黒鉄兵《ゴーレム》後編
リボルバーってなんだろう?
「やあ、ウォーズマンさん、はじめまして。さっきはゴメンね、いきなり怒鳴ったりして。あれは、その、なんていうかさ……そう、『ブラックホール』、悪魔超人の『ブラックホール』と間違えたんだ。ほら、おんなじくらい黒かったからさ」
目の前の存在をウォーズマンだと仮定した幼女は、良好な関係を構築しようと穏やかな口調で語りかける。
「えーと、私は、どう言えばいいのかな、実は名前がないんだよね。親がさ、付けるの忘れたまま死んじゃってさ。それでまあ、名前は言えないんだけど……見ての通り、怪しい者ではないよ」
森の中を裸でうろつき、名すら名乗れぬ幼女は語る。
自分は怪しい者ではないと。
「服を着てないのはさ、もちろん趣味とかじゃないよ。臭いとか、くまモンとか、色々あってね。あ、そうそう、実は毛皮だから脱いだんだ。ほら、ハリウッド女優なんかにもいるだろ、『私、毛皮は着ないわ、残虐超人みたいだもの』とか言う奴、私も同じだ、目覚めたんだよ。動物愛護のスピリットに」
自分で剥いだ毛皮を纏い、罪のない猿をしこたま殴った幼女は言う。
自分はアニマルを守りたいのだと。
「コーホー……」
そしてウォーズマン(仮)は、これしか言わない。
「なんか違う気がする。似てるけど……」
「コーホー」以外話さないウォーズマン(仮)を幼女は怪しく思うが、あまり強気に出ることもできない。何しろここで彼とお近づきになれれば、若干キャラが被っているミートを押し退け、正義超人の仲間入りが出来るかもしれないのだ。
うーん、ウォーズマンはコミュニケーションが得意な方ではないからなあ。
ならば他の超人とコンタクトを取ればいい、幼女はそう考える。ここで頼りになるのは、ウォーズマンと師弟の絆で結ばれたパートナー、ロビンマスクの存在だ。
「ねえ、ロビンマスクは一緒じゃないの? いるなら会いたいな、実は結構ファンなんだ。ロビンが駄目なら、他の超人でもいいよ。スペシャルマンとか以外なら――」
「コーホー……」
「……お前! 大概にしろよ! コーホーばっかり言いやがって! お前は広報担当か! 口下手のくせに!」
友人の紹介すらできないウォーズマン(仮)のコミュ障っぷりに、幼女の細くて短い堪忍袋の緒がものの見事にぶっち切れた。
『言語の類型に差異があるため、意思の疎通は困難です』
「もうお前あれだぞ、マスク取って泣かし――お、なんか喋った。しかし、何を言ってるのかまったくさっぱり分からんぞい」
ロシア語とも違うようだが、と幼女は首をかしげる。
『状況からみて、転生者の可能性は高いと判断します』
「言葉の意味はよく分からんが……」
『これより、転生者確認テストを実行します』
「とにかくすごい――いや、もう、いい」
落胆の声を漏らして、幼女はウォーズマンに視線を向ける。そして小さくため息を吐いた。
「やはり、偽物か」
幼女は目を閉じ、天を仰ぐ。
薄々そうなのだろうと気づいていた。それでも本物であって欲しいと願っていた。夢みたいな話だとわかっていても、幼女は超人の存在を信じたかったのだ。
所詮はフィクション、空想世界の住人か。
夢のない世界に絶望し、青く澄んだ瞳から小さな雫がこぼれ落ちる。
「超人はいない。ネッシーもミステリーサークルもぜんぶ嘘、ファンタジーなんてもう、世界のどこにも存在しないんだ」
異類異形が跋扈する森のなか、竜の卵から生まれたファンタジーの塊は、そんなことを呟いた。
『転生者確認プログラム発動……』
「うっさい! クロ〇ボ!」
耳障りな機械音声を、幼女は唐突な差別用語で遮った。
腰を落とし、前傾姿勢をとる全裸の幼女。戦闘態勢に移行した彼女の全身から漲るのは、自身を欺いた存在――幼女主観――に対する明確な殺意。
「貴様に、超人レスリングの真髄を見せてやる」
棒立ちのウォーズマン(偽)からは、いまだ敵意を感じない。しかし、そんなことは問題ではなかった。自らの心を弄んだ。その事実を幼女は許すことが出来なかった。
こいつは殺す。
すべてのチャンバーに殺意を込めて、怒りをもって撃鉄を起こす、トリガーを引く指に宿るのは揺るぎない決意。必ず奴を殺すという必殺の意思。イメージするのはリボルバー、黒くて硬いリボルバー、銃口から放たれるのは、幼女の形をした白い弾丸。
「疾きこと、風の如く!」
そして現実は想像を超える。突貫する全裸ボディは、340m/sを突破して、一瞬で標的の眼前へと迫った。加速のエネルギーを乗せた踏み込みは大地を揺らし、小さなあんよが地面にめり込む。
「逆水平チョップ! 逆水平チョップ! 逆水平チョップ! そして毒霧!」
踏み込みと同時に繰り出された手刀の三連打が、ウォーズマン(偽)の黒い胸板を痛烈に打ちつける。お口から吐き出した紫の毒霧は、パフォーマンス的には派手だが、効果はあまりないようだ。
「まだだ! 徐かなること、林の如し!」
縦回転のローリングソバットが、ふらついたウォーズマン(偽)の喉元を、掬うように蹴り上げる。空を覆った大樹の枝張りを突き抜けて、黒いボディは大空高くに舞い上がった。
「とぉっ! 侵掠すること火の如く!」
遥か上空に見える黒い人型、その目標めがけて、地対空幼女ミサイルは飛び立った。
怒りと悲しみを燃料にして、ホーミング幼女は許されざる者を地の果てまでも追尾する。
「ニセモン、ゲットだぜ!」
樹海の上空およそ千メートルで交差する、白い幼女と黒いボディ。
空中で獲物を捕らえた異世界式中距離地対空誘導幼女ミサイルは、ウォーズマン(偽)の股ぐらに頭を突っ込み、推進力に任せて黒いボディを下向きに反転させる。
「咎人よ、審判の時だ!」
そして始まる幼女裁判。
罪状は経歴詐称、幼女検察による求刑は死刑。被告人は「コーホー」以外何も語らず、幼女弁護士は面倒くさいとお昼寝中だ。
「うーん……死刑! 今すぐ執行!」
己の感情のみを根拠に幼女裁判長は判決を下した。
両のおててで被告人の足を掴み、可愛いあんよで両腕を踏みつける。刑の執行は自らの手で、それが幼女裁判のやり方だ。
「ゆくぞ! 疾風迅雷落とし――またの名を……キン肉ドライバーだ!」
身体を完全にロックされたウォーズマン(偽)は、身動きすることすらかなわない。重力に引かれ超高空から落下する白と黒の闘士。二人の身体は混じり合い、灰色の塊となって、激しく地面に激突した。
「生きてるか?」
ウォーズマン(偽)の頭部は地面に刺さり、身体は歪に変形している。幼女はわずかに動いているそれを、地面から力まかせに引っこ抜いた。
『転生者……確認…………テスト実行……』
「ハッ、頑丈だな、お前」
幼女が笑う。
「じゃあ、これでフィニッシュといこう。動かざること山の如し――」
終いは、ウォーズマンのフェイバリットホールド。
「冥土の土産だ持っていけ。パロ・スペシャル……ジ・エンド!」
黒い体がギチギチと悲鳴をあげ、鉄の仮面にヒビが入る。
「48の殺人技No.3、風林火山。ま、中身はほとんどオリジナルだけどな」
幼女は、黒鉄兵の両腕を破壊した。
『黒鉄兵』
樹海でのみ棲息が確認されている珍しい魔物。性格は温厚で防御力が非常に高い。基本的には無害だが、特定の条件下で狂暴化する性質を持っている。なお、狂化の際は黒い身体が赤色に変化すると言われている。
「スッキリした。さて、新しい服でも探しに行こうかな」
『テ……ト開……始…』
気分良く立ち去ろうとした幼女の背後から、不快な起動音と機械音声が響く。
「……さすがにウンザリする」
締め時のわからない、空気の読めないゴーレムに幼女は苛立ちを覚える。そしてそんな愚か者に、とどめを刺すため歩きだした。
『ちびまる子……』
ゴーレムの口から零れた聞き覚えのある単語に、幼女の足がピタリと止まる。
「貴様、今なんと言った? さくらももこ……いや、ちびまる子と言ったのか?」
『反応……アリ、……再……テス…実行』
幼女の質問を無視して、ゴーレムは無機質な声で喋りつづける。
『どぉこでもドア~(のぶ代)』
「……あ?」
『反応強、転生者の可能性大、処理モードへ移行します』
「黙れ……」
空気の読めない、ファイティングコンピューターもどきが、猫型ロボットのモノマネをする。
しかも似ていない。
幼女は激怒した。
必ず、かの邪智暴虐のファイティングコンピューターを除かねばならぬと決意した!
「レッグラリアート!」
ゴーレムの頭を短いあんよが蹴り砕く。
「モノマネは練習してから披露しろ、それがマナーだ」
モノマネに一家言ある幼女が言う。
地面に横たわるゴーレムの残骸は、いつの間にか血のような赤(C:0、M:100、Y:100、K:0)に変わっていた。
ウォーズマンが死んだよ。