とある盗賊の受難~勇者パーティなんかに入るんじゃなかった~
我らが勇者パーティは、自慢じゃないが歴代でもとびきりの逸材が揃っている。
まず一団の切り込み隊長を担っている剣士のアレクセイは、天下一の剛力でその名を知られた筋骨隆々の大男ながら、技術においても都の三つの剣術道場で免許皆伝を受けるほどの芸達者だ。一対一の決闘で彼と戦って勝てるものは、世界広しといえども数えるほどしかいないだろう。
魔法使いのエリアも、都に名を轟かせる天才だ。彼女の記憶力は常人の域を遥かに凌駕しており、それ故に暗記している魔道書の数も人の数倍で留まらない。並一通りの魔術師が、何冊もの魔道書を広げながらその場その場に応じて呪文を練り上げているうちに、彼女は頭の中だけで詠唱まで完璧に済ませてしまう。
吟遊詩人のディアナも、大変に心強い仲間の一人だ。旅の途中で出会った彼女は、僕達の冒険譚を歌にしたいと言って、それからずっと旅の手助けをしてくれている。彼女は魔王城までの地理や魔物についての知識にも通じているが、何よりも特筆すべきはその戦闘能力である。彼女は流星のように襲いかかってくる攻撃を羽根のように躱し、鋼のように固い魔物の表皮を徒手空拳で易々と砕く。先ほど言ったアレクセイに一対一で勝てるかも知れない数えるほどの人物の中に、彼女は当然含まれている。……もっとも、吟遊詩人という職業は本来前衛で戦うものではないはずだけれど。
気を取り直して、四人目、僧侶のマリーについて話をしよう。彼女は帝国全土に遍く行き渡る国教にして大宗教の若きホープである。齢三歳の頃から教会で祈りを捧げ続けた筋金入りの聖女である彼女は、教団に伝わる癒やしの秘術を世界の誰よりもマスターしており、彼女の手にかかればあらゆる傷病はたちどころに癒やされてしまう。死人と老衰以外は敵ではないとすら豪語していたが、あながちそれは間違いではないのだと思った。
五人目にあたるこの俺、大盗賊のガリウスは、他の四名と比較すると少々見劣りする。と言っても、こそ泥稼業に明け暮れている有象無象の盗賊共と一緒にされては困る程度には優秀だ。人の手によって作られた程度の鍵ならば、どんなものだって突破してみせる。建物の抜け穴を、外観を一目見ただけで看破することもできる。人目に隠れて忍び込み、こっそり何かを盗み出すのだって朝飯前だ。罠を仕掛けるのだって大の得意で、今まで名の知れた魔物を何体も、爆薬ととらばさみだけで始末してきた。
そして最後――――我らがリーダーにして、輝かしき栄光をその身に背負った勇者グランディオは、圧倒的カリスマと鬼神の如き戦闘力、そして何より神がかり的なツキを味方につけた歴代最優の勇者である。この男が町に現れれば、たちまち歓声が沸き起こり、彼のファンである女性達が群がるようにパーティに押し寄せる。そんな光景を俺は何度も目にしてきた。
これほどの豪華メンバーで始まった魔王討伐の旅は、当然のことながら気持ち悪いほどとんとん拍子に進み、立ち塞がる魔王の部下や邪魔をする地方領主などを赤子の手を捻るように成敗しながら、あっという間に魔王城の麓まで行き着いた。
しかし、いよいよ明日は魔王城攻略に挑まん、とするところで、突然マリーが大事な話があると言い出した。追随するように、ディアナも、エリアも、グランディオも、それぞれに大事な話があると言い出したのだ。
俺は不思議に思いながらも、麓の町の宿の受付をして、各自に鍵を配った。ついでに落ちついて話ができるように、宿の最上階にあるレストランを貸し切った。
そして俺は荷物だけ置いて彼らの到着を待っていたのだが――――めいめいに姿を現した仲間達は、いずれも大変奇妙なことになっていたのである。
◆◇◆◇◆
『グランドホテル・ヤパパーナ』。
魔王城近くで一番豪華な宿と銘打ってるだけあって、レストラン一つとっても今までの宿とは格が違うのが分かった。
そもそも道中で使ってきたホテルは、その大半が民宿に毛が生えた程度の安宿で、料理も部屋も決してハイレベルとは言えなかった。場合によっては民泊だったり、野宿だったりしたこともあったほどだ。これはリーダーである勇者グランディオが、質素倹約を心がけているからで、パーティメンバーの俺たちも奴の自己満足に延々付き合わされてきた。
しかし奴を無理やり説得してもぎ取ったこのホテルは、値が張るだけあって料理も設備も大変に素晴らしい。
まず部屋に入ると地元特産の焼き菓子がそっと添えられていたのが素晴らしい。お茶くらいならどんなホテルを取っても大抵用意してくれているものだが、ちゃんとした美味しいお菓子が部屋で出迎えてくれると、それだけでなんだかとても幸せな気持ちになれる。
部屋を出る前に一度座っただけだがベッドもふかふかだったし、インテリアも良いものを使っていた。浴場も綺麗だったし、窓から見える景色も風光明媚で最高だ。
レストランで仲間を待つ間暇だったので、葡萄酒と一緒に軽くおつまみのようなものを注文したら、これがまた絶品だった。
お通し程度に出されたナッツの時点で、今まで食べたことがないほどまろやかでジューシーな味わいだったし、注文したローストビーフは、ローストビーフのくせに口の中でまろやかにとろけて、それでいてローストビーフ本来の食べ応えや肉味も失っていない。数百年物だという高級ワインからは、全身に満開の薔薇が咲き誇るような心地を味わった。
最後だし、英気を養うのも兼ねてちょっと高いホテルを取ってみて良かった――――! あの堅物のグランディオを苦労して説得した甲斐もあったというものだ。今までの旅では大変なことも沢山あったけど、このホテル一つでその疲れがねぎらわれてしまうほど素晴らしい! やっぱり泊まる場所にはお金かけないと駄目だ! うん!
……と、俺はワインをたしなみながら、一人で良い気分に浸っていた。
だが、そんな心地よいホテルの雰囲気も、目の前に現れた仲間の姿を見た途端に吹き飛んでしまった。
五人がテーブルに集まったのはチェックインからおよそ一時間後。
俺が注文した酒やつまみを一通り腹に収めてしまった頃のことだった。
「……お前ら一体どうしたん?」
まず、マリーを見る。
彼女は国教の僧侶であり、同宗教の聖職者は清廉潔白であることを要求されている。従って彼女はどんな暑い季節でも、肌を殆ど露出しない修道服を身につけていた。暑くないのか、と彼女に聞いたら、神のことを思えばこの程度なんでもありませんなどと、健気に答えていたのを覚えている。それは日常でも変わりなく、修道服以外を着ることこそたまにあったものの、肌を露出するような服を身につけたことは一度もなかった。
しかし今の彼女の格好はどうだ。
ノースリーブのヘソ出しTシャツにホットパンツ、そしてサンダル。常識の範囲内で最大限に肌を露出している。これ以上露出したら変態扱いされて捕まるんじゃないかと思うほどに。
俺はその時はじめて、彼女の体型が女性らしさを残しつつもすらりと引き締まった、完成されたモデル体型であるということに気が付いた。まあそんなことはどうでもいい話だ。
「神のためを思って露出してこなかったんじゃないのか」
俺が聞くと、マリーは頷いた。
「はい、その通りです。私は幼い頃からずっと神にこの身を捧げてきました。そうすることが、人々の救いになると思ったからです。しかし、私が助けられるのは、目の前にいる人だけ。それも完全ではありませんでした。私は無力さに行き詰まり……今までずっと悩んできたんです」
確かに、色々なことがあったもんな。
魔族によって全てを破壊された村を、今まで何度も目にしてきた。人生を壊された人々や、失われてしまった自然なんかも……。
彼女の力をもってすれば、生きてさえいれば命を救うことはできる。だけど、死んでしまったものは蘇らせられないし、壊されてしまった町も元に戻せない。それに、仮に助けることができたとしても、傷や後遺症が残ってしまうこともある。
完璧に見えた自分の力が、実は完璧でもなんでもなかったということに気付いた彼女の絶望は、俺が想像するに余りあるだろう。
だからって露出狂になるのはおかしいだろうがよ。
「え、何? 何を思ってそうなったの? ちょっと理解が追いつかないんだけど?」
「私、思ったんです。本当の意味で人を救うためには、何ができるか。それはきっと、対症療法のように一つ一つの苦しみを取り除いていくことではなく――――……」
そして彼女は立ち上がり、椅子に足を乗せ――――足下からエレキギターを取り出してギュンギュン鳴らした。
「……は?」
「――――希望そのものを与えること。私、突然ですがミュージシャンになります」
「ふざけんな!」
俺は思わず手元にあったダスターを投げつけた。汚れ一つないダスターはマリーの顔面に直撃し、床にぽとりと落ちた。
「ジャンルはロックです!」
マリーは意に介していなかった。
「聞いてねえよクソが! なんだお前、一周回って邪気眼でも発症したか!? 何がどう繋がってロックミュージシャンになるんだよ! っつーか、ミュージシャンになろうがてめえの勝手だがせめて終わってからにしろや! なんで!? なんで最終決戦前に転向しちゃったの!?」
「ロックに必要なのは反骨精神だと聞きました。社会への反骨心と、雄々しいまでの無頼性。それこそがロックの基本だと! だったら、私がロックやろうと思うなら、まずは一番大事なところで反骨しないといけないんですよ!」
「他人に迷惑掛けることをロックって言うなよ! っていうかなんでロックなんだよ! お前ならオラトリオとかゴスペルでもやってればいいだろうが! なんであえてロックなんだよ!」
「私は勇気を与えたいんです。魔族の恐怖に怯える人々に! 魔王を倒したからといって、魔族の残党が全ていなくなるわけではありません。魔物の恐怖はこれからも人々を苦しめ続けるでしょう。だからこそ、勇気が救いになることを教えてあげたい。何も恐れることなんてないと、歌に乗せて届けたい。ロックを志すのも、その表現の一環なんですよ。聖職者である私が、自分から遠い場所にあるロックに手を出すことによって、人は何も恐れるものなんてないということに気付くはずです!」
流石にもうちょっと恐れを知れよ。全人類バーサーカー化でも目論んでんのか。
「あっ、ご心配なく。ミュージシャンに転向したからと言って、明日の魔王戦に参加しないというわけではないですから。できることを頑張るつもりです」
「役に立つのか!? 今まで使ってた癒やしの秘術全部捨てて、ギターかき鳴らすことしかしなくなった奴に何ができるんだ!?」
「というわけで、まずは皆さんに一曲聴いていただきたいと思います! 旅の途中、ずっと作っていたファーストシングル! 『猥雑なモノクローム』!」
そう言うと、制止する間もなく彼女はギターをかき鳴らし、歌いはじめた。
「♪朝早く起きたんだ 君がいなくなった朝 終わらないと思っていた時間が終わったことを 目覚ましの音で知ったよ~」
思えば、国教では僧侶は聖歌の練習をする。ジャンル違いもいいところだが、声楽技術という意味では共通だろう。
ある程度下地がある上で始めることになるわけだから、思っているほど酷いものが出てくるというわけではないのか。
「~♪景色がモノクロに変わってしまってから 君の姿は見えなくなった どっちが先だったのかな 君か世界か~」
いやしかし彼女の曲は……なんというか……。
「♪果てしなく遠く 君がいなくなってしまってから 時間も 世界も 何もかもが猥雑でモノクロで それで声が聞こえなくなって~」
………。
「♪猥雑な景色の中に君が立っていた 幻だったかも知れないけど確かに僕の目には~」
「お前はそれでどんな希望を与えようと思ったんだよ!!」
思わずテーブルを叩いた。
「へえっ!?」
「黙って聞いていたら出来損ないのポップスみたいな意味不明だけどなんとなく暗そうな歌詞並べやがって! っつーかなんだあの聞くに堪えない音程は! 外しすぎだろ、この下手くそ!」
歌詞が薄っぺらかったのを置いておくとしても、彼女の歌は聴くに堪えなかった。それは純粋に歌唱力の問題――――彼女は、絶望的なほどに音痴だったのだ。
そうだ、そういえば『聖職者は一般的に』聖歌に心得があるものだが、長旅を共に戦ってきて、マリーの歌声は一度も聞いたことがない。
アレクセイなんかは、気分が良くなると良くオリジナルの鼻歌を口ずさんでいたし、グランディオやエリアの歌も聞き覚えがある。吟遊詩人であるディアナは言うまでもな。
だが、マリーは恐らく今に至るまでオレ達の仲間内で一度も歌ったことがなかった。
それは、自分が下手くそであることを自覚していたということなのだろうか。だからこそずっと歌ってこなかったと――――
「なっ、へ、下手っ……!?」
と思ったが、下手と言われたマリーは大変困惑していた。
どうやらそういうわけでもないらしい。
そもそも歌を唄うという習慣自体がついていなかったのだろうか。ならば残酷な事実をはっきり突きつけてやるしかない。
「ああ、下手だ。お前には全く才能がない。はっきり言って公害レベルだ。口を開いたら」
「そ、そこまで言いますかぁ~~!?」
マリーは顔を真っ青にしてその場に突っ伏した。少々厳しいかもしれないが、きっと必要なことだろう。誰かが現実を教えてやらねばならない。
さて――――マリーが機能停止に陥ったから一旦話は終わりかというとそうでもない。
横にまだまだ悩みの種が控えている。彼らは意を決してその姿になったんだろうし、俺からしてもどうしてそうなったか聞きたくて仕方ない。
「……」
しかしどうして俺以外他人の状況に対して全員一言も喋ろうとしないんだ。
それぞれ後ろ暗いことを抱えているからか、できるだけアクションを起こしたくないのか。
おいおい勘弁してくれ……俺だって人を罵倒するのが好きなわけじゃないんだよ。でも言わなきゃいけないことだから言ってるのに。他の奴らがサボって何も言わなかったら、俺一人が悪い奴みたいだろ。
……心の中でそうぶつぶつ文句をつけたところで、誰かが喋り出すわけでもない。仕方ない、話を進めるか。
「おい、グランディオ」
俺はマリーから、左隣のグランディオへと視線を逸らす。
「なんだ、ガリウス」
グランディオが身につけていたのはパジャマのようなゆったりした服。それは問題ない。前から奴はプライベートでは気の抜けた服を着る傾向があったからだ。
「お前なんで禿げてるの?」
だが、髪の毛が一本もなくなっていたのは解せなかった。
つい一時間前までは、奴自身と同じように主張の強いゴワゴワの髪が、重力に逆らう勢いで直立していたはずなのに――――今グランディオの頭部に広がっているのは見るも無惨な不毛地帯だ。
「これは禿げたんじゃない。剃ったんだ」
「いや剃ったにしても意味分かんないし。なんで剃った」
「出家するからだ」
「はあ?」
この勇者様が何を言ってるのかさっぱり分からない。
「僕は罪深いことを繰り返してきた。懺悔するために出家しようと思ったんだ」
「待て。待て、グランディオ。マリーが乱心するのはまあ百歩……千歩譲って分からなくはない。初期メンバーであり、チームにとって欠かせないサポート要員であり、抜けたらチーム全体が立ちゆかなくなる問題を孕んでいるというのに、ここにきていきなりミュージシャンになるなんて訳の分からないことを言い出したのは確かに大問題だ。正直あり得ない。仲間としてというか社会人としてというか、人間としてどうかと思う。だがマリーは教団本部から派遣された人間だし、最悪代役が立てられないわけでもない。だがな……」
再び俺はテーブルを叩いた。
「お前は辞めたら駄目だろうが、勇者! リーダーだぞ、大黒柱だぞ、屋台骨だぞ! このパーティはお前を魔王城に送り届けるためにあると言っても過言じゃないんだぞ! なのに役割を投げ出すなんて……」
「……ああ、分かってる」
グランディオは真顔で言った。きりりと引き締まった表情が、コイツが伊達や酔狂で髪を剃ったのではないということを俺に理解させる。だからこそ度し難い。
「それでも、誰かを殺すことでしか得られない正義なんて間違っていると思うんだ。少なくとも、僕はこれ以上罪を重ねたくない」
髪を全て剃ってしまった今でも、相変わらずこいつはイケメンだ。それが尚更腹立たしい。
「お前なしで成り立つなら、それも仕方ないかもってところなんだがな……お前の腰に巻いてる剣はなんだ、言ってみろ!」
「勇者の剣だ! 勇者しか使いこなすことができず、そして唯一魔王を撃ち破ることができる剣!」
「そうだ! お前がそれを振るのやめたらどうなる! 俺たちはどうやって魔王を倒せばいいんだよ!」
「分からない!」
「『分からない』じゃねえよ! ふざけんな!」
ああくっそ、いちいち発言が自信満々なせいで、こっちの方が間違ってるのかと思ってしまう。
つくづく、大したカリスマの持ち主だ。今はそれがマイナスにしか働いていないが。
「それでも、僕はもう誰も殺したくないんだよ!」
「主人公みたいなこと言いやがって! 今まで山ほど魔族を殺してきただろ!? あとは魔王を一人殺せばそれで終わるんだぞ!? あと一人くらいいいじゃないか」
「『あと一人くらい』なんて……そういう考え方こそが間違っていると思ったんだ! ガリウス、今もし君が、今突然現れた大量殺人鬼に殺されるとしよう。その殺人鬼は、君で殺人を終わりにして法の裁きを受けると言う。最後の一人ならと言って、君は納得できるか?」
「そりゃ……嫌だが」
「だろう! だったら、僕が言っていることも分かるはずだ!」
「分からねえよ! 今までのことを全部台無しにすることになるんだぞ!? なんだお前、一体どうしてしまったんだんだ」
「ある本に出会ったんだ。そして、僕が今までやってきたことがどれだけ罪深いことなのか良く分かった。魔族とはいえ、無数の命を奪ってきたこととか、傲慢にも自分が正義だと信じ切っていたこととか、新しい町を訪れる度に二桁の女の子とセックスしたこととか……」
「おい待て。最後のはなんだ。詳しく話せ」
他のことはいいから最後のだけは何とかした方がいい。全世界の男のために。
俺が追及しようとすると、グランディオは言い訳するように首を振った。
「……違うんだ。新しい町に行って宿に泊まるたびに、僕のところに十人前後の女の子がやってくるんだ。どこの村長も市長も町長も、考えることは変わらないらしい。毎回毎回、僕にその子達を抱いて欲しいとのことだった」
おかしいな。俺のところにはそんなもの来た覚えがないぞ。
そっとアレクセイの方に視線を移すと、奴は俺の視線に気付いて目を逸らした。
ん? なんだ? あいつのところにも来てたのか? ひょっとして俺のところにだけ来てなかったのか? 薄汚いこそ泥なんかにウチの娘をやれるかって話か?
クソがっ! だから盗賊なんて看板ひっさげてパーティに入るの嫌だったんだよ!
「勇者の血胤の子を産ませれば、その子は一生安泰だ。そうでなくとも、勇者のお手つきというだけでその子を守る一つのお守りになる。俺は、それがその子達の助けになるならと思って、全員と関係を持ったんだ。だけど、今思えばそれは俺の傲慢さが生んだ過ちだったかもしれない……」
……実際こいつが言っている通り、グランディオとヤったとかいうその女達は、大多数は望んでやったことだろう。
能力にも美貌にも人格にも優れた完璧な勇者であるグランディオの国民からの人気は相当のものだった。
股を開きたいという女の一ダースや二ダース、一つの町に潜んでいたって何もおかしくない。
きっと中には趣味に合わない女もいただろうに、等しく抱いたというのはある意味律儀というか、グランディオらしい。
というか、一晩で十人なんてよく体力が持ったな。
だが……
「間違えるなよグランディオ。お前がここで投げ出せば、お前との関係なんて何の価値もなくなる。子供は忌み子になるし、肉体関係は汚点に変わる! それでもお前は、与えられた使命を途中で投げ出すつもりか!?」
「それについては、これから考えるさ。誰もが幸せになれる道を模索する。責任は取る、絶対に」
そんな壮大な覚悟を決められるなら、魔王一人くらい殺してしまった方が楽だと思うんだけど。
もしかしてこいつ、破滅的な自己犠牲に酔ってないか?
「で、そんな俺の過ちに気付かせてくれたのが、この本なんだけど……」
グランディオは足下から一冊の本を取り出した。
その本は真っ黒に金細工の装丁で、いかにも怪しそうな雰囲気で――――そして表紙にはこう書かれていた。
『破壊悪魔教団:入信のすゝめ』
「カルトォォォォオオオオオオ!!!!」
「へぶっ!!」
俺はワインの空き瓶をグランディオの顔面に激突させた。
不意の出来事でそれを回避しきれなかったグランディオは、そのままもんどりうって地面に倒れた。
「くそっ……!」
かんっぜんに油断していた……そういえば以前、そういうカルト教団が支配する町を通過したことがある。
しつこく勧誘を受けるので辟易して早々に抜け出したものだが、まさかこんな身近に毒牙にかかった奴がいたなんて……。
今の一撃で目を覚ますかな。無理だろうなあ。時間をかけて治療しないと駄目だろうなあ。
しかし破壊悪魔教団すごいな。そんな物騒な教団名のくせに説いてる中身は世界平和かよ。
それともグランディオなりに教義をかみ砕いた結果、世界平和に落ちついたのだろうか。
あいつほどの勇者がすんなりカルト堕ちするとは思えないから、せめてそうであってほしいところだが……。
「ま、まさかグランディオが悪魔教団の信者になってるなんて知らなかったなあ……」
俺が息を切らしていると、アレクセイの間抜けな声が聞こえてきた。
ずっと黙ってはいたものの、流石にコメントせずにはいられなかったのだろう。
「……いやあ、驚いた驚いた。オイラたちも気を付けないとね……」
どんくさそうに頭を掻くアレクセイを見ていると、イライラがこみ上げてくる。
あのなあ、お前は対岸の火事のようにこの窮地を眺めているのか知らないが、これは俺たちのこれからに大きく関わる問題なんだぞ。
っていうかそもそも……お前も俺にとっては悩みの種の一つなんだぞ、と。
「まるで他人事みたいに言っているがな、おい、アレクセイ。お前とエリアにも聞かなきゃならないことがあるんだよ」
俺はアレクセイを指さしながら、その隣に座っているエリアを凝視する。
「アレクセイに関しては、そもそも『大事な話がある』なんて聞いた記憶がないんだが……」
エリアは、中央にハートマークがあるゆったりしたTシャツを身につけていた。
日頃人前に現れる時は、どんなプライベートな状況でも魔術師としての正装に身を包んでいた彼女にしては、ちょっと珍しい服装だ。
そしてアレクセイも同じ格好だった。
「――――なんでお前ら、ペアルックなんだよ! できてんのか!」
「できてるのよ!」
「そうか! クソが!」
こうも言い切られると何も言えなくな……ってそれじゃ話が進まない。
「いつの間にそんなことになっていたんだ。俺は全く気付いていなかったんだが」
「意識し始めたのは、いつぞやの洞窟攻略戦の時にアレクセイに助けて貰ってからかしら。人質になって殺されそうになった私を、アレクセイが単身突撃して助けてくれたでしょ? あのときから、二人でたまに抜け出して出かけるようになって……そしてマーマン部隊との海戦が終わった夜、アレクセイの方から私に告白してくれたの」
もう半年くらい前の話だな。旅立ってからそこまで経ってないぞ。
「その日のうちに結ばれたんだけど、体の相性も最高だったわ~!」
「要らねえよその報告!」
別に嫉妬したりじゃない。仲間の生々しい話は聞きたくない。
「しかしなんだ、エリア。報告ってのはお前とアレクセイができてるって話だけか? それなら別に報告要らないっていうか、聞きたくもなかったというか……」
「……いや、それだけに終わらなかったというか……続きがあるというか……」
アレクセイが言いにくそうにもじもじした。ええい、筋骨隆々のマッシブモンスターがもじもじしても気持ち悪いだけだぞ。
しかし何だ? 続きだと? 恋人になって結ばれて、さらにその先があるとしたら……。
「まさか……妊娠てんのか!」
「できてるのよ!」
「そうか! クソが!」
そりゃ戦いに参加させるわけにはいかねえわ!
むしろもっと早くに言えよ!
「勿論責任は取るよ! 戦いが終わったら結婚しようって約束したんだ!」
なんでそんな死亡フラグみたいな言い方するかなあ……。
「指輪も注文したんだよ!」
それを俺に言ってどうするつもりだ、アレクセイ。
「それはお前らの問題だから知らん。勝手にしろよ。そんなことよりなんでこんな土壇場まで言わなかったんだよ。もう少し早くに言ってくれたら色々やりようがあっただろうが」
「本当は、最後まで任務を果たすつもりだったもの。でも、ついに限界が――――うっ」
突然、エリアが口元を抑えてうずくまった。
「え、エリア。大丈夫?」
アレクセイは、そんな彼女の背中をそっとさすった。妊娠していて、気分が悪いとなると……。
「まさか……つわりか?」
アレクセイが頷いて、それから俺の手元の皿を指さした。
「彼女、その皿から漂ってくるソースの匂いが厳しいって……」
「……!」
ローストビーフにかかっていたグレイビーソースが、彼女を苦しめていたらしい。
「~~~!! なんだよ俺が悪いのかよ!」
「い、いや、そんなつもりじゃ……」
「仕方ないだろ! だってそんな事情知らないんだから!」
だからと言って、強くは言いにくい。
事実として彼女は目の前で苦しんでいるのだから。
それに、他二人のクソみたいな乱心に比べれば、まだ理解が及ぶレベルの行動だ。
「……ああ、もう、いいよもう。頼むから無理はしてくれるな。今後のことはまた考えるとして、今はとにかく子供のことを大切にしろ。アレクセイ、彼女を部屋まで送ってやってくれ」
任務中に職場恋愛で乳繰り合っていたという事実は許しがたいが、それについてはまた今度文句を付けることにしよう。
「ええ、ありがとう……」
「ガリウス……ごめん」
変に申し訳なさそうな雰囲気を出すな。流れ的に俺がもてないことを僻んでるみたいに見えるだろ。
いやまあ確かに、今ここにいる男性陣で色恋に縁が無いのは俺だけだけど! 俺だけだけど!?
「とりあえずアレクセイ。お前はまた後で俺の部屋に来いよ。話があるからな」
アレクセイは頷いて、エリアを連れ階段を降りていった。
倦怠感がどっと押し寄せてくる。
なんだ? どうしてこんなパーティ全体の問題が雪崩のように押し寄せてくる?
せめて一人ずつなら、そうでなくとも魔王城攻略直前でなければ、いくらでもやりようはあったというのに……。
「元気出して、ガリウス。ボクは二人の関係に気付いてたから、もしかしたら伝えておくべきだったかな」
隣から聞こえてきたのはディアナの声だ。
吟遊詩人を名乗っているだけあって、彼女の声は初夏の清流のように涼やかで、聞くだけで癒やされる心地を覚えたものだ。
だが今はそれどころではない。むしろ俺の前に立ち塞がる最後の壁の存在を思い出して、俺は思わず溜息をついた。
「……そうだ。お前がまだ残っていたんだ。やいディアナ。お前がある意味一番の問題だ」
ディアナはいつもパーカーのようなゆったりとした服を着ていて、マリーと同じく殆ど素肌を見せない。
というかエリアも厚着派だから、うちの女性陣は誰一人として普段は肌を露出していないことになる。
とは言っても、ディアナの場合他の二人と違って、突然露出狂に目覚めたりはしていない。
彼女はいつも通りのパーカー姿でこのレストランに現れた。
ただ――――フードのカバーを取って、頭部が露わになっているだけだ。
「……」
「なんでお前――――角生えてるんだ」
頭部に生えた二本の角は、魔物を統括する支配種族たる『魔族』全てに共通する特徴。人間に、角が生えた個体は存在しない。
つまり、彼女の角が表す答えとは――――。
「まさか……」
「……うん、そういうこと。ボクは魔族の一人。君たち勇者パーティが必死で倒そうとしていた一族の一人」
「……!」
俺は思わず身構える。
「どこでバラそうか、ずっと迷っていたんだけど。やっぱりギリギリの方が熱いかなって。魔王城前で信頼されていた仲間に裏切られる……鉄板ネタだと思わない? 吟遊詩人的に、話を盛り上げる努力はすべきだと思ったから」
「……?」
熱い? 盛り上がる? 鉄板ネタ?
文化の違いか? 何を言っているのか全く理解できない。
隙を突いて寝首を掻きたいとかですらなく、盛り上げるためにずっと仲間の振りをしていたと?
「でも、今はなんだかそれどころじゃなさそうだね。ボクが余計なことしなくても随分そう。……っていうことでなかったことにします」
そう言って、ディアナはフードを被った。頭一つ分くらいあったはずの角はフードに覆われた途端すっぽりと消えて、まるで頭に何もついていないかのように変わった。
「さ、明日の作戦を考えようか」
「いやいやいやいや待て待て待て待て」
俺は思わずディアナのフードを剥ぎ取った。再び彼女の角が露わになる。
「ああん、もう」
「ああん! じゃねえよ! 今更スッと戻されても、なかったことにはできないだろ」
「もう少し経ってからまた改めて明かすことにするから、今はそっとしておいて。正直ドッキリとしてもインパクトが弱くてがっかりだったの」
こいつ、抜け抜けと好きなことを抜かしやがる。
「……いや、インパクトとかじゃなくて……ディアナ……マジで魔族なのか?」
「マジで。うん」
俺たちは真顔で二人見つめ合った。
普段から無表情を貫いて、滅多に感情を表に表さないディアナは、今日も今日とて仏頂面だ。
そして俺は、度重なる不可解のメインディッシュに相応しい異常事態を前に頭がパンクして表情を作る余裕もなくなっていた。
「っていうか、魔王の娘だしね」
「は? 娘?」
そこにがつんと飛んでくる衝撃の第二波。
衝撃とか言うレベルじゃない。
え、魔王って数千年の眠りから覚めて地上に現れた偉大なる災厄じゃなかったの。
娘とかいたんだ……。
「まままま、魔王の娘ってお前、敵の中心人物もいいところじゃねえか!?」
だが、ある意味納得がいった。
吟遊詩人なんて裏方向きっぽい仕事を身につけているのに、やたら殴り合いに強かったのは――――こいつが魔王の娘で、生まれつき才能に溢れていたからだ。
そう思うと、これまでの数々の活躍もおぞましい何かに見えてくる。
「でも安心して、ガリウス。ボクは君たちの味方だから。うん。っていうかほら、人間だから。今のところは」
「いやお前、裏切ったら面白いとか言ってたじゃねえか!」
「! そうだった」
しまった、と言いたげに口元を覆うディアナ。
今更取り繕ったってもう遅いんだよコンチクショー!
「出てけ―――――!!」
勢いで彼女をレストランから追い出す。
貸し切った店内は、俺と失神した二人の三人だけになった。
「……」
沈黙と静寂がレストランに広がるにつれ、胸の奥から虚しさと絶望感がこみ上げてくる。
俺はがっくりと机に顔を打ち付けた。
殺さない勇者なんて糞の役にも立たないし、神を捨てたミュージシャンなんてもう心の底からどうでもいい。
身重の魔法使いを戦わせるわけにもいかない。それをやらせたら俺が鬼畜になってしまう。
頼れる吟遊詩人は、一気に信用できない何かに成り下がった。
脳筋馬鹿の剣士だって、自分の妻のことを心配したりすれば、どれだけ目の前の戦いに集中できるか分からない。
事実上、使える駒は実質一般人の俺一人だけ。
とても魔王を倒せる状況じゃない。
ああもう、どうしてこんなことになったんだ……!