プロローグ《幼女誕生》
幼女が生まれたよ。
私は竜である。
偉大なるファルティナの白竜、その卵から孵ったのだ。
間違いなくこの身は竜である。
牙もなく、角もなく、身体には一枚の鱗もないが、私は確かに竜なのだ。
たとえ見た目が、人間の子供、所謂幼女であったとしても、そんなことは問題ではない。
竜とは力である。
竜とは即ち最強の力である。
母が死んだ今、私は並ぶ者なき強者となった。
ならば私は竜である。
名前はまだない。
亡骸を晒すことを嫌ったのだろう。自らの寿命を悟った母は、その身をファルティナ山の火口に沈めた。
「娘よ、強くあれ」
ただ一言だけを残して。
他にはなにも残さずに、服も、食料も、名前すらも、である。
せめて名前くらいは付けてから死ぬべきではないか。マグマダイブなど決めなければ、もうしばらくは生きていそうな感じだったのに。
結果私は腹ペコで、名前もなく、そしてお尻丸出しの全裸であった。
「……ファック!」
今世初めて口にした言葉は、少し汚い響きをしていた。
母竜の投身自殺に伴うネグレクトの結果、私はどうしようもなく空腹だった。
幼児らしいぽっこりとしたお腹からは、ファンベルトに不具合のある中古車みたいな音が鳴りつづけている。
しかし、そんな機械的な異音を発する私は、車ではなく竜である。
竜と言ってもその外見は、爬虫類より哺乳類、ヘビというよりベビーに近い。近いがゆえにボディはつるつる、爬虫の鱗を持たないかわりに、レディが羨む玉子肌を持っている。
無論、強者である私は外見的至上主義の観点から見ても強者。ツルスベなのは身体ばかりで、眉毛や髪の毛まつ毛といった重要毛類は良い塩梅に生え揃っている。
もしここが長閑な村落、あるいはおしゃれな街ならば、女子供や老人たちが「she’s so cute!」と騒いだだろう。
しかしここは「黒の樹海」、女神の名を持つ御山の麓、悪鬼ひしめく魔境である。
こんなところで私を見つけて騒ぐのは、人肉愛する魔獣の類か、人牝大好き豚面か、あとは幼女に執着する、ウラジミールなナボコフだけだ。
「……まるで地獄だ」
思わずこぼれたその声は、自分のものとは思えぬほどに愛らしい。
だが、ここは――
絶えず感じる空腹が、そして世界が告げている。
お前は生きているのだと、ここは地獄じゃないのだと。
「死は終わりではない、というわけか。しかし私は……」
一体誰だ。
私が、私について知ることは少ない。
私は竜である。
名前はない、が余計な記憶は持っている。
幼女はお腹が空いてるよ。