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幼女オブトゥモローリヴァイヴ  作者: オーロラソース
9/11

聖女《ミラクルガール》

ルイスは強敵だ!

 シリングタウン最大最強のハンターチーム――「神速の狼」


 そのメンバーのなかで最も強いのは誰か。それはもちろんリーダーのナイジェルである。ならば二番目は誰か。ハンターとしての技量を問うなら、大剣のジェンソン、あるいは、怪力無双ゲルハルトの名が上がるだろう。

 しかし一対一、正面からの戦闘に限定した場合、ジェンソンやゲルハルトを凌ぎ、ナイジェルにさえ迫ろうという者がいる。足が遅く勘は鈍い、しかも腋臭ワキガ。多くの欠点を抱えながらもトップクラスのハンターでありつづける男、クールな皮肉屋、タイマン特化の二刀使い「双剣のルイス」である。


「ルイス……!」

 そして今、アランの眼前でその男「双剣のルイス」は、すごく……何だかもう、大変なことになっていた。


「痛い、助けて……」

 パーティからはぐれた時に襲われたのだろう、大きめのイタチみたいな魔物が何匹も、彼の体にまとわりついていた。右腕がかじられ、左足もかじられ、自慢の双剣はどこにも見当たらなかった。


 あ、わきかじられてないや。


 やっぱり臭いからかな、などと、アランがくだらないことを考えている間にもクールな皮肉屋はリアルタイムで齧られつづけている。


「アラン、待って、行かないで……」

 別れを告げられた恋人みたいな台詞を口にするのは、悲しみに濡れた美女……ではなく、血と魔物にまみれたおっさんである。しかもこれ、さっきまでアランを殺そうとしていたおっさんである。


「その……ごめんなさい」

 当然のように立ち去ろうとするアランの背後から聞こえる、懇願、罵声、命乞い、そして何月何日にご飯をおごった、などという妙に細かい交遊録諸々。


「助けてよ! フレンズだろ!」

 必死な叫びにアランが振り返れば、そこにはルイスの媚びた視線があった。

 

「そんな目で見ないでくれ。腕とか無くなってるし、もう助からないって……」

 

「試しに! 試しに助けてみてよ! ご飯奢るからさ!」

 

「またご飯の話……」

 往生際が悪いと突っぱねてみても、罪悪感は込み上げてくるし、友達だろと言われれば、そんな気もしないではない。非情になりきれない自分に呆れつつ、「魔物を追っ払うくらいはやってもいいか」と、アランはルイスに苦笑いを返した。


「アラン……ありがとう。お礼に今度ご飯――」


『なにチンタラやってんの?』

 ルイスの言葉をさえぎったのは、内容不明の声だった。少し高めの子供の声、声の主はあの幼女、見た目は妖精フェアリー中身は悪魔デビル、樹海の狂犬ハルートちゃんである。


「すまんハルート、すぐ追いつくから、ちょっと先行っててくれ」


『ふん、武器は間に合ってる。そのゴミはいらんぞ』


「ああ、わかってるよ」

 反射的に返事をしたあとで、何となく言ってることはわかるもんだ、とアランは少し可笑しくなった。


「ルイス、あとは自分でなんとかしろよ」

 群がる小型の魔物を蹴散らし、アランはわずかな食料と、もう返す必要もなくなったネルソンのナイフをルイスに手渡す。


「アラン、俺も一緒に――」


「甘えるな。俺を殺そうとしたこと忘れちまったのか」


「そう……だったな」


「まあいいさ、それよりお前、今度会ったら飯奢れよ」


「ああ……約束……だ」

 涙に声を詰まらせながら、ルイスは答えた。この怪我で樹海から生きて帰ることなど出来はしない。そんなこと、彼にもわかっているはずだった。


「じゃあな……」

 ルイスに背を向け、幼女の元へと向かうアランの耳に、「死にたくない」とすすり泣く声が聞こえてきた。


 結局、見捨てたようなもんだ。


 本気で助けるつもりなら、背負って連れ帰ればいいのだ。あの幼女がいれば、黒の樹海さえただの森と変わりないのだから。

 頭の中では、なぜか「ご飯」がリフレインしていた。木々のざわめきがルイスの泣き声に聞こえて、アランは耳をふさぎたくなった。


『フフ、ゴミは捨ててきたか。薄情だな、ヒューマンは……』

 アランを待っていたのだろう。椅子代わりのジェンソンに腰掛けて、幼女は微笑を浮かべている。


「そうさ、俺達は卑怯で薄情な生き物だよ」

 金、保身、些細な理由で裏切り、見捨てる。それが人間、それが自分。


 それでも、いや、だからこそ……


「俺は、一番大事なものだけ守れればいいのさ……」


 愛しい人だけは守りたい。アランはそう思うのだった。




 

「ああ、アラン、なぜ死んでしまったのだ! 私はお前を実の弟のように思っていたのに、悲しみで胸が張り裂けそうだ!」


「神速の狼」のボス――ナイジェルは、鏡の前で「アラン死亡後シュミレーション」の最終調整を行なっていた。声のトーンだけではない、姿勢や目線、細かいところまで何度も何度もチェックする。出来る男は準備を怠らない、それがナイジェルの持論だった。


「少し台詞がクドすぎるな。別パターンを試してみるか」

 喉を「ゴホン」と鳴らし、声の調子を整える。想像イメージするのは最弱の自分、マムに叱られ泣いていた、弱虫泣き虫ナイジェルボーイ。


「アラン……! 勝手に死にやがって……この馬鹿野郎がぁ!」

 迫真の演技であった。瞳からは涙が零れ落ち、キッチリ着こなしていたシャツは、この一瞬でちょっと乱れた感じになっている。


「んんー……完璧パーフェクツ!」

 ぬぐった涙は偽物ではない。卓越した想像力が生み出した本物。アランの葬式でむせび泣くハンター達の姿を思い浮かべ、ナイジェルは満足げに微笑んだ。


 あとは、傷心のミカを口説くだけだな。


 裏切り者の命を肥やしに、愛は芽吹き、やがて大きく育つだろう。そして始まる愛しいハニーとのめくるめくラブライフ……

 鏡には、妄想世界イマジネーションワールドの住人と化したナイジェルの、淫らでだらしない髭面ひげづらが映っていた。さすがにこれはいけないと、エロ髭は表情を引き締め、乱れた服を整える。

 

「それにしても、ミハエル、アイルトンにつづいて、今度はアランか……」

 楽しい妄想をひとまず打ち切り思うのは、ここ一年ほどの間に粛清した罪人たちのこと。

 こうも不届き者が続出すれば、優秀な自分の組織運営にも何かしら問題があるのではないかと、さすがのナイジェルも考え込んでしまう。

 結局はいつもの結論、彼らの人格に問題があったに行き着くわけだが、問題は彼らが全員、許可証ライセンス持ちのハンターだったということだ。そんな特別な人員が一年のうちに三人もいなくなれば、パーティにとって大きな損失となる。埋め合わせようにもメンバーの補充は簡単ではないし、パーティ間の連携も一朝一夕に出来あがるものではない。


 それでも、根が腐ったゴミクズは、処分するしかないんだよなあ。


 人の女(予定)に手を出すクズ、他所のパーティに移籍しようとするゴミ、そして空気の読めないウンコ野郎。揃いも揃って、救いようのない腐れキンタマである。


 まあ、ウンコ野郎――もとい、アイルトンには、多少同情の余地があったかもしれないが……


 ナイジェルは、少し前に処分した若いハンターのことを考える。


 無断で他所のパーティに移ろうしたミハエルや、知らないうちにミカと良い感じになっていたアランは、地獄に落ちてしかるべき罪人、死んで当然のゴミである。しかしアイルトンは、彼らのように大きな罪を犯したわけではなかった。彼の罪――それは、腕が立ち、性格も良く、賢いうえにイケメンだったということ。


 つまり彼は優秀すぎたのだ。


「奴に足りなかったのは謙虚さだな」

 ナイジェルは、自分がつくったパーティのことを、家族ファミリーみたいなものだと思っている。ボスであるナイジェルは、みんなの父親ダディで、みんなのお兄ちゃんだ。当然、弟が兄を裏切ることなどあってはならないし、兄の女に手を出すなんてもってのほか


 そして……兄より優れた弟など存在しない!


 ちなみにミカは、ナイジェルを愛してしまって思い悩む、可愛い妹という設定だ。


「さて、そろそろ訃報という名の吉報が届く頃だろう」

 ナイジェルは呟き、詰所へと向かうべくドアを開ける。

 

 眩しい日差しと晴れやかな空が、ナイジェルとミカ、二人の未来を祝福しているように思えた。





 腹が減ったら飯を食い、眠たくなったらそこで寝る。おのが強者であることを証明するかのように、この人外魔境――「黒の樹海」で、彼女は気ままに振る舞いつづける。


 陽光にきらめく髪はプラチナム、冷徹な輝きを宿す瞳はスカイブルー、身に纏うのはちょっと小粋なオーバーサイズ、色は暗めのネイビー、大きめのフードに、生地は厚手のメルトン生地、フロントにはトグル。


 ダッフルコートである。


「スヤ…スヤ、スビャ……オビェ! オコエ! アギャッ、首が! 首が痛い!」

 木漏れ日降り注ぐ森のなか、気持ちよく眠っていた少し幼い眠り姫は、容姿に似合わぬ奇声をあげて、壊れかけのチャッキー人形のように「ウギギ……」と呻きながら目を覚ました。


 彼女の記憶にあるのは数時間前、幼児特有の厄介な現象――「突然の眠気」に襲われ、同行者の都合や周囲の環境など一切気にせず、ジェンソンを枕にして穏やかな眠りについたところまでだ。「起きたら食べるので、ご飯の用意をしておくように」と従者アランに命じ、ちょうどお腹がへった頃、木漏れ日のなか、気持ちよく目覚めるはずだったのだが。


「なぜ、枕が勝手に……こんなアラーム機能がついているとは聞いてないぞ」

 首の痛みと怪現象に戸惑う幼女の首の下では、まるで枕が生き物のように、ビクン、ビクンと跳ね上がっていた。その激しい動きにやられ、幼女は首にダメージを負ったのだ。


「こいつ……動くぞ!」

 硬直と痙攣を繰り返し、枕は時折エビのように跳ねた。


「これはたぶんポルターガイストだ! 神父を――エクソシストを呼んでくれ!」


『あ、ハルート起きた? ……ってジェンソン、死にかけてんじゃん!』


「これはジェンソンではない、枕だ。そして呪われている」

 幼女は「悪霊退散、悪霊退散」と叫び、ジェンソンに石を投げ始める。


『やめろ! 石を投げるな! ああ、これもうダメだ……ジェンソン天に召される。こいつがいないと、俺がパーティ殺しの犯人にされちまうってのに……』


「お前ちょっとノリ悪いぞ。もっと楽しめよ」


『俺はジェンソンがいないと困るの! 殺しちゃダメって何度も言っただろ!』


「うるさいな、治せばいいんだろ、治せば。しかし、クク……こいつまたエビみたいな動きして、持ちネタにでもするつもりか」

 幼女はニヤニヤ笑ってジェンソンに近づくと、彼に向かって左手をかざした。


「では、雰囲気づくりに呪文でも唱えてみるかな。えーと……エロイムエッサイム、エロいムエタイ戦士っと」

 幼女が紡いだいい加減な呪文に合わせて、左のおててが眩い光を放った。


「エコエコアザラク、エコノミックアニマル……」

 光は徐々に輝きを増し、白い炎へと姿を変える。


「ではいくぞ! ファルティナの力をパクって、今、必殺の!」

 白炎は左手からジェンソンに燃え移ると、彼の全身を瞬く間に包みこんだ。


「はい、終わり。ああ、お腹空いた、飯の用意出来てんだろ、早く持ってきてくれよ」

 幼女は完全に傷の癒えたジェンソンの上に座り、アランに食事を要求する。


 そしてアランは、そんな幼女にひざまずき祈っていた。目には涙がにじんでいる。


『ああ、聖女様……』

 彼は眼前の奇跡に震えていた。


幼女は怪我を治せるよ。

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