黒鉄兵《ゴーレム》前編
なんか長くなったから、前編と後編に分けるよ。
そしてこの話から、視点と文章の形態が変わるよ。人によっては、読みにくくなるかもね。
白銀の髪と新雪のような白肌に、黒い毛皮のコントラストが映える。犬鍋の残りをグッと飲み干した幼女は、剥ぎ取った毛皮を颯爽と纏い、薄暗い森のなかを再びさまよい始めた。
「ようやく全裸も卒業か」
彼女の脳裏に浮かぶのは、黒い毛皮に身を包んだクールでハイソなセレブレディ。黒の樹海と呼ばれる魔境を、ランウェイを歩くモデルのように、軽やかにしなやかに歩いてゆく。
「……鏡が見たい」
不意に口から漏れたのは、自分でも驚くほどに女の子っぽい呟きだった。
容姿や服装が気になるのは、幼女の体ゆえだろうか。
そんなことを考えてみるが、前世の記憶が曖昧な幼女は、元の自分が男であったか女であったか、それさえ思い出すことが出来ない。
大した問題ではない。姿が変わっても、私の本質は変わらないのだから。
そっと触れた左胸、そこから感じる鼓動の奥に、揺らぐことのない何かがあった。
それはおそらく魂。
竜となり幼女となった己のなかに、変わることなく宿りつづける炎のような意思の塊。
「死でさえも、私を変えることは出来なかったというわけか」
幼く愛らしい顔には、狂気の笑みが浮かんでいる。
「ならば今世も、思うがままに生きるとしよう」
幼女の姿をした暴竜は、荒ぶる魂に再びの火を灯した。
小さなあんよを踏み出すたびに、黒い毛皮がフワリと揺れて、白い肌に優しく触れる。穏やかな風が運んでくるのは、森の香りと木々のざわめき、そして獣達の狂騒、咆哮、断末魔、ここは黒の樹海、闘争者達の楽園、魔境である。
「鏡よ、鏡、世界で一番強いのはだーれ?」
そんな樹海の真ん中で、幼女は白雪姫よろしく、鏡、ではなく自分を映した小さな泉に向かって、いかにも戦闘狂っぽい、ちょっとイカれた質問を投げかけていた。
「ねぇ、だぁれ?」
可愛く小首を傾げる姿はまさしく幼女そのもの。白銀の髪に白い肌、泉に映った瞳の色は、透けるようなスカイブルー。自分を取り囲むCMYK(C:シアン、M:マゼンタ、Y:イエロー、K:ブラック)四色の、派手な毛色をした魔猿の群れにも構うことなく、幼女は泉に問いかけつづける、世界最強は誰ぞ、さあ早く答えを出すがいい。
「お、やはり私が映ったぞ!」
当然の結果にはしゃぐ幼女の周りでは、しびれを切らしたモンキー達が「もうコイツ食べちゃおうぜ」と、何やら危うい雰囲気を醸し出し始めていた。
「うーん、鏡の意見だけではちょっと不公平感があるな。よし、そこのエテ公ども、お前達にも聞いてやろう。なあ、世界で一番強いのは誰だ? 名前を言ってみろ」
ニッコリ笑顔を向けて語りかける幼女。その愛らしい顔に心が和んだのか、猿達はバナナなどを手に持って、ゆっくり彼女に近づいてくる。
そうして場の空気が緩んだ、その瞬間――
「私だろうが!」
電光石火の右フックが猿のこめかみを激しく打ち抜いた。
「ミーだろうが!」
それはまるで激昂したチンピラだった。理不尽の化身と化した幼女モンスターは、突如モンキー達を襲い始めたのだ。
「言ってみろ、俺の名を言ってみろ!」
暴虐の嵐が吹き荒れ、猿の巨体が吹き飛んでいく。華やかだったCMYK四色の毛皮が、赤(C:0、M:100、Y:100、K:0)一色に変わってゆく。
「あ! そういや私、名前なかったっけ。すまんモンキー諸君、これくらいで勘弁してやるから、お前たちも私を許せ」
猿から奪ったバナナを貪りながら、幼女は「ごめんなさい」と頭を下げた。
「なんか思ってたのと違う」
猿の死骸を蹴り飛ばし、幼女は再び泉を覗き込んだ。そこに映った姿は、彼女が思い描いていたクールでハイソなセレブレディとはどこか微妙に違っていた。大きな瞳、赤らんだ頬、短い手足、黒い毛皮を纏った身体はずんぐりとしている。それはまるで、熊本県の営業部長兼しあわせ部長のようだった。
なぜ「くまモン」がこんなところに。
「ここは……阿蘇?」などと惚けてみても、その姿が変わることはない。
「おかしいね、これは」
納得いかない幼女は、少しでも印象を変えようと様々なポーズを試してみる。荒ぶる鷹のポーズ、天地魔闘の構え、振り子打法、色々やってみるものの、ゆるキャラからの脱却はどうにも上手くいかない。
「やむをえんな、こうなったら力ずくで私がゆるキャラではないことを証明してやろう。まず手始めにパンダとシロクマを黒く染めて、クマ牧場で働かせてやる。もちろん普通のクマとしてだ。ついでにくまモンも檻のなかで飼おう。ああ、ここで言うくまモンとは私のことではないぞ……本物の方だ」
邪悪な笑みを浮かべる幼女は、いつの間にかクマ視点になり、自分を「ニセくまモン」だと認めはじめていた。
そして偽りのくまモンが、邪悪な野望を胸にいざ動きだそうとした、その時である。くまモン(偽)の鼻腔を凄まじい衝撃が突き抜けた。
「ひぎっ、この毛皮臭い! お爺ちゃんの入れ歯よりも臭い!」
幼女は激怒した。
そして悪臭を放つ毛皮を脱ぎ捨てると、近くにいたCMYK猿の生き残りを掴み、何度も何度も何度も殴った。
「おのれ、この怒り、誰にぶつけてくれようか」
誰でもいい、誰かを酷い目に合わせたい。
全裸に戻った幼女は、殺意の波動を振りまきながら、獲物を探してうろつきまわる。
右をキョロキョロ、左をキョロキョロ「いないなあ」と呟く姿は、親とはぐれた迷子のよう。
「……いた!」
ママ発見、とばかりに幼女は顔を綻ばせる。
視線の先には黒い影、ママにしては大柄な、ニメートル強の黒い影。それは憐れな被害者、夜道で痴漢に出くわした、なんの落ち度もないハードラックレディ。
「オウ、ワレェ! 誰から許可もろうてこの辺うろついとるんじゃ、いてもうたるぞ!」
暴力を生業にする人みたいな口調で幼女は嬉々として因縁をつける。声に反応したのか、黒い影はゆっくり振りむき、こちらへ向かって歩いてきた。
「コーホー……」
無機質な呼吸音が、樹海の暗がりに響く。
「お前は、まさか……」
幼女は驚愕の声を漏らした。
黒い体は、甲冑を着た兵士のようにも見える。顔には仮面がついている。頭には黒く丸みをおびた兜、左手には鉄の爪、生き物のような機械のような、奇妙な印象を受ける。
ソビエト連邦、ファイティングコンピュータ、ベアクロー、百万パワー。いくつかの単語と映像が、幼女の脳裏に浮かんでは消える。
「ウォーズマンさんですか?」
「コーホー……」
「……本物?」
幼女とウォーズマン(仮)、二人の強者が今出会い。樹海というリングに宿命のゴングが鳴り響こうとしていた。
ウォーズマンに会ったよ。