?」


 と、いきなり後ろから抱きかかえられたのである。


「にゃ~~~~る~~~~~~!」


 驚いてパニックに陥ったナイアルラートは、自分を抱える腕を夢中で振りほどき、滅茶苦茶に寝室の中を逃げ回った。その後ろを、抱きかかえた人物が、声をかけながら後を追う。


「こんにちは、わたしアビィよ。あなたはなんていうおなまえ?おともだちになりましょう」


 そんな言葉も、パニクるナイアルラートの耳には入らない。ベッドの脚やら壁やら天井やらへ、鼻の頭やおでこをガッチンゴッチンぶつけながら、ほうほうの体で天井近くの棚の隅に身を隠し、頭を抱え震えてうずくまる。棚の奥に隠れたナイアルラートに、その人物は必死に声をかける。


「ねぇ、わたしとおともだちになって。こわいことしないから、にげないで、なかよくして」


 人物の声はしだいに涙声になって行く。様子の変化に気がついたナイアルラートは、恐る恐る棚の上から窺うと、小さな女の子が目に一杯涙を浮かべ、こっちを見上げている。女の子と目が合い、思わずナイアルラートは頭を引っ込めると、女の子は声をあげて泣き出した。

 もう一度、そ~っと頭を出す。泣いている女の子の姿に、ナイアルラートの胸は締め付けられた。彼女は意を決して棚から飛び出し、女の子の顔の高さまで降りた。 そ~っと顔を覗き込み、そして両手で目を覆って泣く女の子のおでこにキスをした。女の子は驚いて、覆った目から手を放す。


「にゃる」


 ナイアルラートが、恥ずかしそうに微笑みかけると、女の子は泣き止んで、大輪のひまわりの様な笑顔を浮かべた。


「にゃるにゃるにゃるにゃる~」


 その笑顔に、ナイアルラートは一撃でキュン死した。


「にゃるちゃん? にゃるちゃんね、わたしアビィ!」

「にゃる、がしゃんな!」


 二人は手を取り合って遊びだし、いつしか遊び疲れ、仲良くベッドの中で眠りについた。


 二人が可愛らしい寝息をたてて、夢の中で遊びの続きを楽しんでいる最中、この家の主人がダンウィッチギルドから帰宅した。子供達がちゃんと昼寝しているかどうか、そっと部屋を回って確認する。


 一人姿が見えない。


「またアビィね、ほんと甘えん坊さんなんだから」


 居場所は見当がついている、自分の寝室のベッドで寝ているのだろう。自分の外出が長引くと、孤児院の年長の子が宥めても、恋しがってぐずりだし、自分のベッドに潜り込み眠るのだ。ならば急がねば、早く起こして安心させなければ、おねしょの危険がある。主人は自分の寝室へと急いだ。


 寝室の扉を開けると、今目を覚ましたらしい幼い女の子が、寝惚けまなこを擦りながら、ベッドの上で半身を起こしていた。


「……マージおねえちゃん、おかえりなさい」

「ただいま、アビィ。いい子にしてた?おしっこ大丈夫?」


 マージおねえちゃんことこの家の女主人、マージョリー・リュミエール・アイオミは、優しくアビィの頭を撫でた。


「だいじょうぶ。これ、おてがみ」


 未だに寝惚け気味のアビィは、少し眠たそうにナイアルラートが持って来た羊皮紙を手渡した。


「!」


 マージョリーは、アビィの差し出した羊皮紙を見て驚いた。この羊皮紙は、ここしばらく送られて来る、送り主不明の賞金首情報である。


「ねぇアビィ、このお手紙、誰が持って来たの? 分かる?」

「にゃるちゃん」

「にゃるちゃん? 誰、その子?一体誰なの?」

「おともだち」

「お友達? 近所にそんな子いたかしら?」


 思案するマージョリーの眼前を、不意に身長三十センチ程の黒い妖精が、寝惚けながらふわふわと横切った。


 アビィが妖精を指差して、もう一度答える。


「にゃるちゃん、アビィのおともだち」

「!」


 マージョリーは思わず息を飲んだ。


「ニャルラトホテプ!?」


 ニャルラトホテプとは、最高位の精霊の一種である。アザトースの眷族であり、古くは人間界と精霊界を繋ぐ役割を持つ存在と信じられ、信仰の対象にされる事もあったが、今では完全に衰退してしまった。人間界に顕現した妖精体は、もはや絶滅危惧種であり、ここ百年余り目撃情報は無い。


 原因は人間による乱獲、いや、虐殺である。


 虐殺の理由は、初代ネオンナイト、ロニー・ジェイムスの遣い魔妖精がニャルラトホテプであった、という事である。


 禁忌の精霊機甲アザトースの眷族であり、反逆のネオンナイトの遣い魔妖精。


 白騎士教団がニャルラトホテプに多額の賞金を懸け、絶滅指定種と認定するには充分過ぎる理由だった。


 そして、その認定は未だ解除されてはいない、マージョリーの目の色が変わった。この妖精を捕まえたら、多額の賞金が手に入る。それは自分が守れなくなった後、この子達の将来に大きく寄与する物となるだろう。マージョリーは、ナイアルラートを捕らえるべく身構え、そして飛びかかっていった。


 アビィは、マージョリーの異変に気がついて、必死に訴える。


「にゃるちゃん、アビィのおともだちなんだよ、おてがみもってきてくれたのよ、いいこなんだよ」


 多額の賞金に心奪われたマージョリーに、アビィの心と声は届かなかった。


「アビィ、いい子だからそこをどいて」


 マージョリーは視線をナイアルラートに向けたまま、アビィに命じた。


 アビィは、いつもの優しいマージおねえちゃんが、とっても怖いマージおねえちゃんに変わってしまい、激しく狼狽した。しかし、大切なお友達を守る為、そして何より大好きなマージおねえちゃんに、元の優しいマージおねえちゃんに戻って貰いたくて、必死にしがみついた。


「だめ、マージおねえちゃん、だめ。にゃるちゃん、アビィのおともだち。こわいことしないって、やくそくしたの」


 マージョリーはナイアルラートを見据えたままにじり寄り、必死のアビィを振りほどく。


「アビィ、お願いだから邪魔しないで! いい子だからじっとしてて!」


 アビィはなおも、マージョリーの足にしがみついて訴える。


「だめ、マージおねえちゃん、にゃるちゃんをいじめないで!」

「アビィ!」


 振り払おうとした手の勢いが余り、マージョリーはアビィを突き飛ばしてしまった。


「!」


 我に返ったマージョリーが目を向けると、そこには怯えきった表情で、自分を見上げるアビィがいた。


「いやだ……、マージおねえちゃん……、こわい、こわいよ~」


 アビィは堰を切った様に泣き出した、その姿を認めたナイアルラートは逃げ回るのを止め、自分が捕まる危険を顧みず彼女に飛び寄り、一瞬慰める表情を浮かべて顔を覗き込む。その後、凛とした表情でマージョリーを睨み付け、両手を広げてアビィを庇った。


 悔恨の念がマージョリーを襲う、思わず天を仰ぎ歯軋りをする。


 何をやっているんだ、私は。


 苦い思いを胸にしまい、マージョリーは再び優しい表情を懸命に浮かべる。静かにアビィの前に歩み寄り、しゃがんで顔を覗き込んだ。


「ごめんね、ごめんなさい、アビィ。お姉ちゃんが悪かったわ、お姉ちゃん……どうかしてた、本当にごめんね」


 一生懸命アビィを守る、ナイアルラートにも声をかける。


「あなたもごめんなさい、折角アビィのお友達になってくれたのに、酷い事して悪かったわ。ありがとう、アビィと友達になってくれて」


 ナイアルラートは警戒心を解いて、二人の間から離れた。


「マージおねえちゃ~ん!」


 アビィがマージョリーの胸に飛び込んだ、マージョリーは優しく、そしてきつく抱きしめ、頬擦りをした。

 ナイアルラートもアビィの後頭部を、両手を一杯に広げて抱きしめる。


 安心したアビィは、ようやく泣き止んで、あの大輪のひまわりの様な笑顔を見せた。


「さぁ、もう大丈夫だから、あなたもご主人の所に帰りなさい。それと、これ、ありがとうって伝えて」


 羊皮紙を掲げて、マージョリーはナイアルラートに声をかけた。窓を開け放ち、送り出す際に、もう一度声をかける。


「怖い思いをさせた私が、言えた義理じゃ無いかも知れないけど、よかったら又来て、この子と遊んであげて、お願い」

「にゃる、がしゃんな」


 ナイアルラートは笑顔で答え、飛び去った。


「にゃるちゃん、バイバイ、またきてね」


 手を振って見送るアビィと一緒に、ナイアルラートの後ろ姿を見送るマージョリーの胸中には、自己嫌悪の嵐が吹き荒れていた。


 最低だ……、私は。



翌日、愛機のリュミエールを駆り、情報の賞金首を捕らえる為に、マージョリーは孤児院を後にした。


「あの羊皮紙の情報によると、大体この辺りね」


 マージョリーは周囲の警戒を始めた。


 ダンウィッチの美しき精霊騎士

 機械魔導師マージョリー・リュミエール・アイオミ殿

 貴公に『供物』を捧げる為

 某所にて祭壇を築くものなり

 願わくばお受け取りいただきますように望みまする

 因みに『供物』は高額賞金首であるが故

 精霊機甲に搭乗しておいでませ

 万が一にも悪戯などと疑う事なかれ

 謎の男より


 という内容の羊皮紙が、マージョリーの下に届けられる様になって、かなりの日数が経つ。初めは単なる悪戯の類いと思ったマージョリーであったが、仮に空振りでも損は無し、情報通りに近場で賞金首を捕縛できるのなら儲け物と、軽い気持ちで指定の場所に赴くと……


 いた、それもかなりの上物。


 金色の触手に、うねうねと無様に絡み捕らえられている『供物』を、濡れ手で粟と捕らえようとした時、触手は金色の粒子になった後、霧消してしまった。マージョリーは自由を回復した『供物』と一戦を交え、辛くも捕縛してギルドに突き出した。


 賞金を受け取ったマージョリーは、情報を有難く思いながら、同時に釈然としない思いを抱いた。


「何で触手を消しちゃうのよ、供物を捧げると言うなら、最後までちゃんと捕まえてなさいよ!」


 苦情をぶつけに、謎の男第一候補者のハスタァを訪ねると、彼はとても狼狽していたものの、その様な羊皮紙を出した覚えは無いと完全否定し、公務に出かけると誤魔化して遁走した。


 送り主の情報を掴む事は出来なかったが


「まぁいいか、私とリュミエールに狩れない賞金首なんて居ない筈だし、とりあえず釘にはなったでしょう」


 と納得する事にした。


 その後、幾度も羊皮紙は届き、その度マージョリーは賞金を稼いだ。謎の男の言う所の、所謂『祭壇』に近づいたら、警戒のレベルを上げれば済む話だ、なんという事ではない。


 昨日の一件で、謎の男がハスタァではない事がはっきりした。

 本当に一体誰なのだろう?

 ニャルラトホテプを遣い魔に持つ男、まるで伝説のロニー・ジェイムスではないか。


 そんな事を考えていると、祭壇であろう金色の触手の塊を発見した。


 さて、本日の『供物』は誰だろう?


 目を凝らすと、そこには忘れたくても忘れられない、憎い男の姿があった。


 かつて娘狩りに襲われた時、私を捕まえ服を脱がせ、逆さに掲げたあの男だ!


 脇腹の火傷の痕が疼く、マージョリーの感情は爆発した。怒りと復讐心の赴くままに、憎い仇に突撃をかけた。

 


  祭壇から少し離れた場所で、結界呪法に身を隠し、一部始終を見届けようと、特等席に陣取る者がいた。謎の男こと、キョウとマグダラのコンビである。


「始まったね、さて、今回のお手並みは?」


 と、言い終わらないうちに、祭壇は光と共に超高熱に曝されて分子結合が崩壊した後、極低温の洗礼を受けて原子は振動を停止する。最後は超高圧に飲み込まれて圧壊した。祭壇のあった場所は醜く抉れ、文字通り『草木も残らず』の状態である。


「瞬殺でしたわね、マスター」

「光って凍って潰れたか……、あの程度の相手じゃ、もう訓練にもならないね」

「ええ、次の段階に進む頃合いですわね。あら、ハッチが開きますわ」


 精霊機甲のハッチが開き、中の搭乗者の顔が露になる。その顔を見て、マグダラは心底感心した声を出す。


「本当に……、見れば見るほどマリア達にそっくり」


 キョウも同様に、感心した声を漏らす。


「うん、見れば見るほど鞠川三尉にそっくり」

「あら、誰ですの、その方? 」


 少し嫉妬を含んだマグダラの問いに、キョウは口笛を吹いて誤魔化した。


「マスター!」

「内緒」


 語気を強めたマグダラに、キョウはしれっと答えると、マグダラは更に語気を強めて問い詰める。


「マスター! 私達の間に、内緒や秘密は厳禁ですわ! 誰ですの、今の方は?」

「そのうち分かるよ」

「い~や~で~す~! そのうちだなんて、い~や~で~す~。い~ま~、い~ま~お~し~え~て~く~だ~さ~い~」


 キャッキャウフフな二人だった。

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